314、自由の町デネブ 〜海から王都へ?
高い木の枝から見ていると、海の方から自由の町デネブへと、続々と人が歩いて来ることに気づいた。
だが、様子がおかしい。この町に移住しようとする人が、なぜ武装しているんだ?
それに、こちらに向かってくるのは、大勢の人だけではない。魔物を従えているのか。
『我が王! た、大変でございますです〜』
僕がスキル『道化師』の変化を使って、鳥に姿を変えていても、泥ネズミ達にはわかるんだな。高い木を駆け上がってくる。
「どうしたの?」
『海の上をバシャバシャする暴れん坊なグイグイすぎるパラッパーでおたんこなすなへんちくりんの……ブフォッ』
あらら、リーダーくん、またお腹を殴られてるよ。必死に状況を伝えようとしてくれるんだけど、興奮してると、いつも何が言いたいか、わからないんだよね。
賢そうな個体が、前に出てきた。ふふっ、いつものパターンだな。
『我が王! 海を荒らす海賊と呼ばれる者達が、この町を潰し、王都へ攻め込むようです』
「えっ? 海賊? ここを通り抜けるんじゃなくて、町を潰すの?」
『はい、これまでは、ここに深い森があり、その後は悪霊の荒れ地となっていたため、大勢が一度に通り抜けできなかったようです。新しい町が生まれたばかりの今を、好機だと考えたみたいです』
賢そうな個体は、ほんとにキチンと話してくれる。その横で、リーダーくんは身振り手振りの演技を披露している。
「そっか、王都へ攻め込む拠点にされかねないね」
『我が王! 我が主人は、この町が王都を守るための防御壁だと言っていました。そのために、我が王に領地を与えたのだと……』
賢そうな個体に従属を使っている神官家か。
『それは、我が王が守ってくれると思って、甘えん坊さんをしているのでございますですね! 我が王みたいに、しゅぴぴぴっとできないのでございますねっ』
リーダーくんが、賢そうな個体に怒っているらしい。珍しく、賢そうな個体がうなだれているよ。
「そっか、よくわかったよ。ありがとう。この町を潰させるわけにはいかない」
『我が王! 我々にご指示を』
賢そうな個体は、キリッとした顔で、鳥の姿の僕を見上げている。リーダーくんも、シャキッとしているね。
「みんなは精霊の森を守ってくれる? 精霊シルフィ様は、戦乱を過剰に恐れると思う。だから、側にいてあげて。この町に移住してきた人が、精霊の森に逃げ込むかもしれないし」
『我が王がいるから、大丈夫だよぉおって、言い聞かせるのでございますね!』
『精霊や妖精が、我が王の邪魔をせぬよう、見張っておきます。奴らは、緊急時だと余計に、住人が森に立ち入ることを妨害しそうですから』
リーダーくんと賢そうな個体のキャラは、真逆だよな。でも、僕の言葉を正確に理解している。
「うん、お願いね」
『御意!』
泥ネズミ達は、高い木の上から、ぴょんと地面に飛び降りた。すごい身体能力だな。
そして、精霊の森の方へと走っていく姿が見える。人とぶつからないように、巧みに避けている。
僕は、海の方へと目を向けた。
海賊か。しかも、連れている魔物は、海に棲むラムルベアみたいだな。
ラムルベアという魔物は、海竜も子供なら喰われてしまうことがある凶暴な獣だ。よく、冒険者ギルドに討伐依頼が出ている。
白き海竜のマリンさんは、子供を食われたことがあるから、冒険者ギルドのラムルベア討伐には、積極的に参加すると聞いたことがある。
彼女の娘のミラさんも、ラムルベアには強い恨みがあるみたいだ。海に棲む魔物と、海を守る海竜とでは、いろいろと衝突があるらしい。
ミラさんは、亡き先代の王の子だから、王女様でもある。人間と海竜は、あまりにも寿命が違うらしいけど、王宮の人達は、ミラさんのことを今でも王女と呼んでいるんだよな。
「大変だ! 武装した海賊だ。貴族の屋敷を狙って来たか」
「この町を奪う気じゃないのか? 王都に近い領地を欲しがっているそうじゃないか」
「どうする? ヴァンさんを捜すか。しかし、間に合わない。王都に兵の派遣依頼を!」
「それこそ間に合わないぞ。もう、攻撃魔法が届く距離に入るぞ」
