315、自由の町デネブ 〜海賊達を追い払う
絶対的な力か……。
確かに、堕ちた神獣ゲナードが消えたために、この町を潰して王都へ攻め込もうとしているなら……圧倒的に敵わないという何かが必要か。
さっき王宮の魔導士は、海に棲むラムルベアには、魔法が効きにくいと言っていたっけ。物理攻撃力が強い魔物だ。それなら、従属を使うか。
いや、ダメだ。従属は、僕より弱い魔物には、普通は使えない。術返しをされてしまう。覇王と同時発動するしかないな。
『おい、おまえ、バカか。ラムルベアなんかを下僕にするなよ。知能が低いから、害にしかならねぇぞ』
お気楽うさぎのブラビィが、文句を言っている。
確かにそうか。ラムルベアを従属化している人は、襲撃の武器として使う。僕は、魔物を武器にする気はない。
『まぁ、サクッと片付けるんだな。昼間だが、オレは精霊になったから、この人数なら一気に呪いの付与ができるぜ』
いやいや、デュラハンさん、呪いは使わないから。
『ほらみろ、じゃ、オレが颯爽と天から舞い降りて……』
ブラビィ、疑問だったんだけどさ。堕天使が登場するのに、なぜいちいち上空にワープするの?
『は? カッコいいじゃねーか』
あっそ。そんな気がしてた。
「王都の暗殺者が来ようが、王宮の魔導士だろうが、俺達を止めることなんて、できねぇよ」
ブラビィやデュラハンと言い争っている間に、僕は、武装した海賊に囲まれていた。はぁ、どうしよう。襲撃者だけど、やはり殺したくはない。
二人は、なぜか自分がやると、アピールがすごい。
僕は、木いちごのエリクサーを口に放り込んだ。二人は、もしもの場合の切り札として、温存しておこう。
チラッと、町の門に目を向けると、王宮の魔導士が、三人に増えていた。僕が頼んだことを忠実に、町にバリアを張ってくれているみたいだ。
僕に加勢しようという気はないらしい。信用されているということかな。
たぶん、僕が、堕天使ブラビィを使うと思っているんだろう。下手に近寄って、巻き添えになりたくないのかもしれない。
「もう一度言います。この先は、新しい町です。魔物を連れた軍団の通り抜けは、できませんよ。お引き取りください」
これは、一応、最後忠告だ。
「ガキ、おまえは経験が浅いようだな。自分の状況に気づいていないのか」
「どういうことですか?」
「ふふん、暗殺者の技能は封じたってことだ。隠匿系の技能は、サンスの鏡の前では、効かないのを知らんのか」
僕を囲む何人かが、僕に魔道具の光を当てている。サンスの鏡か。高いんだよな。そうか、これを使って、魔物の姿を隠していたのか。
「その鏡を僕に向けたことで、隠していたラムルベアが丸見えですよ」
「ふん! やれ!」
僕を取り囲む人達は、一斉に武器を構えた。見たことのない武器が多い。この数は、避けられないな。
デュラハンが加護を強めた。僕の見た目が変わる。
すると、何人かは怯んだが、大半は無視している。怯んだ奴は、デュラハンの加護だと気づいたのか。もしくは、まがまがしいオーラにビビったのかもしれない。
デュラハンのオーラが、奴らの攻撃を弾く。
しかし見事に全員が、僕に殺意を向けるんだな。デュラハンの加護を強めていると、人間の悪意が見える。
「クッ、攻撃が届いてねぇぞ」
「アレを使うか」
僕を取り囲む人達が、サーッと後退していく。見えないほどの距離にまで下がって行った。
『ここに魔物をワープさせる気だぜ』
デュラハンさん、わかった。
僕は、スキル『道化師』の変化を使う。コイツらを無力化したい。だけど、人間は殺したくない。
目の前に、転移陣が現れた。見えないほどの距離に離れた海賊達が笑う声が聞こえてくる。
まずは、20体ほどのラムルベアか。そして、その後は、数百人の海賊。
魔物は狩り、人間は怯えさせて追い返す、そんなことができる何かに……。
ボンと音がすると同時に、魔法陣が光った。近くで見ると、デカイな。だけど、僕の視点は上がっていく。
ガゥウゥ!
魔法陣から現れたラムルベア。四つん這いでも、人間の倍以上の高さがある。
魔法陣の光の中では、僕に飛びかかろうとウズウズしているようだった。
だが、僕の変化が終わると、僕の姿を見て固まっている。本能的には逃げたいのだろう。だが従属化されているから、命令に背けないのか。
体格のひときわ大きな一体が、飛びかかってきた。それを引き金に、他の奴らも僕に襲いかかる。
しかし、遅い。
僕は、サッと飛び上がり、攻撃をかわした。そして、ラムルベアに向かって、ブレスを吐いた。
シュッ!
