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318、自由の町デネブ 〜謎の女性、ラン・ドルチェ

「ヴァンさん、よろしいのですか? 木工用の作業道具一式なんて、金貨1枚にもなりませんよ?」


 ボレロさんは、嬉しさがあふれる顔をパシリと叩きながら、そんなことを言っている。


「今の僕に、一番必要なものは、木工用の作業道具一式なんです。あまり木工職人のスキルを使っていないから、自分で買い揃えるのも、難しいんです。必要な物がイマイチわからないから」


「それなら、私にお任せください。工業ギルドは同じ階なんですよ」


 それは、僕も知っている。工業ギルドの奥に、この事務所や応接室があるんだから。


 ボレロさんは、それに気づいたのか、照れ笑いをしている。



 あっ、ボレロさんに効果を伝えておく方がいいよな。これは、ぶどうのエリクサーとは少し違う。


「ボレロさん、木いちごのエリクサーは、完全回復なんです。スキル『備え人』持ちの人なら、魔力タンク予備があると思いますが、その予備タンクまで回復できます」


「はい、もちろん存じていますよ。これは、液体化してから希釈して、10回くらいに分けて使用することもできますよね。希釈エリクサーも、王都の闇市系の露店で、よく見かけますよ」


 あー、だから金を産むエリクサーだとか言われているんだよな。薄めたものでも、魔力値の低い人なら全回復できるらしい。


「いろいろな使い方をされてるんですよね〜。希釈すると、かなり不味くなると思いますけど……」


「確かに、美味しくはないですね。シャバシャバした変わった味になります。でも、魔力も体力も全回復しますよ? ヴァンさん、もっと量産してくださいよ。ギルドでも取り扱わせてもらいたいです」


 えっ? ボレロさんも、薄めたエリクサーを使ったことがあるのか。試してみたかったのかもしれないな。



「木いちごのエリクサーは、僕ひとりでは作れないんです。逆に言うと、すごい魔導士が手伝ってくれることで生み出された奇跡の品ですよ」


「そうなんですか。ええ、ほんとに、奇跡のエリクサーです。緊急召集の報酬は、一人当たり金貨1枚から10枚が必要だから、頭が痛かったんですよ。ですが、高ランク冒険者でも、報酬はこれ1個で納得してもらえますよ」


「数は、足りますか?」


「ええ、選択させます。エリクサーよりも金貨を望む人もいると思いますから」


 ボレロさんは、ほくほく顔で、正方形のゼリー状ポーションと、木いちごのエリクサーを、何かに包んでから魔法袋に収納した。


 丁寧に取り扱ってくれるんだな。


 でも、ポーションもエリクサーも、不思議な何かを放っているから、ゴミはくっつかないと思うけど。




 応接室を出ると、ボレロさんはすぐに、工業ギルドであれこれと揃えてくれた。木いちごのエリクサーと物々交換ということにしたためか、道具だけじゃなく、縄紐や布なども用意してくれている。


 そして魔法袋に入れて、僕に渡してくれた。魔法袋の代金が気になったけど、まぁ、もらっておこう。



「ヴァンさん、畑は、私の方で、指導ができる人を募集をしています。その人達に計画的に、畑を作ってもらうつもりです。労働者は、商業ギルドとの共同ミッションとして、仕事してもらいます」


 うん? リーダーを募集して、そのリーダーの指示で働くのが、奴隷だった人達ってことか。


「はい、わかりました。お任せします」


「このボレロも、畑作りには参加させてもらいますよ」


「えっ? 農家のスキル持ちなんですか?」


「いえ、私が食べたい物を育ててもらいたいので、畑の構成に参加させてもらいます。貴族の別邸が増えてきましたし、そんな人達に売りやすい物の特徴もわかりますから」


 そういえば、ファシルド家でも会ったし、他の屋敷でも会ったことがあるよな。ボレロさんって、商業ギルドの所長もできるんじゃないだろうか。


「それは、心強いです。よろしくお願いします。あ、ちなみに、僕は、全くわかりません」


「あはは、ヴァンさんは、その気になれば何でもできる人じゃないですか〜」


 ケラケラと楽しげに笑うボレロさんを、職員さんが待っている。忙しいのに、雑談している場合じゃないよね。まぁ、ボレロさんとしては、わずかな休憩時間になったのかもしれないけど。


