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325、自由の町デネブ 〜神獣ヤークと断罪草

『ワレが見えるか』


「は、はい」


 スキル『道化師』の変化へんげを使って、キラーヤークに化けた瞬間、僕の目には、この世界に存在しないはずの神獣ヤークの姿が映った。


 いや、今も、その存在を信じている人は多いらしい。だけど、姿を見たという話は聞いたことがない。


 だから僕は、一種の神獣信仰のようなものかと思っていた。もしくは、存在するとしても、この世界ではなく影の世界だろうと……。



 神獣ヤークは、ギルマスの左肩に乗っているように見えたが、左肩から出てきたのか? ソファの背もたれの上を歩いて、こちらに向かってくる。


 僕は、頭がチリチリするような感覚を覚えた。これは、警笛なのだろうか。変化へんげを解除すれば、見えなくなるか。


 だが、ここで逃げてはいけない。僕は、ギルマスを治す方法を探しているんだ。



 キラーヤークに化けることができるようになってから、僕は、神獣ヤークについて、いろいろと調べた。


 目の前の獣は、その中に描かれていた姿とは異なる。だけど、なぜか神獣ヤークだとわかるんだ。



 神獣ヤークは、テーブルへと降りた。人間の半分くらいの体長だろうか。ビードロをとても小さくしたような感じだ。


 僕も、小さな方がいいのかな。今の質量は変えていない。神獣ヤークくらいのサイズに化けることもできる。


 でも、竜神様は、とても小さな七色に輝くトカゲの姿をしていた。もし、小さな方が優位なら、僕が小さな姿に化けると、失礼になるか。



 考え事をしている間に、神獣ヤークは、僕の目の前に、たどり着いた。テーブルの上の紅茶のカップを踏んだのに、ひっくり返らないんだな。



 オールスさんは、僕が化けたキラーヤークの姿を、興味深そうに眺めている。一方でゼクトさんは、僕の方をジッと見ている。僕の何かに気づいたんだ。


「ヴァン、どうした?」


「えっ? あ、はい、あの……」


 神獣ヤークが居ると言ってもいいのか判断できない。いや、言う必要はない。ゼクトさんなら、きっと察してくれる。



 僕は、神獣ヤークの方を向いた。


「なぜ、ここに現れたのですか。ずっとここに、いらっしゃったのですか」


 そう問いかけると、神獣ヤークは、可笑しそうな表情を浮かべた。キラーヤークに化けているから、神獣ヤークの表情もよくわかる。



『その姿を与えたのは、ワレの子孫か』


 えっ? そんなこと、知らない。


「これは、スキルの技能です。ある日、突然、この姿に化けることができました」


『ふむ。なるほど、坊や、か』


 何? あっ、念話か何かで確認した?


「その呼び方を使うのは、ビードロさんですね。僕が成人になってすぐに出会ったから、あの頃は、僕も随分と子供でした」


 なぜだろう? すごく話しやすい。最初は、めちゃくちゃ怖かったのにな。


『ビードロは、ワレの子孫だ。ふっ、そんなに緊張しなくていい。ワレのようなモノには慣れているだろう?』


 えっ……あー、まぁ、そうでもないんだけど。僕は、ぶるっと身体を震わせた。返事に困るとビードロがやる仕草だ。


 なりきってるよな、この技能。なりきり変化へんげだもんな。



『ふっ、先程の問いに答えようか』


「は、はい」


 神獣ヤークは、ジッと僕を観察している。なんだか頭の中まで、すべて覗かれているかのようだ。


『この人間は、生かすべきだからだ』


「えっ? 彼のことですか」


 僕がギルマスに視線を移すと、神獣ヤークは、大きく頷いた。ギルマスを生かすべきだから、現れた?


