327、自由の町デネブ 〜何種類もの薬
「フラン様に、伴侶……」
僕は、目の前が真っ暗になった。
「あれ? ヴァンが伴侶じゃないのかい?」
ラスクさんは、無神経なことを言う。僕は、神官様に嫌われたんだ。気持ち悪いことばかりしたもんな……嫌われて当然だ。
「ヴァン、何かやらかしたのか?」
ゼクトさんは、僕の頭の中を覗けるのに、そんなことを尋ねる。はぁ……どう説明すればいいか、わからないよ。
僕が、ガクリとうなだれていると、彼らは察してくれたみたいだ。大人だよな。
「まぁ、とりあえず、この町の教会で、断罪草を作ることができる可能性があるとわかったんだ。その素材となる超薬草集めだな」
ゼクトさんが、話題を変えてくれた。
「超薬草か……。一口に超薬草と言っても、種類は多い。断罪草を作るには何が必要なのか、俺は知らんぞ」
ギルマスは、左手だけで、ギブアップのポーズをしている。左腕が生えて、嬉しくてたまらないような顔だな。
彼は年齢不詳だけど、冒険者って、みんな子供っぽい部分があるんだよな。
「おい、オールス、はしゃいでねぇで、自分の薬草くらい自分で取ってこいよ」
ゼクトさんは、僕を気遣ってくれたのかな。どんよりしている僕をチラッと見て、ギルマスを叱責している。
「あぁ、悪いな。つい年甲斐もなく、はしゃいじまった。だけど、まぁ、なんだ。神官も貴族も、最初に結婚するのは、たいていが政略結婚だから、気にするな」
ギルマスは、バツの悪そうな顔をしている。でも、左腕が治っただけで、まだ、右腕も両足も腐食が進行しているんだ。そんな人に、気を遣わせてはいけない。
「オールスさん、すみません。僕は、大丈夫です」
「そうか、それならいい。一度も結婚してないのに、何十人の子供がいるかわからねぇ奴もいるからな」
ギルマスは、そう言って、ゼクトさんの方を見た。
な、なんですと? 子供が何人いるかわからない……じゃなくて、何十人いるかわからない?
「は? 何十人なわけねぇだろ。オールス、おまえ、ほんとに間抜けだな」
ゼクトさんは、ムキになって反論している。こんな彼は珍しい。
「あはは、間違えたぜ。何十人じゃなくて、何百人か」
ギルマスも、負けてはいない。しかし、さすがに、それはないだろう。
「まぁ、それくらいか」
「ええっ!? ゼクトさん、本当ですか!」
僕は、思わず、叫んでしまった。
すると、ゼクトさんはニヤッと笑い、ギルマスは、ガハハと豪快に笑っている。ラスクさんは、静観しているんだよね。
もしかして、本当に、ゼクトさんには何百人も子供がいるのだろうか。
確かに伝説のハンターだし、僕が魔導学校で聞いた英雄伝……伝説のハンターは、めちゃくちゃモテるとも聞いた。
ゼクトさんの見た目も、鎧を身につけると騎士のようにカッコいいし、ウチの婆ちゃんは、ゼクトさんを本物の騎士だと思っている。
うん、あり得る。
だけど、何百人も子供がいたら、名前も覚えていられないよな。
どうするんだろ? 目の前にいる子供の名前がわからなかったら……。
いや、待った。
その前に、何百人もの子供の顔を覚えていられるのだろうか。子供は成長すると、姿は変わっていくよね。
それに、母親から、養育費を請求されるよな。何百人の子供の養育費って……。
ゼクトさんが、いくら伝説のハンターでも、何百人の子供の……。
ゴチン!
なぜか、突然、頭を殴られた。驚いて顔をあげると、呆れ顔のゼクトさんだ。
「おまえなー。常識的に考えてみろよ? 何があり得るんだ? バカじゃねーの」
なっ!?
「ちょ、僕の頭の中を覗かないでくださいよ〜」
「ククッ、だったら、その悪霊に言っとけよ」
悪霊? どっちだ?
「な、何か……」
「おもしれーぞって、囁き声が聞こえた」
ゼクトさんだけじゃなく、ギルマスもラスクさんも、ニヤニヤしている。
ちょ、ちょっと待った! こんなことができるのは……。
腰に目を移すと、いつの間にか、黒い毛玉がアクセサリーのフリをして、ぶら下がっている。
やはり、コイツか。
はぁ、もう、ほんと……。まぁ、でも、みんな楽しそうだから、いっか。
「あの偽神獣と、ここまで仲良くなるとはな……」
ゼクトさんは、少し感慨深げだ。
海竜の島で、コイツと会ったとき、ラスクさんも一緒に戦ったっけ。ゼクトさんは、コイツの実験に使われていたんだよな。
「ブラビィは、自称お気楽うさぎですけどねー、最近は、悪戯うさぎですね」
そう言うと、腰に蹴りが入った。
コイツ、なんだか、フロリスちゃんのとこの、天兎のぷぅちゃんに似てきてないか?
