317、自由の町デネブ 〜池のほとりのギルド
僕は、細長い小屋を出て、広い畑にする予定地を、池に向かって歩いていった。
細く若い木が、ちょこちょこと生えている。これを引き抜かないと、畑にできないよな。
あっ、そうだ。あまり使っていないスキル『木工職人』を使う良い機会じゃないか。この若い木を使って、小屋の庭に、泥ネズミ達の遊び場を作ろうかな。
リーダーくんだけでなく、空を飛ぶことを喜ぶのが泥ネズミの習性なら、高い場所で遊べる遊具がいいかな。
地面から高い位置に何かを作ってあげれば、きっと楽しく遊べるだろう。
そんなことを考えていると、僕も楽しくなってくる。気分が少し上がってきた。
広い畑の予定地を通り抜けると、池のほとりに、いくつもの建物が立っているのが見えた。
王宮の魔導士や建築士の仮の小屋は消えている。跡地には、兵の駐屯所らしき建物が立っていた。
池のまわりに、いろいろな施設を集める気なのか。まぁ、町の中心地だから、便利な場所かもしれない。
デネブという名を町につけたということは、この池には、渡り鳥が来るんだよな。真っ白な美しい鳥だと聞く。見てみたい。
たくさんの人が集まる建物が見えた。あっ、ギルドの看板が、いま、かけられた。
僕は、騒がれたくない。ただの冒険者のふりをして、その建物に近寄った。
「列に並んでくれ。順に案内をしている。Sランク以上の冒険者は、申し出てくれ」
建物前は、たくさんの人でごちゃごちゃだ。並べと言われても、荒っぽい冒険者がおとなしく並ぶわけがない。
見たことのない職員さんばかりだ。こんなに人が押し寄せるとは、考えていなかったのだろうな。
ボーっとしている間に、建物の案内看板が立てられた。そして、誘導も始まった。
「商談の方は、いらっしゃいませんか。事務所へ、お通しします。新規冒険者登録の人は、隣のカベルネ村に行ってください。仕事希望の方は、お並びください」
ぞろぞろと離れて行く人が多い。新規に冒険者登録をする人が集まっていたのか。
1階は商業ギルド、2階が工業ギルドと事務所、3階に冒険者ギルドか。
カベルネ村に、臨時の新規冒険者登録のための仮出張所ができたらしい。ボレロさんは、大忙しだろうな。新たなギルドマスターも、この町のギルドを手伝っているんだっけ。
とりあえず、僕は、顔を出したという記録だけ、つけておいてもらおう。畑のことは、急ぐ必要はない。
順番が来て、ギルドの建物に入った。
あぁ、1階が混んでいるのか。商業ギルドの店舗には、人が殺到している。移住してきた人が、必要な物を買いに来たのかもしれない。
2階は、比較的空いている。3階への階段は、冒険者の列ができているみたいだ。
僕は、2階を奥へと進んでいく。
「お兄さん、商工冒の事務所にご用ですか」
工業ギルドの奥へ、一歩立ち入ると、職員さんに声をかけられた。訝しげな表情から、僕が迷い込んだと思われているのがわかる。
「はい、ボレロさんに、呼ばれてまして」
「えっ!? 冒険者ギルドの所長ですか! あの、冒険者ギルドカードは、お持ちですか」
ボレロさんの名前を出すと、コロッと職員さんの態度が変わった。僕は、ギルドカードを提示した。
「ヴァンさん……ええっ! 青ノレアのヴァンさん? 堕天使の……」
職員さんは、そこで口を閉ざした。そしてキョロキョロと周囲を見ている。
はぁ、堕天使じゃないよ、僕。もちろん、堕天使の主人だと言いたかったのだろうけど……。
「お、奥へ、ど、どどどどうぞ」
この職員さん、泥ネズミのリーダーくんみたいな話し方になってるよ。
「ありがとうございます」
僕が来たという記録だけでいいんだけどな。なんだか、それも、言いにくい。
職員さんは、めちゃくちゃビビりながら、僕を案内してくれるんだよね。これが、普通の反応なのか。冒険者なら、ここまでビビらないけど。
改めて、僕は、バケモノ認定されているのだと、少し辛くなる。
あっ、もしかしたら、海賊達を追い払った連絡が、もう届いているのかもしれない。やはり、機械竜は、まずかったか。
「こ、こちらで、す、少しお待ちください」
職員さんは、ぎこちなく頭を下げ、ぴゅーっと逃げるように、走り去った。ちゃんと、ボレロさんに連絡してくれるのか不安になるほどの、逃げっぷりだ。
僕は、案内された応接室で、椅子には座らず、窓から外を眺めた。
池が見える。
何も居ない池だけど、風の妖精ピクシー達が、池の上にふわふわと浮かんでいる。
ここに、真っ白な美しい鳥が飛来してくるんだよな。ピクシー達が、渡り鳥にケンカをふっかけないか、ちょっと心配になるよね。
コンコン!