『ワレが、この人間の腐敗を止めている。だが、腐食は進む。この人間の体力次第だが、そう長くはない』


「えっ? なぜ、腐敗を止めているのですか。生かすべきだとは……」


『魂を見ればわかる。この人間を必要とする者は多く、それが失われることで、この世界が受ける損失は大きい。それに不慮の事故とはいえ、ワレが勘違いしたこともある』


 神獣ヤークは、少しうなだれているように見えた。


「彼の左肩を吹き飛ばしたのは、貴方ですか」


 すると、バツの悪そうな表情をする神獣ヤーク。


『おそらく、ゲナードが、ワレの祭壇を修復に来る人間を、ワレに殺させようと仕組んだのだろう。この人間が現れたとき、ゲナードだと錯覚した』


「ゲナードと勘違いして、彼の左肩を吹き飛ばしたのですか」


『だから悪いと思って、魔導士が治療するまでは、ついていてやろうと考えたのだが……不運が重なったようだ』


 神獣ヤークは、ギルマスをチラッと見た。


「他の怪我は、貴方が原因ではないのですね」


『床の細工は、人間の仕業だ。ワレの祭壇に近寄ると呪いを受けると思わせたいのだろう。床の細工は、ひとつではない。近寄る人間を次々と瀕死の状態にしている』


 人間の仕業? あー、ベーレン家か。触れると爆発する蟲入りの箱のように、床に様々な魔法の罠を仕掛けたのか。


 ギルマスは、確かに不運が重なった。


 同行した白魔導士に、ジョブの印に関する知識があれば、こんなことにはならなかった。


 そもそも、ギルマスの右足にジョブの印が無ければ、簡単に治せたんだ。



「神獣ヤーク様、彼を治すには、どうすれば良いのですか」


『ははは、堕天使の主人にそんな呼び方をされると、ちょっと怖いな』


「えっ……深い意味はありません」


『ワレの存在を、この者達に知らせているようだが?』


 神獣ヤークの視線は、見当違いな場所を警戒するラスクさんに、向けられている。神獣は、そんな遠くにいるわけじゃない。ラスクさんのすぐ近くにいるんだけどな。


「いけませんでしたか?」


『別に構わない。ワレの存在を知れば、神殿を建て直してくれるだろう? アレは、神の導きの者だな』


 神獣ヤークは、ゼクトさんを見ている。そうか、神矢ハンターって、確かそんな役割だったよな。


「彼の治し方を教えるから、神殿を直してくれと言われたように聞こえましたが」


『ははは、抜け目のない坊やだな。それで手を打とう』


 ゼクトさんと目が合った。僕は、思いっきり頭を縦に振る。キラーヤークの表情なんて読めないだろうからな。


『ふっ、坊や、その人間は、坊やの思考を通じて、ワレの言葉を盗み聞きしているぞ』


「えっ? あ、そういうスキルも……」


 そうだった。最近は、デュラハンが気まぐれに、僕の考えを覗かれないようにしたりするから、忘れていた。


 ゼクトさんは、使えるすべてのスキルを持っている。



『坊や、キミ達なら、左腕の修復はできるだろう。そうすれば、彼は、自分で腐敗を止めることが可能になりそうだ。腐食は進むがな』


「えっ? 僕には、そんな……」


 神獣ヤークは、チラッとラスクさんに視線を移した。そうか、ラスクさんは、蘇生魔法も使う極級『白魔導士』だ。


『ワレが、心臓付近を守ってやろう。坊やが、肩の腐食部分を削り取ればよい。腐食部分を残すと失敗する』


「わかりました。心臓を守ってくださるということは……」


 僕が……キラーヤークが、腐食部分を残さず引き裂く必要がある。おそらく、剣では削れないんだ。


『他の部位の腐食には、断罪草から薬を作ることだな』


「断罪草って、何ですか?」


 僕は『薬師』超級だけど、そんな草は聞いたことがない。


『人間が、超薬草と呼んでいる草を掛け合わせることで生まれる草だ。神の祝福を得る場所で、稀に創ることができる』


「神殿ですか」


『神殿でもいいが、神の像が輝く教会でも構わない』


「わかりました」


『ふっ、では、ワレは戻るとしよう』


「えっ? どこに?」


『ははは、その人間の身体だ。今、ワレのすみかは、そこだからな』


 焦った。ボックス山脈に戻ってしまうのかと思った。


 そんな僕に、ニヤリと含みのあるような笑みを見せて、神獣ヤークは、ギルマスの左肩に飛び乗ると、スーッと吸い込まれるように、入っていった。




「ゼクトさん、あの……」


「あぁ、わかってる。おまえの頭の中を覗いてたからな。間抜けなオールスが、神獣ヤークの寝床になっているとは驚いたが……」


「は? 俺が、神獣ヤークの寝床!?」


「ヴァンの話す声は聞こえたが、神獣ヤークの声も姿も全く……」


 ギルマスもラスクさんも、何も聞こえていなかったみたいだ。ラスクさんは、いろいろなスキル持ちなのにな。


 もしかすると、神獣ヤークが、何かを制限していたか。



「ヴァン、今からやるか」


「はい、オールスさんに、あまり時間は残っていないみたいですから」


 僕がそう言うと、ラスクさんは表情を引き締めた。僕が何をしても、白魔導士が必要だとわかっているんだ。


「よし、じゃあ、オールスは床だな。ソファが血に染まる。ヴァンが、引き裂くから、ラスクは、腕を生やせ」



皆様、いつもありがとうございます♪


日曜日はお休み。

次回は、10月18日(月)に更新予定です。

よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 腐食と腐敗の会話で、ん? となってしまいました。 完全に腐りきってしまうのは止められるけど、徐々に腐っていく事自体は止められない →腐りの進行速度を抑えることはできる みたいな捉え方…
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