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328、自由の町デネブ 〜精霊シルフィのチカラ

 僕はいま、精霊の森を歩いている。


 レモネ家の倉庫通りの別邸からここまでは、かなりの距離がある。町のほぼ端と端だもんな。


 ゆっくり移動する気にもなれなかったので、僕の考えを勝手に3人に放送した黒い毛玉をむんずと捕まえ、ここに転移してもらったんだ。


 ブラビィは、もしかすると、僕の移動のために来ていたのかもしれないけど。



『もう! やーだっ、野蛮なうさぎね〜』


「は? おまえら、野蛮の意味を知らないだろ」


『知っているに決まってるでしょ』


『ネズミくんの方がかわいいわよ』


『野蛮なうさぎみたいに、土を投げてこないもの』



 僕が歩く頭の上あたりに、風の妖精ピクシーが集まってきた。僕のまわりを黒い兎が、跳ね回っているからだけど。


 お気楽うさぎは、リースリング村だけじゃなく、ここでも、妖精に土を飛ばして、からかっているみたいだ。


 僕は、薬師の目を使って、超薬草を探している。僕の畑に近い場所から順に探しているけど、なかなか見つからない。



「風の妖精って、噂を聞くチカラがあるんじゃないのか?」


『突然、何の話よ』


『風に乗って流れる話は、どんな遠くからでも聞こえてくるわ』


「ふぅん、それなら、オレが何を投げたかわかるだろ」


『そこの石を退けて、土を掴んで投げたじゃない』


『見られているって気づいてないの?』


『野蛮なうさぎだから、気配りができないのよ』



 ブラビィはまた、変なこと言っている。こんなに妖精が集まって来ているんだから、こっそり土を掴むところも、見られるよな。


 風の妖精ピクシーは、ぶどうの妖精達より、圧倒的に魔力が高い。そんな妖精を騙せるわけないんだ。



「おまえら、聞いて驚け」


『な、何よ?』


『何だって言うの? 早く言いなさいよ』


『土を投げたこと、見てたんだからね』



 そう言われて、また、お気楽うさぎは、土を投げた。あはは、やけくそか。ピクシーは簡単には騙せないよ。



『きゃっ、もうっ! 野蛮なうさぎね〜』


「土じゃねーぞ」


『じゃあ、何よ。砂?』


『泥とか言うんじゃない?』


『きゃはは、野蛮なうさぎだもんね』


「おまえら、聞いて驚け」


『だから、何?』


『もったいぶってないで言いなさいよ』


「それはな……うんこだ」


『えっ!? う、うう……』


『動物のフンってこと?』


「あぁ、うんこだ、うんこ」


『きゃぁあ、もう、サイッテーね』



 強い風が起こり、風の妖精ピクシーは、僕のまわりからパッと消えた。見上げると、はるか上空に逃げている。


「あはは、勝ったぜ。チョロいな、ピクシー」


 満足そうに、僕のまわりを飛び跳ねる黒い兎……。



「あーあ、もう、ブラビィ、何やってんの?」


「あ? アイツら、オレを野蛮なうさぎって呼ぶから、教育してるんだよ。オレは、お気楽うさぎのブラビィ様なのに、アイツら、そう呼べないんだぜ?」


「あっそ。からかうのも、ほどほどにしときなよ?」


「教育だって言ってるだろ〜」


「精霊シルフィ様に叱られるよ」


「ふん、精霊がこわくて、お気楽うさぎをやってられるか」


 意味がわからない。


 僕が口を閉ざすと、ブラビィは、勝ったと叫んで、どこかへ消えて行った。はぁ、もう、何? クソガキみたいな兎だよな。反抗期なのだろうか。




 精霊シルフィ様の大樹に近づいていくと、薬草の質が変わってきた。そういえば、この辺りで、以前、超薬草を見つけたんだっけ。


 よくある薬草も、精霊の大樹の影響からか、密集して生えていても、ツヤツヤと輝いている。


 この付近には、珍しい木の実をつける木も生えている。レモネ家の旦那様が知ると、目を輝かせそうだな。



『ヴァンさん、珍しいわね』


 目の前に、精霊シルフィ様が姿を見せた。これも、珍しいことだよな。


「精霊シルフィ様、お久しぶりです。ちょっと超薬草を探しているのです」


『町の奥の方にいる人のためですね』


「えっ? ご存知だったんですか」


『ええ、ピクシー達が、噂をしていますからね。あの人がこの町に運ばれて来たときは、神獣ヤークが来たと、大騒ぎでしたよ』


 あー、なるほど。


「神獣ヤークが、彼の命を守っていたみたいです」


『そのようですわね。まぁ、当然でしょう。ゲナードと間違えて罪のない人間を攻撃したようですからね』