僕のブレスは、ラムルベアを撃ち抜くように貫通した。倒れたラムルベアの開けた穴から、炎が静かにあがっていく。
一体を倒したことで、他の魔物は、慌て始めたようだ。
今の僕の姿は、見たことがないだろうな。
僕が動くと、キリキリと音がする。それに、皮膚は生ある者のモノではない。これも魔物には、得体の知れない奇怪なバケモノに見えるだろう。
「熱線? レーザー光なのか」
「まさか、機械竜か」
海賊達にも、今の一撃は見えたらしい。
「召喚したのか。だが、魔力が持たないはずだ!」
「やれ!」
ラムルベアを従属化した主人が、無慈悲な命令をしている。コイツらに死ねと言っているのか。
僕は、襲いかかってくるラムルベアに、ブレスを吐いた。熱線が的確に、魔物を撃ち抜く。
だけど、こんな……。
『ヴァン、こいつらを解放してやれよ。従属化されたら、術返しをしない限り、主人が死ぬまでずっと、道具にされるぜ』
お気楽うさぎブラビィが、静かにそう言った。
確かに、そうだ。従属化した魔物は、主人を守って死ぬと、早めに転生できる。
別の何かに生まれ変わることができるなら、今、ここで殺すことが、逆にこいつらを救うことになるか。
僕は、高く跳躍した。
そして、残ったラムルベアすべてをターゲティングし、ブレスを吐いた。
シュッ!
魔物達は、次々と倒れ、静かに燃えていく。
僕は、変化を解除し、手早く木いちごのエリクサーを口に放り込んだ。
あれ? そんなに回復しないな。あまり、魔力を消費しなかったのか。
そして、そのまま、僕は、海賊達の方へと歩いていく。
僕が近寄ると、威勢の良かった奴らが、ジリジリと後退していく。
「クッ、お、おまえ、バケモノだろ」
否定したかったけど、デュラハンが何も答えずに、ただ笑っていろと言ってくる。
僕は、ニヤッと口角を上げた。
「と、止まれ! お、おまえ、何者だ!」
僕は、無視して進む。
ノリノリなデュラハンは、加護をマックスにしているらしい。周囲にデュラハンのまがまがしいオーラが広がる。
「ヒッ……」
見える範囲にいる海賊達の全員の表情から、殺意が消えた。恐怖で体が震えている者もいる。死を予期したらしき者もいる。
もう、抵抗する気力のある者はいない。デュラハンのまがまがしいオーラに当てられたらしい。
『ヴァン、いまだ! ビビらそうぜ』
『サポートは、バッチリだぜ』
えー、あまり変なサポートはしないでよ。
『余裕だ、任せろ』
『早くしろ、タイミングがズレると効果が薄れる』
僕は、二人に急かされて、口を開く。
『僕は、ゲナードを討伐した報酬として、この町に領地を得た。この町を潰そうとする者は、許さない』
ノリノリのブラビィが、僕の声を念話として広く届けた。もちろん、ノリノリなデュラハンも、そこに畏怖の何かを付与したらしい。
海賊達は、震え上がった。デュラハンの加護がなくても、はっきりとわかるほどの怯えっぷりだ。
『立ち去れ。武装した軍隊は、立ち入らせない。町の施設を利用したいなら、武装を解除して来ることだ。町には、僕の従属が常に見張りをしている。妙なことをする愚か者は、直ちに排除する』
「ヒッ……」
『立ち去れ!!』
僕は、手を奴らに向けた。手には、デュラハンのまがまがしいオーラが集まり、グルグルと渦を巻き始めた。
「に、逃げろ! 撤退!」
「バケモノだ! ゲナードを狩るバケモノだ!」
海賊達は、もと来た道を引き返した。あちこちで転移の光が見える。転移魔法を使える人は転移で逃げたのか。
足を使って逃げる人達は、半狂乱だ。
あー、デュラハンのまがまがしいオーラを連れて行ってる。変な呪いをかけたんじゃないだろうな?
『あははは、上手くいったぜ』
『ビビってるぜ。ちびってるぜ』
二人ともありがとう。デュラハンさん、もう加護を弱めてくれていいよ。
『まだだ。今、弱めると、幻想だったと思うかもしれねーぞ。おまえも、まだ、ここから動くなよ?』
えー、まじ?




