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324、自由の町デネブ 〜オールスの状態

 僕は、ギルマスの左肩に触れた。すると、マナの流れが遮断されたのか、くっつけてあった腕がポロッとソファに落ちた。


「おい、ヴァン、間抜けなオールスの腕をどうする気だ?」


 振り返ると、本当に紅茶をいれて、ゼクトさんが戻ってきた。トレイを持つ彼は、何というか……似合わない。



「何か、実験するんだとよ」


「ふん、まぁ、お手並み拝見だな。俺はここまでしかできなかった」


 ゼクトさんは、テーブルに紅茶を置いた。ふわりと優しい香りがする。


 ラスクさんは、無言でソファに座った。ゼクトさんに促されたみたいだ。僕が何か変なことをした際のフォローだろうな。


 ギルマスは、ソファに落ちた左腕をしげしげと眺めている。一瞬、眉間にシワが寄った。左腕がないことで、マナの流れが悪くなってしまったか。


 彼の生命を繋いでいるのは、彼の魔力だ。マナを身体全体に循環させて様々なエネルギーに変換しているようだな。


 いったん、すべてのスキルを失ったと言っていたけど、マナを循環させてエネルギーへと変換するのは、何かのスキルだろう。


 おそらく、怪我をした後に、神矢を吸収したんだ。でも、スキルの神矢は、触れるとすぐに吸収されるから、運べない。ゼクトさんが探してきたんだろうけど、どうやって、ここまで持ってきたのだろう?



「ゼクトさん、彼のスキルって、神矢で再取得したんですよね?」


「あぁ、そのために、パーティを組んだからな」


 うん? 話が見えない。僕が首を傾げると、ラスクさんが、何か閃いたのか、ポンと手を叩いた。


「なるほど、だから、オールスさんがリーダーなんですね」


「あぁ、そういうことだ」


 ちょっと待った。僕だけが、話についていけない。ゼクトさんは、それに気づいてくれたみたいだ。


「ヴァン、低ランクの冒険者パーティはな、メンバーが危機に陥ったときのために、リーダー召喚ができるんだ。俺らは、組んだばかりだから、パーティランクは、底辺だからな」


「へぇ、精霊召喚みたいで、すごいですね」


「青ノレアほどの高順位パーティには、できない裏技だな」


 そうか、ゼクトさんが神矢を見つけると、ギルマスを召喚するんだ。それなら、手足のない彼でも、神矢を吸収できる。


 さっき、俺はここまでしかできなかったと言ってたっけ。


 生きているのが不思議な状態を維持しているのは、ゼクトさんのチカラなんだな。



 ギルマスは、マナの流れが悪くなったのか、少し辛そうだ。だけど、腐食が進む左腕を、このまま身体にくっつけるわけにはいかない。


 僕は、マナが流れなくなった彼の左肩を、薬師の目を使って観察した。


 そうか、やはり違う。



「ちょっと、右手も外してもいいですか。右手はすぐにつけますから」


「あぁ、好きにしてくれ。魔獣使いには、逆らえねぇ」


 ギルマスは、ちょっと眉間にシワを寄せたが、さっき僕が笑った言葉を繰り返した。


「あはは、いい子にしてくださいね〜」


 右肩に手を触れると、やはり、右腕がソファに落ちた。と言っても、落ちたのは手首から先だけだ。肩まで完全に、腐食が進んでいるのにな。


 僕は、右手首を拾い、傷口に近づけた。まるで、磁力を帯びたように、くっつくんだな。おそらく両足も、右腕と同じ状態だ。


 なぜ、左腕だけが違うのだろう? 腕から身体への腐食は、ほとんど進んでいない。ジョブの印から一番遠い場所だけど、なんだか違和感がある。



「怪我を負ったときの順番を教えてください。左腕だけが様子が違うんです。一番最後に左肩を怪我したのですか?」


 するとギルマスは、なぜか怪訝な顔をした。あれ? 変なことを聞いた?


「そんなことを聞かれたのは初めてだぜ。みんな、どこで何をしてこうなったかを尋ねてくる」


「あっ、それも、参考として教えてください」


 ギルマスは、ゼクトさんをチラッと見た。話し続けることが辛いのかもしれない。



「ヴァン、もう二年ほど前だ。ボックス山脈の『100』地区、王都専用地区付近が崩れて、ボックス山脈の結界バリアが広がったのを覚えているか?」


 ゼクトさんは、話し始めた。二年も前のこと?


