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321、自由の町デネブ 〜レモネ家の二つの別邸

 僕はいま、自由の町デネブに来ている。


 ここに来るときはいつも、転移屋を使って僕が任されている畑に直接行き、帰るときは、壁代わりの長い小屋から、バーバラさんが、リースリング村に転移で送ってくれていた。


 だから、こうして町の中を歩くのは、数ヶ月ぶりかな。


 魔女と呼ばれるバーバラさんは、この町では、逃げてきた元奴隷として扱われている。


 彼女は、ベーレン家の無料宿泊所の管理人も、まだ続けているようだ。だけど、土ネズミの変異種、人工的にベーレン家によって創り出された人だから、この町の保護対象になるらしい。


 バーバラさんは、この町を気に入っているみたいだ。


 保護活動をしているいくつかの貴族からも、優しくしてもらっているそうだ。まぁ、彼女を手懐けて利用しようと企む貴族もいるだろうけど。




「ヴァン、なんだか、珍しそうにキョロキョロしてるんだね。この町は、ヴァンが造ったようなものだろう?」


 ラスクさんは、僕をからかっているのか、変なことを言っている。それを真顔で頷くレモネ家の当主ビンセントさん。


「ラスクさん、この町を造ったのは、王宮の魔導士と建築士ですよ。僕には、そんなスキルはないです」


「あはは、そうだっけ? そういえば、ヴァン。あの狂人が冒険者パーティを組んだことを知っているかい? 組んだというよりは、復活だけど」


 えっ? ゼクトさん?


「聞いてないです。カラサギ亭のマスターと、昔、一緒に行動してたっぽいですけど」



 狂人と聞こえたからか、道をすれ違った人に振り返られてしまった。だけど、僕の顔を見ても、特に騒がれることはない。


 お気楽うさぎのブラビィが、何かしてるみたいなんだよな。僕を見ても、だんだん忘れていくというか。


 ちょ、神官様に忘れられたらどうするんだよ?


 そう問いかけても、ブラビィの返事はない。リースリング村で遊んでいるもんな。



「パーティ名は知らないけど、奴が、伝説のハンターと呼ばれていた時代は、加入希望者が凄かったらしいよ。リーダーは、ギルマス、いや、元ギルマスのオールスだよ」


「えっ? ギルマスは、怪我をしたから交代したと聞いたんですけど」


「あぁ、歩けないだろうな。両手両足は、身体が腐らないようにくっつけてあるが、白魔導士に見せる前に変なことをしたから、治せないんだ」


 両手両足? どういうこと?


 レモネ家の当主ビンセントさんが口を開く。


「王都の極級薬師にも無理だったみたいだ。とても世話になったから、何とかしてあげたいのだが……」


 極級薬師は、蘇生薬を作ると聞く。それでも無理なのか。


「両手両足を切断してしまったのですか? なぜ、それで、冒険者パーティのリーダーを……あっ、治癒方法を探すのですか?」


「もう、治癒方法はないよ。いったん殺して蘇生しようかとの話もあったらしいけど、あーなってしまうと、蘇生はできないんだ」


 ラスクさんにも相談されたのだろう。青ノレアとして、深い関わりがあるはずだ。


「なぜ? ラスクさんにもできないんですか」


「あぁ……できない。ヴァンも同じことになる。気をつけなければいけないよ」


 えっ!? 僕も?



 意味がわからず、首を傾げていると、ビンセントさんが、遠慮がちに口を開いた。


「ヴァンさんには、有能な従属がいるから大丈夫でしょうが……ジョブの印が手足にあるなら、覚えておく方がいい。ジョブの印が身体から切り離されてしまうと、蘇生魔法は効かなくなるのです」


