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322/574

322、自由の町デネブ 〜レモネ家の別邸

 僕達は、大通りを外れ、左側への道を歩いていった。


 小高い左側の土地には、カベルネ村側の入り口付近から、貴族の別邸が建ち並ぶ。何十という数の貴族の別邸があるようだ。


 町の中心地よりも、かなり奥へ進んでいく。僕達が歩く進行方向には、この町の海側の門が見えてきた。


 海賊が攻めてきたことがあるからか、海側の門には、門番だけじゃなく、見回り兵もいるみたいだ。


 貴族の別邸が途切れると、道幅が急に広くなった。そして、道の両側には、高級店ではなく、丸太小屋のような簡易な小屋が並んでいる。でも、小屋といっても、巨大な丸太小屋もある。



「ここは、何ですか?」


 僕は、案内してくれているレモネ家の当主ビンセントさんに、尋ねた。だけど、返事をしてくれたのはラスクさんだ。


「ヴァン、この辺りからは、倉庫通りになっているよ。道幅が広いのは、搬入しやすくするためだ」


「あぁ、なるほど。町にある店の倉庫なんですね」


「海沿いの漁師町からの中継地にもなっている。この町を素通りして、王都に行く荷物の仮置き場もあるみたいだよ。右側の大通りから、ここへ繋がる道も広いだろう?」


「へぇ、なるほど」


 確かに多くの人達が、町を縦断する大通りから、小高いこの場所へと上がってくる。補助魔法を使えない人達は、荷車をひくのも大変そうだ。



 さらに進むと広い道幅は、元の幅に戻った。そして、右側には、大きな建物が見える。左側は、まだ開拓されていない空き地のようだ。


 右側の建物に、ビンセントさんが入っていく。


「えっ? これが倉庫なんですか?」


「倉庫通りにあるから、倉庫と呼んでいるけど、レモネ家の別邸だよ。さっき、話を聞いていただろう? 彼は、屋敷を二つ建てたんだ」


 あっ、そうだった。ギルマスが手足を切断してしまう怪我を負ったから、その彼を預かるために、別邸を二つ建てたと、ビンセントさんは言っていた。


 ひとつは、本来の別邸なのだろう。この町には奴隷だった人達の逃げ場になっている。学者貴族のレモネ家は、その教育を任されたのだ。


 そして、今いる場所が、もうひとつの別邸。研究用の畑と倉庫だと言っていたっけ。だがそれは、カモフラージュだ。屋敷ほど立派な建物じゃないけど、倉庫のような丸太小屋でもない。



