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326、自由の町デネブ 〜左腕の治療

 ゼクトさんは、何かの術を使って、ギルマスを床にそっと下ろした。そして、次々と魔力を放っている。


 おそらく、部屋を汚さないようにしているのだろう。あのソファは、ギルマスのお気に入りの物なのかもしれない。



「ゼクトさん、彼の腕を生やせと言われても、無理ですよ。ジョブの印を改ざんすると、印が邪魔をして、回復魔法が反転して毒に変わるのです。毒を使うとそのまま毒としてダメージを与えることになる」


 魔法は、すべてが悪い方へと効果が変わるのか。


「それは腐食があるからだ。ジョブの印が、怪我を負った部分から身体全体へと、どんどん腐食させていく。生きたまま死んでいくんだよ」


 ゼクトさんの言葉に、ラスクさんは絶望的な表情をしていた。ラスクさんは、神獣ヤークの言葉を聞いていないもんな。



 僕が、薬師の目の技能を使って見たときは、腐食と腐敗の区別がつかなかった。


 だけど今、スキル『道化師』の変化へんげを使ってキラーヤークに化けていると、その違いがよく見える。


 ギルマスの肩から外した左腕は、腐食が進み、さらに、かなりの部分が腐敗してしまっているようだ。


 腐食は、おそらくジョブの印の呪いのようなものか。おどろおどろしく変色した肉塊のように見える。神経は断ち切れているし、血液も固まり血管を塞いでいる。だが、この状態なら、マナは流れるだろう。


 一方、腐敗は、腐食により身体を構成する細胞が壊れたという感じか。身体が腐っていき、マナを通さない状態になっている。



「ラスクさん、オールスさんの左肩の怪我は、ジョブの印を失う前の、神獣ヤークによるものです。勘違いに気づいた神獣は、オールスさんの左肩から心臓を守っています」


「だが、ヴァン、どうやって腐食部分を切り裂くのだ? 体内に広がっているだろう?」


「今の僕には、見えています。腐食と腐敗の違いも見える。だけど、腐食を残すと失敗すると神獣ヤークから言われているので、少し深くえぐります」


 僕がそう言うと、ラスクさんは頷き、詠唱に入った。発動には時間がかかるんだな。



「まぁ、ガッツリ、いっとけ。どうせ、オールスには痛みを感じる神経はない」


「おいおい、俺を無神経な奴みたいに言ってんじゃねぇぞ、狂人」


「はぁ? 何をほざいている? その神経の話じゃねぇよ。どこまで間抜けなんだ」


 ゼクトさんとギルマスは、わかっていて、つまらない冗談を言い合っている。緊張しているということなのか。



 ラスクさんの詠唱が終わったみたいだ。彼は強い光に包まれ、僕の方を向いて頷いた。準備完了なんだな。


「じゃあ、いきます。合図をしたらラスクさん、お願いします」


 彼は話せないのか、かすかに頷いた。



 僕は、シュッと、ギルマスの肩を切り裂いた。


 血は出ない。

 まだ、浅いな。


 切り裂いた肩の奥に、神獣ヤークの尻尾が見えた。何か合図をしているつもりか、僕を挑発するようにフリフリと尻尾を揺らしている。


 あの尻尾を切り裂くつもりでいくか。


 僕は、爪を伸ばして、もう一度、シュッと肩を深くえぐるように切り裂いた。


 肩の肉が削ぎ落ち、ぼたぼたと血が流れる。


 少ない血液が流れることに、僕はヒヤリとした。だが、必要なことだったようだ。まるで血液が、傷口を洗い流しているように見える。


 よし、腐食部分は、もう肩には残っていない。



「ラスクさん、お願いします!」


 僕が、ラスクさんの名を呼んだ瞬間、白い光が放たれた。


 ゼクトさんも、同時に魔力を放った。結界バリアだ。


 まるで、ラスクさんの魔法の通り道を作り出しているように見える。いや、他の部位への影響を防いでいるのか。


 効率良くギルマスの左肩にだけ、白い光が吸い込まれていく。すると、スルスルと左腕が生えてきた。


 す、すごい!


