316、自由の町デネブ 〜小屋の活用方法
デュラハンが、やっと加護を弱めた。
もう、町を潰そうと襲撃してきた海賊達の姿は見えない。僕が狩ってしまったラムルベアも、既に燃え尽きて消えている。
よし、町に戻ろう。
僕は、くるりと後ろを向き、数歩進んで、思わず立ち止まった。
町の門付近には、大勢の人が集まっている。だが、僕が、門に戻ろうとしていることに気づくと、慌てて逃げるように離れていくんだ。
そんなにも、恐れられたか。
確かに、機械竜は、やりすぎだったかもしれない。前に、機械竜の姿に化けたときは、相手はゴーレムだった。だが、今回の相手は、魔物や人間だ。
だけど、圧倒的な力を見せないと、海賊達は、再び襲ってくるだろう。町を守るには、これでよかったんだと思いたい。
でも、バケモノ扱いされるのは辛いな。僕自身は、弱いのに……。
「いやはや、ヴァンさん、凄まじいですね」
王宮の魔導士達は、僕の機嫌を取ろうとしているかのように、笑顔を張り付けている。
「たぶん、海賊達は、もう攻めて来ることはないと思います」
「ええ、ええ、そうでしょうとも! まさかの機械竜ですからね。初めて見ましたよ」
こっちの興奮気味の魔導士は、僕を恐れているわけではないか。まぁ、もういいけど。
僕は、あいまいな笑みを浮かべ、町の門をくぐった。
うわぁ、あちこちで待ち構えているか。
この中を通ることは、僕には苦痛にしかならない。疎外感が半端ないんだよな。みんな気持ち悪いほどの笑みを向けてくる。
僕は、スキル『道化師』の変化を使い、鳥に姿を変えた。そして、スーッと空高くへ舞い上がった。
見えないほどの高さにまで上がると、そのまま町の中心へと向かった。風が強いから、飛びにくい。だけど、高度を下げる気にはなれない。
池が見えてきた。あの近くに、ギルドがあるんだよな。だけど僕は、それをスルーして、精霊の森へと向かった。
◇◇◇
精霊の森は、海とは逆の、カベルネ村側の出入り口近くに広がっている。
僕は、ひょろっとした細い木に、降り立った。精霊シルフィ様の大樹に降りたかったけど、ちょっと遠慮してしまったんだ。
そして、変化を解除し、草むらへと降りた。
『我が王! もう、追い払ったんでございますですかー』
目の前に、泥ネズミ達が現れた。タイミングが凄すぎる。コイツら、転移できるのかな。
「うん、追い払ったよ。キミ達が、早く気づいて知らせてくれたおかげだよ。ありがとう」
『ぬわっははは、にゃはははらひれ〜』
リーダーくんが、なぜか草の上を転がっている。毒キノコでも食べたのか?
『我が王! こいつは、嬉しくて悶絶しているようです。行動がいつも、本当に頭がおかしい感じでして……』
賢そうな個体が、リーダーくんに冷たい視線を向けている。でも、リーダーくんは気づかないんだよな。あはは、なんだか癒される。
「そっか、リーダーくんはムードメーカーだね。張り詰めたときにも、ふっと笑わせてくれる。キミがいてくれるから、リーダーくんは、こんなことができるのかもね」
僕がそう言うと、賢そうな個体は、モジモジし始めた。うん? 照れているのかな。ふふ、かわいい。
『我が王、ありがとうございます! 精霊の森に異変はありませんでした』
照れ隠しなのか、キリッと敬礼しているよ。
「そう、ありがとう。デュラハンのまがまがしいオーラを使ったから、心配だったんだよね」
『魔導士のバリアが、闇のオーラが流れ込むことを防いでいたようです。海側の方も、問題ありません』
「そっか、よかった。かなりの数で巡回してくれてるんだね。みんなにもありがとうと言っておいて」
『御意!』
リーダーくんは、まだコロコロしている。僕が見ていることに気づいた賢そうな個体が、リーダーくんを立たせようとしたけど、無理みたいだな。ふふっ、いいコンビだね。
『ねぇ、ちょっとあんた、何なのよ?』
上から声が聞こえた。風の妖精ピクシーだ。かなり数が増えているみたいだ。
「うん? 意味がわからないよ」
『あんた、弱いの? 強いの? どっち?』
『我が王に、ケンカを売らないでいただきたい!』
ありゃ……賢そうな個体がイラついている。
僕は、そっと、彼の頭を撫でた。一瞬、ビックリした顔をしていたけど、照れたのかモジモジしている。
「妖精さんには優しくしてあげて。この地の戦乱の記憶が、まだ鮮明なんだよ。ピクシーさんはケンカを売ってるんじゃなくて、不安なんだ」
『御意!』
「ふふっ、いい子だね」
すると、リーダーくんがスクッと立ち上がった。
『妖精には優しくするでございますです!』
「あはは、リーダーくんも、いい子だね」
『はいっ! いい子なのでございますです!』
ふふっ、なんだよ、コイツら。甘えん坊モードに突入しているのか?
