323、自由の町デネブ 〜元ギルマスのオールス
「えっ!? ゼクトさんが、どうして現れるんですか」
レモネ家の別邸の通路に現れた魔法陣で、僕は、どこかへ転移したみたいだ。ギルマスが居ると思っていたのに、なぜかゼクトさんが現れたんだ。
「あはは、現れたのは、おまえらの方だろ、ヴァン」
「あ、そっか。お久しぶりです」
僕は、ちょっと混乱している。えーっと、どういうこと? そもそも、ここはどこだ?
ゼクトさんは、すべてわかっているかのように、僕の後ろにいるラスクさんを見て、ニヤッと笑った。ラスクさんも、ニヤニヤしているんだよな。
「僕は、どこに転移してしまったんですか? レモネ家の別邸にいたんですけど」
すると、ゼクトさんは、面白そうにククッと笑って、ラスクさんに何か合図をしている。
「ヴァン、なんだか、尻尾が見えるよ」
「はい? 僕には、尻尾はないですよ?」
「あはは、彼に会えたのが、そんなに嬉しいんだね。尻尾が生えていたら、いま、ちぎれんばかりに振っているだろうね」
なっ!? 何を言い出すのかと思えば……。
僕はゼクトさんに会って、そんなに嬉しそうな顔をしているのだろうか。
「ラスクさん、僕、そんな顔してます?」
「ふふっ、思いっきり、顔に出てるよ。まぁ、どれだけ憧れていたかは知っているけどね。俺と久しぶりに会っても、そんな顔はしてくれないんだよね」
「えーっと……。それより、ここは、どこですか?」
こういうときには、話を変えるに限る。どう返答すべきか、全くわからない。
「うん? 壁の向こう側だよ」
「でも、転移魔法陣を使いましたよね?」
「ふふっ、外を見てごらん」
右側にある大きな窓から、外を見た。あれ? さっき、レモネ家の通路から見た景色と変わらない。
「ここの窓は、開けられない仕様になってるんだけどね」
僕の立つ窓の横には、壁がある。この壁を越えただけなのか。扉を付ければ済むだけなのに。
あっ、そうだ。ここには、ギルマスを隠しているんだ。
窓のあるこの場所は、レモネ家と同じく通路になっているようだ。いや、そもそも同じ建物だよな。
ただ、窓は、このひとつしかないようだ。通路の先には、窓はなく、ただの壁が続いている。
「ヴァン、間抜けなオールスをからかいに来たんだろう? こっちだ」
「ゼクトさん、ギルマスをからかうだなんて……」
「へぇ、ヴァンは、ゼクトさんに反論するんだね。びっくりだよ」
「ちょ、ラスクさん!」
二人は、ケラケラと笑っている。なんだか、僕をネタにして……わざと明るい雰囲気を作り出そうとしているかのようだ。
通路を通ってしばらく歩いた。こんなに、広かったっけ? 外から見た建物の外観を思い出してみる。窓がないから、外は見えないけど、さすがに、こんなに広くはないよな。
やっと通路は、突き当たりに着いた。
その壁に、ゼクトさんが触れると、僕達の足元に魔法陣が現れた。また、転移魔法陣だ。すごい厳重なんだな。
転移した先は、やはり壁の向こう側のようだ。床の感じが同じだ。
事務所っぽい広い部屋になっている。大きな旗も見える。あれがあるから、事務所っぽく見えるのか。
「おーい、間抜けなオールス、客だぜ」
ゼクトさんが、そう叫ぶと、少し離れたソファから、むくりと起き上がる人の姿が見えた。ギルマスだ! いや、元ギルマスか。
「おまえなー、リーダーに向かってそれは、ねぇだろ。加入希望者か? あぁ? なんだ、青ノレアじゃねぇか」
オールスさんは、ラスクさんを見て、ガッカリした顔をしている……ようなフリをしているのか。
「白魔導士だけじゃねぇぞ。極級『魔獣使い』も来てるぞ」
「おい、俺が魔獣だと言ってんのか、狂人」
ふざけているとわかっているけど、なんだかヒヤヒヤしてしまう。
オールスさんは、僕の姿を見つけ、フッと笑った。ギルマスのいつもの顔だ。なんだか安心する。
「ギルマス、こんにちは。怪我をして、ギルマスを交代されたと聞きました。どんな感じですか」
「そうだな、手足がないような感じだぜ」
「オールス、そんな当たり前の返しをしてんじゃねぇぞ。つまらない奴だな」
ゼクトさんは、憎まれ口をたたく。こんな彼も珍しい。
そういえば、一切他人との関わりを絶っていた頃も、ギルマスとは親しそうな感じがしたっけ。
オールスさんは、ソファに座っているが、背もたれが邪魔で、ここからでは肩から上しか見えない。
ゼクトさんが、ソファの方へと近寄っていく。僕も、その後をついていった。
ゼクトさんは、オールスさんが座るソファの向かいのソファに座った。僕も、そちら側へ回り込んだけど、そのまま、立ち尽くしてしまった。
オールスさんの首から下が、あまりにも変わり果てている。さっきまでの軽口を言い合っていたのが、信じられない状態だ。これで、生きている、のか?