「えっ……」


「ビンセント、それは少し違う。切り離されただけなら、蘇生魔法は効く。切り離された部位を魔法で修復しようとしたから、反転したんだよ」


 難しすぎて、意味がわからない。


「ヴァン、もしジョブの印が、身体と完全に切り離されてしまったら、何もせずに、極級白魔導士と物理系のハンターを呼べ」


「ラスクさん、白魔導士はわかりますが、ハンターもですか?」


「あぁ、ハンターに蘇生しやすいように殺してもらって、白魔導士が蘇生する。それしか助かる道はない。ただ、ジョブは何か別のものに変わるがな」


「えっ……」


 そうか、死んで蘇生されたら、別のジョブに変わるんだ。



「じゃあ、なぜ、ギルマスは、冒険者パーティを」


「さぁな。ただ、狂人は、レア神矢を探しているらしい。冒険者パーティを組んだ理由はわからないが、最期の思い出なのかもしれないね」


 そう言いつつ、ラスクさんは悔しそうな表情を浮かべている。白魔導士の貴族ルーミント家の当主の家の人だ。奥様が当主だけど、きっと奥様に相談しても駄目だったのだろう。



 僕も、何度かしか会ってないけど、両手両足が切断されて、腐らせないためにくっつけているだなんて……。


 屈強なギルマスの顔を思い浮かべると、涙が出てくる。


 そうか、ゼクトさんが最近、全然どこにもいないのは、神矢ハンターの仕事で忙しいだけじゃないんだ。


 きっと彼は、ギルマスを治そうとしている。レア神矢が何かわからないけど、ギルマスの治療に役立つ何かを探しているんだ。



「ギルマスって、どこにいるんでしょう? 王都かな」


 ラスクさんに尋ねると、首を横に振った。


「ヴァンさん、元ギルマスのオールスは、レモネ家が預かっています。そのために、この町に別邸を二つ建てたのですよ」


 ビンセントさんは、力ない笑顔を浮かべている。そうか、だから、突然、こんな話になったんだ。


「ヴァンには、表向きは、ジョブ『ソムリエ』として、レモネ家のワイン講習会を担当してもらう。俺も、別の講習会を担当するんだ」


 ラスクさんも、レモネ家の別邸に出入りしやすい環境をつくったのか。


 ということは、ギルマスがこの町に居ることって……。



「もしかして、ギルマスがレモネ家に居ることは、秘密ですか」


 声のトーンをさげて、そう尋ねると、二人は同時に同じ顔をした。口の端をわずかにあげて……肯定ってことだ。


 ちょうど、すれ違う人がいたからだろう。


 歩きながら話すことは、リスクがあると思うんだけど、ラスクさんは気にしていないみたいだ。いや、逆か。世間話をしているように見える。


 ラスクさんも、ビンセントさんも、ギルマスを助ける手段を探しているんだ。


 だから突然、僕にワイン講習会の話をしに来たんだ。


 ただのワイン講習会なら、わざわざ、リースリング村に迎えに来てくれなくても、商業ギルドを通じて、指示をすればいいだけだもんな。




「ここが、畑と屋敷です。あちら側には、研究用の畑と倉庫があります」


「えっ? 右側に屋敷ですか?」


 ビンセントさんが案内してくれたのは、池のある中心地より、さらに海側へ進んだ場所だった。


 海側を見て右側には、精霊の森や、僕の畑、そして道沿いには、露店や簡易宿泊所のような建物が並んでいる。


 一方、左側は、少し小高くなっているためか、貴族の別邸や、高級な店が並んでいるんだ。神官様の教会も、左側にある。


 大通りをはさんで、住み分けができているのだと思っていた。だけど、レモネ家の巨大な屋敷は、右側にあるんだ。



「こちら側は、土地が余っていたんですよ。倉庫は、左側にありますけどね」


 ラスクさんが、目配せをしてきた。変なことを口走ってはいけないんだな。ということは、その倉庫に、ギルマスの住まいがあるのか。


「そうですか。スピカの屋敷に負けないくらい大きいですね。講習会は、この屋敷で?」


「はい、基本的にはこちらの屋敷でお願いします。講習会の準備は、あちらの倉庫を使ってください」


 ラスクさんが頷いている。彼らは、何かを警戒しているみたいだけど、僕が、ここで、その人かモノを探すわけにはいかない。自然に話さないと……。



「倉庫で、講習会に必要なワインを保管してもらえるんですね。温度や湿度は大丈夫でしょうか」


「温度や湿度?」


 あれ? レモネ家の当主は、本気で首を傾げている。


「ワインは、温度や湿度によって、大きく影響を受けてしまうのです。ビンセントさんは、あまりワインに興味をお持ちじゃないですか」


「あはは、ヴァン、彼は、植物以外に興味を示さないよ」


 ラスクさんは、ケラケラと笑った。作り笑いではない。この町に来て、初めて本当の笑顔を見た気がする。


「それは困りましたね。講習会に使うワインを劣化させてしまうと、テイスティングができません。ちょっと、倉庫を見せていただいても構いませんか?」


「あ、あぁ、はい。ご案内しますよ。まだ、全く片付けてないのですが……」


 焦るレモネ家の当主……。ラスクさんは、僕に小さな合図を送ってきた。これで、よかったみたいだな。



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