「ククッ、いいコンビじゃねぇか」
ギルマスが、目を細めている。なんだか、達観した老人みたいな目だよな。死を覚悟している目……なのかもしれない。
だけど、死なせるわけにはいかない。
「ヴァン、とりあえず、この町の精霊の森に行って来い。わずかだが、超薬草が生えていたはずだ。おまえ、薬草ハンターのスキルも取るか?」
ゼクトさんは、そう提案してくれた。でも視線は、僕には向いていない。チカラを使っているのか、彼の周りには、マナの流れができている。
「はい! ハンターなら、何でも!」
そう返事をすると、ゼクトさんは一瞬だけ、僕に視線を向けた。やはり、何かの技能を発動中らしい。
「まだ、極級ハンターになりたいのかい?」
ラスクさんが、なぜか驚いたような顔をしている。
「はい、僕は子供の頃から、凄腕のハンターになりたいって思ってましたから」
「今のヴァンは、誰もが羨むレアスキルもレア技能も持っているのに」
ラスクさんは、わかってない。
すると、ギルマスが口を開いた。
「貴族の旦那には、理解できないだろうぜ。だいたい狂人に憧れているような頭のおかしい冒険者が、諦めるわけねぇんだよ」
えっ、頭のおかしい冒険者……。
ギルマスは、ニヤッと笑った。これは、僕が反論するのを待っている?
「僕は、従属に恵まれているだけです。僕自身は、その辺の新人冒険者より弱いですからね」
すると、ギルマスは意外そうな表情を浮かべた。あれ? 反論してはいけなかったのかな。頭のおかしい冒険者ってところを突くべきだったか。
「フッ、変わってるな、ヴァン。だから、そんなバケモノが懐いているのか。だが、貴重な人材だ。青ノレアを抜けて、ウチに来ないか?」
ギルマスは、真面目な顔で、僕をスカウトしている?
「ちょっと、オールスさん、上位パーティからの引き抜きは、禁止事項ですよね」
ラスクさんは.即反論している。笑顔だけど、ちょっとコワイ。最近、僕とマルクの引き抜き話が多いみたいだ。
なんだか、僕に、モテ期が到来している。
でも、こんなモテ期じゃなくて、女性にモテたい。いや、女性というか……神官様にモテたい。
はぁ、どうすればいいんだろう?
だけど、うん、教会に行く理由ができたよな。
神官家や貴族の一人目の結婚相手は、政略結婚が多いことは、僕も知っている。それに、何人かの伴侶を持つのが普通だということも、知っている。
それなら……。
これから、何度か教会に行く理由ができたんだから、何度か自然に顔を合わせることができる。
僕はもう、神官様に隠し事はしない。彼女が嫌がることもしない。
そうだ、彼女を助けるような……でも、下手なことをすると、気持ち悪いか。うぅ、難しい。
「……い、ヴァン。こら、聞こえてないのか?」
ゴチンと頭を殴られた。
「あ、ゼクトさん、何でしたっけ?」
僕が変な顔をしていたのか、ゼクトさんは、ため息をついた。いや、話を聞いていなかったからか。
「ヴァン、とりあえず、精霊の森だ。薬草ハンターの神矢が降る予定は、しばらく無い」
「やはり、ハンターの神矢は降らないんですね」
「あぁ、だが、薬草ハンターは、超級になりにくいから人気がない。だから、拾われずに残っているかもしれん」
「えっ!? 本当ですか! どこに行けば……」
「慌てるな。とりあえず、まずは、精霊の森だ。オールスは、このままだと生き地獄だからな。少し改善してやるのが先だ」
そうだ、ギルマスは食べることもできないもんな。
「はい、確かに」
「断罪草ができても、そこから作る薬は、何種類も必要になる」
「えっ? 何種類も?」
「ジョブの印の改ざんは、一度の投薬で許されるようなことじゃないんだ。以前、王宮の奴を治すために、極級薬師が総動員され、11種類の薬を作ることになったらしいぜ」
「11種類!?」
「薬師の能力にも左右されるがな。とりあえず、飯を食えるようにしてやりたい」
「わかりました! 精霊の森に行ってきます」