 精霊シルフィ様は、神獣ヤークを嫌っているのか。いや、意味なく攻撃する理不尽な行動を嫌っているんだ。この精霊の森も、理不尽に焼かれたからな。



「この森の薬草を使わせてもらっても、構いませんか? 断罪草を作りたいんです」


『断罪草? 何かしら?』


 やはり、知らないか。自然には生えない特殊な薬草なんだ。


 シルフィ様が知ることなら、精霊の声を聞くことができる人が、もっと早く対処していたはずだ。


 ゼクトさんでさえ、詳しい作り方がわかっていなかった。極級薬師でも、成功率は低いんだもんな。



「超薬草を掛け合わせて生まれる薬草だそうです。その断罪草から、彼の治療薬を作りたいのです」


『あの人の怪我は、不運が重なってしまったみたいね。だけど、ヴァンさんがここに来たのは、彼にとって幸運ね』


「あの、シルフィ様は、断罪草の作り方が……」


 いや、断罪草を知らないんだった。えっと……。


『私には薬草のことは、わからないけど、あの人の身体の腐食は、いわば罪なき者が罪を背負わされているようなもの。それを断ち切るために薬を使うのであれば、その調薬には、シャクジュの実を使えばいいわ』


「シャクジュの実って、あの木の実ですよね?」


 さっき見つけた珍しい木の実、確かそんな呼び方もある。


『ええ、そうよ。素材のひとつに加えなさい。あの実自体に、特別な薬効はないでしょうけど、薬の精度は上がるはずだわ。精霊や妖精の怪我には、万能薬となる実なのだけどね』


「そんな貴重な木の実を、使わせてもらっても、いいのですか」


 おそらく精霊シルフィ様が育てている木だ。きっと、この森にすむ妖精や精霊のために。


『ええ。神の導きの者が、私に頼みに来ました。王都の人間に協力する気はないと断りましたが、そのときにヴァンさんの名を出されましてね』


「えっ? あ、ゼクトさん?」


『ええ、狂人と呼ばれて、数多くの罪なきものを殺してきた者ですわ。ですが、あの者は、人間の悪しき心に利用されてきた奴隷ですね。かわいそうに』


 奴隷……。ゼクトさんは、神官家にいいように利用されてきたんだ。そのせいで、心が壊れてしまった。


 だけど、最近は、随分と元気になったと思う。感情がない狂人だと言われていたけど、普通に笑うし、普通に怒る。



「ゼクトさんが、シルフィ様に、この木の実のことを……」


『ええ。あの者もヴァンさんと同じく、あの人を助けたいと願っています。だけど、ヴァンさんの技能では難しいとも聞きました。それなら、木の実を使いたい者を、ここに来させることを条件にしたのです』


「えっ? 僕ではなく、他の薬師ということですか」


『そういう話でしたが、状況が変わったようですね。神獣ヤークから、新たな情報を得たのでしょう』


「はい、創る場所の条件を教えてもらいました」


 精霊シルフィ様は、静かに頷いている。わかっていたのか。


『シャクジュの実を持っていきなさい。一度に使う量は、私にはわかりませんが、取りすぎないようにお願いしますよ』


「はい、もちろんです! ありがとうございます」


『えっと、超薬草と呼ぶのは、マナを多く蓄える薬草のことかしら?』


「はい、たぶん、そうだと思います」



 すると、精霊シルフィ様は微笑み、キラキラと輝く風が、辺りを駆け抜けていった。


 す、すごい! 上質な薬草が、地面をはうようにスルスルと伸びて土に帰ると、そこから新たな薬草が生えてきた。


「わっ、虹花草だ!」


 調薬の方法により、7つに効用が変化する、万能な超薬草だ。


『いま、私に作ることができるのは、これで限界だわ』


「シルフィ様、ありがとうございます。根は傷つけないように残して、丁寧に摘みます」


『ふふっ、ヴァンさんは、ほんと、優しい子ね』


 そう言うと、彼女の姿はスッと消えた。このために、わざわざ出てきてくれたんだ。



 そうか、だからゼクトさんは僕に、精霊の森へ行けと、急かしていたんだな。精霊シルフィ様の機嫌が変わらないうちに、素材を集めさせたかったんだ。


 僕は、超薬草を丁寧に摘んでいった。手に持つと、まだ、精霊の力が残っているかのような、あたたかなマナを感じる。


 シャクジュの実も、少しだけ採った。どれだけ必要になるかわからないけど、精霊や妖精にとって貴重な木の実だ。


 足りなければ、また、もらいに来ればいいよね。



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