ラスクさんは、少し近寄ってきたけど、ソファの向こう側にいる。きっと、この姿を見たくないんだ。
「おい、リーダーなら、客に茶ぐらい出せよ」
ゼクトさんが、むちゃくちゃなことを言っている。
「は? それを言うなら、下っ端の仕事だろ」
ギルマスにそう言われて、ゼクトさんは嫌そうなフリをしながら、席を立った。まさか、ゼクトさんがお茶を用意してくれるのか。
「ゼクトさん、お茶なら、僕が……」
「はん、俺が一番、下っ端だからな。おまえが青ノレアを抜けて、ウチに加入するなら、下っ端を譲ってやってもいいぜ?」
「えっ!?」
ゼクトさんと同じ冒険者パーティ? なんて魅惑的な……。
「ゼクトさん、高順位からの引き抜きは禁止事項ですよ。ギルマスの前で、何を言ってるんです?」
ラスクさんが、ピシャリと断った。ゼクトさんは、ニヤニヤしながら、奥へと消えていったけど、ラスクさんは、わりと本気で怒っているみたいだ。
「ククッ、俺はもうギルマスじゃねぇから、構わねぇがな。青ノレアは、引き抜き対策に大変みたいだな」
ギルマスは、楽しそうに笑っている。なんだか、その笑みが、とてつもなく貴重なものに思える。
「オールスさん、ちょっと僕に診せてもらってもいいですか」
「あぁ? 服を脱げってか? あいにく、そういう細かな動作は難しいんだよな。スキルも、いったんすべて失ったからな」
ジョブの印が切り離されてしまうと、得たスキルも消えるのか。
「服は脱がなくて大丈夫ですよ」
「じゃあ、まぁ、好きにしな。極級『魔獣使い』に言われちゃ、従うしかねぇからな」
「あはは、オールスさんは、魔獣だったんですね」
そう返すと、ギルマスはニヤッと笑った。あ、僕が笑ったからかな。
僕は、薬師の目を使って、彼の身体を診ていった。
こんな状態で生きているなんて、信じられない。手足は切断されたというより、吹き飛ばされたのだろう。再生した手足をくっつけてある。
おそらく、マナを循環させるためだけに、つけてあるんだ。手足を吹き飛ばされた胴体も、腐食が進んでいる。腐食を遅らせるために、マナを循環させているんだ。
ただの怪我ではない。
傷口の出血は止まっている。というより、血が流れていない。かろうじて心臓付近だけは、血液が残っている。腐食した部分には、血管が再生されているけど、血液は流れない。
だから、マナを循環させることで、生きているんだ。
これを、どう治療すれば良いのか、僕には何も思いつかない。それに、腐食の原因が……。
「オールスさん、食べ物は、食べられます?」
「いや、胃もやられてるだろ? キンキンに冷えたエールを飲みたいぜ」
ギルマスは明るいな。逆に、僕の方が辛くなる。
「怪我をしている人は、酒はダメですよ。この腐食の原因って……ジョブの印ですか」
「あぁ、そうだ。ジョブの印を修復しようとするのは、神の領域に踏み込むことだからな。ジョブの改ざんをしようとしたときと同じことになっちまったよ」
きっと、ギルマスは、こうなることを知っていたんだ。だけど、それを知らなかった同行者が魔法で治そうとしたということか。
おそらく、怪我を負って、ギルマスは意識を失ったのだろう。そんな同行者を責めることもなく、ヘラヘラと笑う彼は、やはり、本当にすごい人だ。
あれ? 腐食の進み方が違うな。
「オールスさん、ジョブの印は、右足ですか」
「へぇ、よくわかったな。印など見えないはずだが」
「じゃあ、そこから遠い左手は……」
「左手は、肩から先が吹き飛ばされちまったからな。ただ、腐食の進みは遅い。だから、心臓がまだ動いてるみたいだな」
「ちょっと、試してみてもいいですか」
僕がそう言うと、彼はフッと笑った。




