331、自由の町デネブ 〜燃えあがる断罪草
二種類の超薬草を握る僕の手から、小さくない炎が上がった。
僕は、思わず熱さに驚いて、手を開く。すると……。
燃え上がる草が、僕の手の中にあった。いや、草が燃えているわけではない。草の形をした炎だ。違うな、えーっと……なんだ? これは?
「フッ、一発で成功か。間抜けなオールスを呼ぶか」
ゼクトさんは、ニヤッと笑った。
「えっ? これが断罪草ですか? こんなものから、どうやって薬を……」
だけど、僕の呟きは、ゼクトさんには届かない。彼は、ギルマスを光の中から、そっと取り出している。
もう、召喚したのか。
「ヴァン、早く、薬を作れ。断罪草が消えてしまう」
ゼクトさんに急かされ、僕は、頭の中が真っ白になった。こんな炎から、どうやって作ればいいんだ?
だけど、迷っているヒマはない。手が熱い。妙な熱さだ。火に触れているというのとは違う。右手のグローブは、燃えていない。
一体、何なんだよ?
混乱しながらも、僕は、魔法袋から、精霊シルフィ様が育てていたシャクジュの実を取り出した。
そして、スキル『薬師』の新薬の創造と、薬の調合を使う。
ギルマスは、ジョブの印を改ざんしようとしたわけではない。不運が重なったんだ。罪なき者が負わされている罪を、なんとか軽減したい。
神の像を見上げた。強い光を放っている。
僕に、彼を助ける薬を作るチカラを貸してください。そう、強く願う。
燃える草に、シャクジュの実を合わせた。この木の実は、貴重なものだ。精霊シルフィ様が妖精や精霊のために育てている。それを、僕に分けてくれたんだ。無駄にはしたくない。
僕の手に魔力が集まる。右手のジョブの印が痛い。だけど、だんだん熱さを感じなくなってきた。
こんなにも、調薬に時間がかかるなんて……大丈夫だろうか。それに、燃えていた草の炎が小さくなってきた。
やばい! 消えてしまうのか。
せめて、ギルマスがごはんを食べられるように、臓器への腐食を改善したい。だけど、僕には、そんなチカラは……。
あー……消えてしまう……。
「ヴァン、そのまま維持しろ。俺が、オールスに飲ませる」
ゼクトさんが、何を言って……。
突然、周りが、どよめいた。ギルマスの身体が見られてしまったのか? いや、でも、彼はローブに身を包んでいる。
ゼクトさんが、僕の手のひらから、何かをすくい取った。キラキラと光る砂のような水のような……。
そして、ギルマスの口へと運び、その砂か水かわからないものを流し入れた。
すると、彼の身体は、一瞬、ポワッと燃え上ったように見えた。
慌てて、薬師の目を使って、ギルマスの身体を診てみると、砂のような水のようなキラキラが、のどを通って胃に入り、そして、一気に消化器系を駆け巡っている。
彼は、苦しそうに表情を歪めた。どうしよう。毒薬になっているんじゃ……。
しばらくして、キラキラが収まってくると、ギルマスは、ふーっと息を吐いた。
「飲んどけ。その辺の泉の聖水だ」
ゼクトさんは、そう言うと、ギルマスの口にビンを押し当てている。彼は、ゴクリと一口飲んだ。
「くぅ〜、エールより美味く感じるぜ」
「ふふん、まだ、エールは無理じゃねぇか? しかし、精霊シルフィのチカラも、なかなかだな。おい、ヴァン、間抜けなオールスに、ポーションを作ってやってくれ」
「はい、普通の液体のポーションで大丈夫ですか」
「あぁ、問題ない」
ゼクトさんは、ギルマスに何かしているみたいだ。だけど、やはり、ジョブの印が反転していることで、魔法は完全に弾かれるようだ。
腐食部分は、魔法を弾く。どの部分がどれくらい改善できたかを確認しているのかな。
僕は、魔法袋の薬草から、普通の液体のポーションを作った。今のギルマスに、普通のポーションが効くのかはわからないけど。
「ポーションができました」
ゼクトさんに渡すと、そのまま、ギルマスに渡している。彼が自分で飲めると主張したんだ。治したばかりの左手を使いたいのかもしれない。
僕は、薬師の目を使って、ジッと、ギルマスの観察を続けた。あっ、ポーションが効いている。さっきの薬のせいで、ただれた喉の腫れが、きれいに治っていく。
あの薬は、とんでもなく熱かったんだろうな。飲んだ直後、ギルマスの身体が一瞬、燃えたもんな。
「よし、間抜けなリーダーは、帰って寝てろ」