リーダーくんも、頭を僕の方に向けてくる。仕方なく、僕は、リーダーくんの頭もそっと撫でておいた。
『むふふふ、ぬはっ、むほほほほほ〜』
『おまえ、我が王の前で、気持ち悪い笑い声を出すなよ』
また、始まった。ふふっ、仲がいいよね。
ピクシー達は、そんな僕達の様子を、近くを飛び回りながら、観察しているみたいだ。妖精って、好奇心が旺盛なんだよな。
さっきの問いかけに、答えを求めているわけじゃないみたいだ。強いか弱いか……そんなの、僕は弱いに決まっている。
「キミ達、そろそろ、見回りに戻ってくれる? 僕は、冒険者ギルドに行かなきゃいけないんだ。また、何かあったら知らせて」
『御意!』
泥ネズミ達は、どこかへ走り去った。突然現れるけど、消えるのも早いんだよね。
僕は、精霊の森の中を歩いていった。ピクシー達がなぜかついてくる。見張られているのかな。
精霊の森の中を、人間にウロウロされたくないんだろうけど、今の僕には、大通りを歩く根性はない。
この場所からは、神官様の教会が見える。壊されなくて、よかった。だけど、もう僕は、教会には近寄れないな。
しばらく歩くと、僕の細長い小屋が見えてきた。あの小屋は、僕一人で使うには、あまりにも広すぎる。
精霊の森と、町に移住してきた人が働く畑を区切る役割がある小屋だ。森から見ると、丸太で作った壁に見えるんだな。
あっ、僕の小屋の手前の庭は、泥ネズミ達の通り道になっているのか。何かを互いに伝達するかのように、集まっている。
僕の私有の畑にしようかと思っていたけど、泥ネズミ達のための場所にする方がいいか。畑は管理ができないもんな。
泥ネズミ達のエサ場? いや、そうすると、ピクシー達が嫌がるかな。泥ネズミは雑食だ。血の臭いが精霊の森に流れ込むかもしれない。
僕は、庭から細長い小屋へと、入っていった。
「あっ! お兄さん、おかえりなさいませ」
ええっ!? ここって……どうなってるんだ?
「あの、バーバラさん?」
僕がキョロキョロしていると、年配の女性……ベーレン家の無料宿泊所の管理人をしていたバーバラさんが、笑顔で近寄ってきた。
ゲナードの討伐戦で、僕は彼女に従属を使ったんだ。
彼女は、ベーレン家が作り出した土ネズミの変異種だ。あらゆる魔法を使うことから、魔女と呼ばれている。
「うふふっ、驚かせようと思って、皆さんには黙ってもらってたんです」
「ここは、ガランとした何もない丸太小屋だったよね?」
「家具は、姉さんが整えてくれたんです。勝手に、一部に私達の部屋を作らせていただいたのですが、構いませんでしょうか?」
ガランとしていた長すぎる小屋は、いくつかの部屋に仕切られているらしい。
精霊の森に通じる扉はひとつしかない。ここは、僕が出入りすると考えて、広い居間になっているようだ。
「うん、使い道に困っていたから、いいんだけど」
「ふふっ、よかった。お気楽うさぎのブラビィさんが、畑側の扉ごとに区切って使えと言われたのですが、使いにくいと思って、少し改築しました」
「そっか……うん? ということは、バーバラさん達、この小屋に住むの?」
「はい、管理人が必要だと、ブラビィさんがおっしゃって。お兄さんのお部屋は、まだ、簡易的なものしか置いていないのですが」
住むのか。いや、まぁ、うん、助かるけど……。
「バーバラさん、ベーレン家の無料宿泊所は大丈夫?」
「はい、必要なら行き来するので大丈夫です」
「そっか、部屋はいくつ作ったの?」
「この居間のあっち側は、お兄さんの部屋で、こちら側には、私達の部屋を含めて11室と食堂にする予定です」
「へぇ、すごいね。ありがとう」
僕がそう言うと、バーバラさんは少女のように、はにかんだ笑みを浮かべた。