「ヴァン、ボーっとしていないで、入っておいで」


「あ、はい」


 ラスクさんは、勝手知ったる感じだな。ビンセントさんの姿はない。慌てて片付けているような音が聞こえる。



 建物の中に入ると、普通に倉庫のような感じだった。窓が大きく、とても明るい。いろいろな物が、雑多に置かれている。


「もう、入ってきたんですか。ここは学生達の荷物置き場になってましてね……」


「ビンセントさんの荷物置き場でしょう? 魔法袋の中身をぶっちゃけてしまったような惨状ですね」


「あはは、倉庫らしい雰囲気にしようと思いましてね。妻が、魔法袋の中身を出しておけばいいと教えてくれたので……」


「シルビアさんは、よくわかってるね、ふふっ」


 レモネ家の奥様シルビアさんは、少女のまま大人になったみたいな元気な人だ。その発想も、子供のように柔軟なのかもしれない。


 魔法袋の中身をぶっちゃけてしまえだなんて……普通は、思いつかないよね。貴重な物を入れているんだから。



「お待たせしました。どうぞ」


 ビンセントさんは、僕達の通り道を開けてくれたようだ。たぶん、うっかり踏まれたら困るからだろうけど。


 ニヤニヤするラスクさんの後ろから、僕はついて行った。床に落ちている物を踏まないように気をつけながら、慎重に進んだ。



 奥には、事務所っぽい部屋がある。ここも、普通の倉庫のように見える。


 ビンセントさんが声をかけると、上の階から使用人らしき人達が降りてきた。



「ヴァン、この上が、ビンセントさんの研究室になっているんだ。この人達は、彼が勤める学校の卒業生だよ。みんな、学者の卵なんだ」


「へぇ、すごい」


 僕の名前をラスクさんが口にしたことで、彼らは緊張した表情を浮かべた。怖がられているのか。


 ラスクさんが、僕に目配せをした。意味がわからないけど……とりあえず、挨拶は必要だよね。


「皆さん、初めまして。ジョブ『ソムリエ』のヴァンといいます。レモネ家とは、数年前から、ワイン講習会の契約をしています。よろしくお願いします」


「わわっ、ヴァンさん、こちらこそ、よろしくお願いします。俺達は、ワインは飲むけど何も知らないです」


 なんだか、変な反応だな。


「あはは、学者を目指すキミ達が、今の【富】のワインについての知識がないのは、マズイんじゃないかい? ヴァンの講習会に出席すればいいよ。ビンセントさんもね」


 ラスクさんは、また、妙なことを言ってる。学者を目指す人に、そんな知識は要らないだろう。


「ラスクさん、痛いところを突いてきますね。妻にもそれは、ギャンギャン言われていますが……」


 シルビアさんなら、うるさそうだな。あっ、貴族だから、神矢の【富】に関する知識は、必要なのか。


「じゃあ、決定だね。俺も、講習会には興味があるんだよな」


 いやいや、ラスクさんは、水辺の茶会を開いて、ワインのことも語っていたじゃないか。


 僕が、嫌そうな顔をしたのか、ラスクさんは楽しそうに笑っている。ラスクさんも、子供っぽいところがあるよな。




「もし、誰かが訪ねてきたら、講習会の準備作業中だと断ってください」


 ビンセントさんは、学者の卵さん達に、そう言うと、床を操作した。すると、地下への階段が現れた。


「ワインの保管庫は、地下にあります。どうぞ、こちらへ」


 ビンセントさんに案内され、僕はラスクさんと共に地下へと降りて行った。




 地下室の入り口には、黒服がいた。


「おかえりなさいませ、旦那様」


「うん、ルーミント様も一緒だよ。それと、ジョブ『ソムリエ』のヴァンさんも」


 ビンセントさんは、そう言うと、僕達を中へと招き入れた。ふとした仕草が、貴族っぽくて優雅だ。


 黒服も、優雅なお辞儀をしている。僕も、見習わなければならないな。


 僕は、黒服に、丁寧に頭を下げた。ジョブ『ソムリエ』だと紹介されたから、冒険者気分ではマズイだろう。



 扉の先は、よくある貴族の屋敷の居間のような雰囲気だ。だけど、ここが地下室だとは思えない。


「すごく広くて明るいですね」


「そうだろう? 俺も初めて来たときは、一瞬、頭が混乱したよ。この場所の特徴を上手く使って建てられているんだ」


 ラスクさんは、僕が驚いたことに気をよくしているみたいだ。そして、なぜか自慢げなんだよな。


「この場所の特徴?」


「あぁ、歩いてきた道は、かなり高い位置にあっただろう? そして、右側には、はるか下に大通りが通っている」


「確かに、大通りから、この道へ上ってくる荷車は、大変そうでしたね」


「海側に近い場所は特に、大通りからの襲撃に備えて、高台になっている。大通り沿いに店が建っているから、わかりにくいけどね」


「うん? はい」


「あはは、こっちに来てごらん」


 ラスクさんは、まるで自分の家のようだな。ビンセントさんの屋敷なのに。



 居間を抜けた先の通路には、地下なのに、なぜか大きな窓が並んでいる。その窓から外を見ると、大通りや、大通り沿いの店が見える。


「右側に勝手口がありますよ。使用人しか使わないですが」


 ビンセントさんは、にこやかな笑みを浮かべながら、右側を指差している。


「おっ! ここから出入りできるのか。俺は、次から、ここを使おう」


 ラスクさんが扉を開けて、なんだか少年のように笑っている。扉の先は外だ。でも、かなりの段数の階段がある。


「その階段を上がってくるのは、疲れますよ? 使用人の買い物用の階段ですからね」


 だから、ビンセントさんは、使わないんだな。


「なんだか楽しそうじゃないか。俺が使ってもいいよね?」


 黒服達は、慌てて頷いている。ふふっ、困った人だね。



 ふと、通路の左端が目についた。なぜか、不自然に椅子が置かれている。


「あちらの椅子は、何ですか」


「使用人が、あの先へ行かないための目印だよ。ヴァン、おいで」


 ラスクさんは、表情を引き締めて、通路を椅子が置かれている方へと進んでいく。ビンセントさんは、居間に戻った。


 この先に、ギルマスが居るのか。



 椅子を通り過ぎ、通路の行き当たりの壁を、ラスクさんが、コンコンと叩いた。


 しばらくすると、足元に小さな魔法陣が浮かび上がった。僕とラスクさんは、その光に包まれた。転移魔法陣か。




「おう、久しぶりだな、ヴァン」


 僕の目の前には、ゼクトさんがいた。



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