ゼクトさんはそう言うと、パチンと指を鳴らした。すると、ギルマスの姿は、パッと消えた。
リーダー召喚って、指を鳴らすと、元の場所に戻るのだろうか。それに転移と違って、移動時に魔力を全く感じなかった。そうか、だから、ゼクトさんは召喚魔法を使ったんだ。
ギルマスの姿が消えると、ゼクトさんは、ホッとした表情で、僕の方を振り返った。
「ヴァン、大きな借りが出来ちまったな。いや、まだこれからか」
今回は、臓器の改善だけだ。だけど、上手くいったみたいだな。たぶん、ゼクトさんが、いろいろな補助をしてくれたおかげだ。
ただ、頭にも腐食部分がある。きっと、味覚はないだろう。さっき、聖水を美味いと言っていたから、温度はわかるのかもしれない。
「ゼクトさん、オールスさんの身体を診てみましたが、消化器系は、復活したみたいですが……」
「とりあえず、飯は食えるだろう。だが味覚は、ほとんど無理っぽいな」
すごい! 僕が話そうとしたことが、わかっていたんだ。
「はい、食事は大丈夫だと思います。あちこちの神経が、切断されてしまっているし、血流もまだ、ほとんど改善できていません。変な場所にも腐食があります」
「あぁ、だが、一発で飯を食えるようにしたのは、さすがだぜ。アレは、そういうことか」
ゼクトさんは、神の像を見上げた。うん? 僕が、めちゃくちゃ祈っていたってこと?
さっきの強い光は、やはり神の像が僕に、チカラを貸してくれていたんだ。今は、やわらかな光を放っている。
「僕、めちゃくちゃ祈りましたから……」
そう言うと、ゼクトさんは怪訝な顔をして、神官様に視線を移した。
僕をキチンと教育しろってことかな。
やだな……なんだか、見つめ合っちゃって。周りにこんなに大勢の人がいるのにさ。
あっ、この場所を明け渡さないと!
「ゼクトさん、この場所を独占していてはいけないです」
少し、キツイ言い方になってしまった。
別に、八つ当たりするつもりはない。僕は、ゼクトさんも神官様も、尊敬しているし、そんな二人が……。
はぁぁ……。
僕が、神の像から離れると、追いかけてきたゼクトさんに、首根っこをつかまれた。
「ヴァン、おまえ、バカだろ」
なっ!? 確かに、神官様に憧れているのは、無謀なことだとわかっているし、気持ち悪いことをしてしまったし、神官様がめちゃくちゃ怒っていることも知っている。
だけど、そんなこと……というより、なぜ、僕に教えてくれなかったんだよ!
ゼクトさんの口から、神官様と伴侶になったと直接言ってくれたらよかったのに……。
「ゼクトさん、僕は……うん?」
彼の顔を見ると、今までに見たことがないほど、怪訝な表情を浮かべている。
あっ、僕の頭の中を覗いたのか。
あまりにも、僕がウジウジと、ダークな感じになっているから、呆れているんだ。
あー、もう、最低だ。
神官様だけじゃなく、ゼクトさんにまで見放される。
「おい、フラン! どういうことか説明しろ」
ゼクトさんが怒鳴った。これは、きっと怒っている。
どうしよう……僕のせいで、夫婦喧嘩が……。
ゴチン!
ゼクトさんは、僕を殴った。小突いただけなんだろうけど、地味に痛い。
「ちょ、何なんですか。殴らないでください」
「バカと間抜けは、殴らなきゃ直らねぇだろ。おい、フラン!」
殴っても、直らないよ!
神官様のことを呼び捨てにしてさー。わざわざ、見せつけなくたっていいじゃないか。
はぁ、こんな卑屈なことを考える僕は最低だ。もう、消えたい……。
ゼクトさんが神官様を呼ぶたびに、彼女はこちらを見るけど、何人かの人に、次々に話しかけられているみたいだ。教会を利用する人を、やはり優先するんだよな。
その状況に、ゼクトさんはイラついているみたいだ。
子供じゃないんだから、神官様がすぐに来てくれないからって、イライラするのはおかしいよ。
「ヴァン、おかしいのは、おまえの方だ」
「ちょ、頭の中を覗かないでくださいよ、ゼクトさん」
「そこまで酷いと、笑えねぇよ。ヴァン、いや、この教会の神父か」
「へ? 誰が神父……」
「おまえだよ。だから神の像が、強く輝いたんだ。神官のスキルを得ているだろ? レアだぜ」
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