「職員さんが待ってますね。お忙しいところをすみません。たくさんの道具、ありがとうございます」


「ヴァンさん、私の方こそ助かりました。今後とも、よろしくお願いします」


 そう言って、ボレロさんは、僕に思いっきり頭を下げた。ちょ、やめてくれ。みんなが見るじゃないか。


 僕は、愛想笑いを浮かべて、逃げるように階段を降りていった。




 1階の商業ギルドの店は、やはりすごく混んでいる。珍しい売り物が並んでいるから、僕もついつい見てしまうんだよな。


 あっ、グミがある。


 マルクは、グミが好きなんだよね。教会に置き去りにしてしまったお詫びに、買っておこうか。


 商品をいろいろと物色していると、さっき、ボレロさんから言われた一言が、よみがえってきた。


 僕は、その気になれば何でもできる……そう思われているのか。誤解だ。僕は、ほとんど何もできない。


 どうすれば、神官様の心を射止めることができるのか、全くわからないんだから……。諦めたくない。でも、迷惑もかけたくない。はぁ……つらい。


 グミを手に取りながら、ため息が溢れる。僕の分も買っておこう。あっ、バーバラさんも食べるかな?


 全種類のグミを抱えて、会計に並んだ。



「あら、ヴァンさん? グミが好きなんですか?」


 誰だっけ? 見覚えのない色っぽい女性だ。僕は、あいまいな笑顔を浮かべておいた。


「そんなかわいい所もあるなんて、親近感だわ」


「えっと、すみません、どちら様でしたっけ?」


「ふふっ、私は、ラン・ドルチェというの。ヴァンさんとは、一度話してみたいと思っていたのよ〜。よろしくね」


 ラン・ドルチェ? ドルチェ家の人?


「初めまして、あの、なぜ僕のことを?」


「あら、顔バレしていないとでも思ってる? そうだわ、ちょっと待って」


 その女性が、何かの魔道具の操作を始めた。僕は、その隙に会計を済ませて、買った大量のグミを魔法袋に収納した。


 よし、人ごみに紛れて、そっと消えよう。



 僕は、そーっと離れた。

 だけど、その女性はついてくる。


 僕は、人ごみに紛れながら、まっすぐ出口に向かった。

 だが、その女性はついてくる。


 うー、絶対に逃れられないような気がする。何か、そういう感知系のスキルを持っているのだろうか。


 ドルチェ家といえば、王都の大商人貴族だ。マルクの奥さんのフリージアさんとはタイプが違う。この女性は、商人というより……狙った獲物は逃さないハンターのようだ。



 建物から出たところで、その女性に行く手を阻まれた。僕が逃げようとしていることが、バレているのか。



「ヴァンさん、探していたのが出てきたわ。これを見て」


 彼女が魔道具を操作していたのは、何かの記事を表示したかったらしい。情報の魔道具か。


 ズラリと並んだ名前のリストだ。僕の名前もある。映像まで、ついているようだ。あー、顔バレがどうと言っていた件か。


 名前の横には、数字が並んでいる。4、2,000,000、そして5,623という数字だ。意味がわからない。その数字の説明は、表示されていない。


 そして彼女は、映像を再生した。いつ撮られたのか、僕の姿が流れた。背景からして商業の街スピカか。


「知らない間に、こんな映像が撮られていたんですね」


「そうね。映像専門の情報屋もいるからね。この記事を見る人達には、顔バレしているわよ。一般の者には、これを見る財力はないでしょうけど」


 うわ、やだな、このタイプ。


「何の記事ですか? 不思議な数字が並んでいますね」


 彼女は、なぜか突然、僕に胸を当ててきた。


「うふふ、知りたい? 教えてあげよっか」


 なんだか、いい匂いがする。香水だろうか。ちょっと頭がクラクラする。



「ヴァンは、知りたくないって言ってますよ。ランさん。俺の親友に、変な術を使わないでもらえますか!」


 ふいに腕を引かれて、あやうく転びそうになった。マルク? あれ? なんだか、足元もふらつく。


「やぁね。せっかく、私が見つけたのに。もしかして、フリージアが狙っているのかしら?」


「失礼します!」


 マルクは、彼女の問いには答えず、僕の腕をつかんだまま、転移魔法を唱えた。



 ◇◇◇



「あれ? マルク、どうして?」


「災難だったな。グローブで、ヴァンの居場所はわかるからさ」


 僕もマルクの居場所はわかる。だけど、どうしたんだろう? マルクは、焦った顔をしていた。



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