「あっ、魔導学校の学生が、帰って来なくて捜索に行きました。レピュールの奴らが、いや、ベーレン家が、おかしな精霊イーターや蟲を創っていて……」


 マルクは、瀕死の重傷を負ったんだ。


「あぁ、あれは酷かった。だが、ヴァンのヤバさが際立ったじゃねぇか」


 うん? あっ、竜神様のチカラ?


「ゼクトさんが助っ人に来てくれて、めちゃくちゃ嬉しかったですよ」


 そう言うと、彼は、フッと笑った。そして、表情を引き締め、口を開く。話が逸れたよな。



「あの王都専用地区付近が崩れたのは、いくつかの原因があったが、元凶は、堕ちた神獣ゲナードだ」


「えっ? ゲナード……」


「あぁ、ゲナードの嫉妬だろうな」


「へ? 嫉妬ですか?」


 ゼクトさんが何を言いたいのか、わからない。


「あの場所には、神獣ヤークを祀る神殿があるんだよ」


「神獣ヤークって、神ではなくて獣なのに、神殿があるんですか」


「あぁ、ボックス山脈を守る神のような存在だからな。確証はないが、神獣ヤークは今も存在すると信じられている。ゲナードも神獣だったから、悔しかったんだろ。ぶち壊しやがった」


 ゲナードなら、やりかねない。


 あっ、そういえば、王都の宿屋の地下で、何か言っていたな。神官家に紛れた奴は、人間はヤークばかりを敬っているとか……。



「二年前のその場所に、オールスさんがいたんですか?」


「いや、ボックス山脈のことは、街のギルマスの管轄外だ。王宮が管理している。だがな、ゲナードが討たれた後、変な噂があってよ。凄腕の冒険者が次々と消える不可解な事件が多発したから、オールスは、少数精鋭で、出向いたらしい」


 この話し方だと、ゼクトさんは行かなかったんだ。


「それで、怪我を負ってしまった?」


「あぁ、間抜けだろ? 神殿に土足で入り込むバカは、当然、排除されるに決まっている。オールスは、どこが神殿の祭壇かがわからずに、侵入しちまったんだよ」


「でも、なぜ、両手両足? あっ、同時に失ったんじゃないですよね。左肩は一番最後で……」



 ゼクトさんは、そこは知らないのか、ギルマスの方を向いた。自分で話せと合図をしている。


「左肩は、一番最初にやられたよ。まず、足が床から離れなくなった。右手に剣を持っていたから、左手に魔力を集めた瞬間、何が起こったかわからねぇが、肩から先が、跡形もなく吹き飛んだ」


「えっ……」


「止血し、剣を地面に刺して逃れようとしたら、前方から風圧が来てな……俺は、後方に飛ばされたんだよ。そのときに、両足の膝上あたりから下を失った。いや、失ってないか……フッ」


「えーっと?」


「そこで、気を失ったから、わからねぇ」


 ギルマスは、ゼクトさんの方を見た。話し手を交代するみたいだ。



「床に、足が凍りついていたみたいだぜ。そこに風圧を受けたときに、何かバリアでも無意識に張ったんだろ。床に残った足は、陶器のように割れていた」


「ゼクトさん、その凍りついていた原因は……」


「祭壇を踏み付けた侵略者に怒った神獣ヤークの呪いを受けたのだろうと、呪術士は言っていたがな。ゲナードが何か仕掛けていたのかもしれん」


 そして、瀕死のギルマスを救おうと、同行者が治癒魔法を使ったことで、こんなことになったのか。


 ジョブの印のある足が、陶器のように割れたから、修復した。それが、ジョブの改ざんと同じことになってしまったんだ。


 ということは、左腕は、ジョブの印を失う前の怪我か。


 だけど、そんな呪いを受けているなら、左腕も同じ状態のはずだよな。


 考えていてもわからない。

 人間の僕には、神獣の残した痕跡など見えない。


 だったら……。



「僕、ちょっと、なりきり変化へんげを使ってみます」


「は? 変化へんげ?」


 ギルマスは、僕の意図はわからないんだよな。だけど、ゼクトさんは、ニヤッと笑ってる。やはり、それで正解なんだな。


 ゼクトさんにはできなくて、僕にできることは少ない。だけど、これは、たぶん僕にしかできない。



 僕は、スキル『道化師』の変化へんげを使った。化けるものは、アレしかない。


 ボンッと音がして、僕の視点は少し低くなった。



「お、おい、おい、キラーヤークかよ。おまえ、なぜヤークに化けられるんだ?」


 ギルマスは、驚いているみたいだ。するとゼクトさんは、自慢げに口を開く。


「ヴァンは、ビードロも偽神獣も、従属化してるぜ」


「や、やべぇな、おい」



 うん、やばい。


 ギルマスの左肩には……神獣ヤークがいた。



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