「お待たせしました、ヴァンさん」
勢いよく扉を開けて、ボレロさんが入ってきた。
「ボレロさん、忙しい時にすみません。僕の畑は、急ぎじゃないから、また、そのうちで大丈夫だと伝えたかったんですけど」
「いやいや、私は、暇ですよ。ギルマスの研修係をしているだけですからね〜」
そう言いつつも、彼の額には汗がにじんでいる。僕は、魔法袋から、正方形のゼリー状ポーションを取り出した。
「よかったら、どうぞ」
「おぉ、グミポーション! 俺、これ好きなんですよ。ありがとうございます」
ボレロさんは、すぐに口に放り込んだ。明らかに、顔色が良くなった。疲労がたまっていたのかもしれない。
「かなり消耗していたみたいですね。大丈夫ですか」
「あはは、ヴァンさんには見抜かれてしまいますね。でも、大丈夫です。この混乱は、海賊達の襲撃のせいなんですよ。住人に知らせるとパニックになるからと、顔見知りの冒険者を集めていたのですが……」
「あぁ、なるほど」
「ですが、ヴァンさんが追い払ってくださったので、町に被害もなくてよかったです。いま、その事後処理でギルマスがバタバタしています」
「集めた冒険者への報酬ですね」
そう尋ねると、ボレロさんは、ガクリとうなだれるように頷いた。高ランクの冒険者を緊急召集したのなら、何もしなくても報酬が発生する。
「そうなんですよ。ラムルベアが20体もいると、王宮の魔導士から知らされて、ヴァンさんが食い止めてくださるとは思ってたんですが、堕天使は、天兎だから、神獣や精霊にしか攻撃が通用しないという者もいたので……」
お気楽うさぎのブラビィは、元偽神獣だということを、なぜか、みんなが忘れていくみたいだ。
「あぁ、なるほど」
「だから、ヴァンさんが、別の方法で追い払ってくださったんですよね。目撃情報が混乱しているのですが、何を召喚したんですか?」
「召喚なんて、僕にはできませんよ。なりきり変化を使って、ラムルベアに効くモノに姿を変えただけです」
あれ? ボレロさんが首を傾げている。なりきり変化を知らないのか?
「あの、スキル『道化師』の変化ですが」
「あ、あぁ、失礼しました。いや、あの、竜神様を呼んだと聞いたのですが……ドラゴンに化けることができるのですか?」
「はい、質量は、倍くらいまでにしかならないので、小型のドラゴンなら可能です」
ボレロさんは、魔道具を取り出して、何かのメモをしている。はぁ、まぁ、いいけど。僕の担当者だもんな。
「では、ヴァンさん、ラムルベアの討伐報酬を……」
「いや、いらないですよ。僕は、自分の領地を守るために、私的に動いただけですから」
僕がそう言うと、ボレロさんは明らかにホッとしている。
「では、ポイントだけ……」
「いやいや、僕のランクを上げないでくださいよ?」
「あはは、じゃあ今回は、ギルドは関与しません。ヴァンさん、ありがとうございます。助かります。まだ、予算が少ない状態で、緊急召集をかけてしまったので……」
報酬の方が、予算より高いのかな。まだ、立ち上げたばかりだから、お金が回っていないのか。
だから、ボレロさんは、こんなに疲れているんだ。僕の畑も、依頼料は支払わないことになっている。ゲナードの討伐報酬を当てるとは言ってたけど。
あっ、そうだ。
僕は、テーブルの上に、正方形のゼリー状ポーションを、どっさりと出した。
「ええっ? ヴァンさん?」
「緊急召集の空振りの穴埋めには、ならないかもしれませんが、寄付します。下の商業ギルドで売っでください。緊急召集は、何人くらいに?」
「えええっ! あ、えっと、30人ほど……」
やはり、それなら、全然足りないな。僕は、木いちごのエリクサーを30個ほど取り出した。
「エリクサーは、買い取りをお願いします。物々交換でいいです。庭をいじりたいので、木工用の作業道具一式で」