 もともとのギルマスの腕は記憶にないけど、しっかりと太く、がっちり体型に合う腕だ。ただ、肌の状態は、つるつるで青白く見える。



「これは、驚いたな。本当に左腕が生えてるじゃねぇか」


 ギルマスは、左手を開いたり閉じたりして、感覚を確かめているようだ。


「オールスの腕が白くてツルッツルだなんて、違和感しかねぇけどな。火魔法でこんがり焼いてやろうか」


「人肉を食う気か、狂人」


「食ったら、またラスクが生やしてくれるんじゃねぇか」


「あはは、食肉に困らねぇな、っておい、狂人!」


 ゼクトさんとギルマスは、すっかり上機嫌だ。腕が生えた奇跡のような出来事に、興奮しているようにも見える。




 あっ、神獣ヤークが、ギルマスの左肩にちょこんと乗っている。めちゃくちゃ小さな姿になれるんだな。


 なぜか、肩を蹴っているように見える。


 すると、ギルマスの左腕の血管に血が流れ始めた。青白かったギルマスの左腕は、少しずつ赤みを帯び、人の手の色に変わっていく。血が流れていなかったのか。


 神獣ヤークは、僕の方をチラッと見ると、ニヤリと笑い、姿を消した。


 ちょ、その笑いは何? ギルマスの左腕が生えたから、ボックス山脈に帰ったのか。


 そういえば、魔導士が腕を治すまでは、ついていてやろうと思ったと言っていたっけ。


 もう、神獣ヤークの気配はない。


 僕は、変化へんげを解除した。




「ヴァン、すごいな、奇跡だよ」


 ラスクさんも興奮気味だ。


「ラスクさんの魔法がすごいんですよ」


「これまでにも、腐食部分を取り除けば魔法が効くかと、いろいろとやったことはあるが、すべて失敗したんだ」


「おそらく、剣や魔法では、腐食部分を取り除くことはできないのだと思います。それに、オールスさんの場合は、ジョブの印を失う前の怪我だったから、治せたんです」



 僕は、薬師の目を使って、ギルマスの身体の中を覗いていった。やはり、この技能では、腐食と腐敗の区別はつかない。


 だけど、左腕が治ったことで、心臓の動きが良くなっている。いや、神獣ヤークが何かしたのかもしれないな。




「ヴァン、神獣ヤークは?」


「はい、オールスさんの左腕に血流を繋げて、消えました。ボックス山脈に帰ったのかもしれません」


 ゼクトさんに、そう返事をすると、軽く頷いた。


「じゃあ、オールスは、私財を投げ売って、ギルドに神獣ヤークの神殿再建のミッションを出しておけ」


「あぁ、だが、左腕一本では、動けねぇぞ」


「呼びつけりゃいいだろーが。元ギルマス権限で」


「そんなチカラはねぇよ。それに、こんな姿を見られたくないからな」


「じゃあ、下っ端の俺が行ってきてやる。しかし、断罪草か……。ただの薬師には作れないぜ」


 そんなに掛け合わせが難しい薬草なのか。


「ヴァンならできるんじゃねぇの?」


「極級でも、成功率は数パーセントだ。ヴァンは、まだ超級だろ。貴重な超薬草を無駄にしてしまいそうだな」


 ゼクトさんは、何か考え込んでいる。


 そうか、そんなに難しいことなんだ。超薬草を集めるだけでも大変なのにな。確かに、稀に創ることができると、神獣ヤークは言っていたっけ。


 掛け合わせて創ることができるのは、神の祝福を得る場所……神殿か、神の像が輝く教会だと言っていたな。


 神の像が輝く教会? 


 教会にはあまり行かないから、よくわからない。だけど、魔導学校の近くの教会の神の像は、別に光ってなかったよな。



「ゼクトさん、神の像が輝く教会って、どこにありますか?」


「あ? あー、神の祝福を得る場所でしか作れないのか。なるほどな、だから、極級薬師でも成功率が低いんだな。断罪草は、教会で作るものだとしか知られていない」


 やはり、神の像が輝く教会って少ないんだ。


「神殿でも、創れるみたいです」


「いちいち、神殿に行くのか? 断罪草ができても、そこから薬を作るんだろ? 断罪草は、魔力に触れると、すぐに枯れるらしいぜ。今のオールスは神殿には入れない。神殿近くに小屋を作って、閉じ込めておくか」


「俺を魔獣扱いしてんじゃねぇぞ。そもそも、神殿の近くは、キツイ」


「はん、神殿に近寄っても、腐食が進行するわけじゃないぜ」


「ジョブの印が燃えるように熱くなる。腐食部分が燃えるんだよ」


「燃えるわけじゃない。腐食の程度を教えられるだけだ」


「知りたくもねーよ」


 そうか、超薬草の掛け合わせは、失敗する可能性の方が高い。そのたびに、神殿に行くのも大変だ。


 それに、オールスさんを目立たせないようにするには、王宮内のノレア様の神殿を使わせてもらうわけにもいかないか。



 すると、ラスクさんが口を開く。


「この町の教会の神の像は、神の祝福を受けて輝いていますよ。フランさんに伴侶ができたようですからね」


「えっ!?」


 僕は、ガンと殴られたような衝撃を受けた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] おっっ、、、とぉーこれは面白くなってきたなぁーw また、空回りするのか?それとも、真実をしっかり知ることができるのか? ヴァン、頑張れ٩( 'ω' )و
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