高い木の下では、高そうな服に身を包んだ人達が、慌てている。
池の近くに仮拠点を作った王宮の人達も、連絡を受けて出てきたみたいだ。
ブワンと、何かのバリアが張られたような音がした。王宮の魔導士達か。
「さっき、ルファス家の若い兄さんを見かけたぞ。ドルチェ家の次期当主を、揺るぎない地位に押し上げた兄さんだ」
「ルファス家といえば、黒魔導士か。その彼を捜す方が早いな」
へぇ、マルクって、有名人なんだ。
彼は、フリージアさんのおかげで家の名を名乗れるようになったと聞いていた。でも、マルクのおかげでフリージアさんが次期当主に確定したという噂もあるんだな。
親友として、僕は自分のことのように嬉しくなる。
あっ……マルクを神官様の教会に置いてきてしまった。はぁ、怒っているかなぁ。
まずい、今はそんなことを考えている場合じゃないんだ。神官様が新たに独立した教会を、潰されてたまるか。
僕は、木の枝から飛び立った。そして、この町の海側の出入り口の少し先に降り、変化を解除した。
「あっ、ヴァンさん!」
門の側にいた王宮の魔導士が、僕に気づいた。転移したのか、僕より到着が早かったみたいだ。
「大丈夫ですよ。町は潰させません。町の防御バリアをお願いします」
「海賊なら、魔導士が有利です。加勢します」
王宮の魔導士は、鼻息が荒い。
「奴らは、かなりの数がいます。ここを拠点にして、王都に攻め込む気のようです。それに、ラムルベアが、20体ほどいます」
「ラムルベアが20体!? 毛皮が厚く魔法があまり効かないのに……」
王宮の魔導士は、一気に青ざめている。だよな、1体を討伐するだけでも、討伐隊が組まれるほどだ。
「大丈夫ですよ。町に被害が及ばないようにお願いします」
僕がやわらかな笑顔を向けると、彼はコクリと頷いた。そして、念話を始めたようだ。僕にも、部分的に聞こえてくる。あちこちに状況を説明しているらしい。
奴らは、目に見える距離に近づいてきた。僕は、海賊達の方へと歩いていく。
いきなり、僕を攻撃してくることは考えにくい。僕は、ただの通行人に見えるだろう。
「なんだ? ガキ。道の真ん中を」
「こんにちは。なぜか、武装した人達がいると思いまして。この先は、新しくできた町です。魔物を連れて通ることは、できませんよ?」
シュッ!
急に斬りかかってきた男を、僕は、横に飛んで回避した。別に加護を強めているわけではないが、デュラハンが、奴らの思考を覗いて、僕に教えてくれる。
「はん、冒険者か? どいてろ、死にたくなければな」
「くっそ弱いガキじゃねぇか。何を止まってんだ」
後方から怒鳴り声が聞こえる。
「ガキ、どこに魔物なんているんだよ。寝ぼけてんじゃねぇぞ」
「魔物を連れているだ? どこに魔物がいるって言うんだ」
なるほど、見せない系の技能を使っているようだ。確かに、この位置からは、ただ大量の人の……移民に見えるな。
「さっき、見てたんですよ。ラムルベアが20体ほど、この軍隊の真ん中よりやや後方にいましたね」
「は? 何を寝ぼけてやがる。邪魔だ、退け!」
僕は、スッと後ろに飛んだ。僕が避けた場所を、ムチのような武器が空を切った。
「チッ、すばしっこいガキだな」
「町の入り口に魔導士もいるじゃねぇか。護衛兵が魔導士とは、珍しいねぇ」
僕が、チラッと背後を見た瞬間、斧のようなものを振る男二人から、同時に攻撃された。
ガチッ!
キン!
デュラハンは、一瞬だけ加護を強めた。そして、それをすぐに弱める。すると、ニヤニヤしていた彼らは、一気に表情を引き締めた。
さっき、教会近くで上手くいったからって、デュラハンは楽しくなっているらしい。今の攻撃を防いだのは、お気楽うさぎのブラビィみたいだな。
二人は楽しそうに、ごちゃごちゃと相談しているんだよな。ほんと、緊張感がない。
デュラハンの思惑通り、一瞬だけの加護は、そのまがまがしいオーラを、僕の殺意だと勘違いさせるらしい。
「ガキ! おまえ、暗殺者か」
「ふん、まさか、ひとりで、オレ達の侵攻を止める気か」
「王宮からの刺客か?」
「無駄だぜ。ゲナードが消えた今、俺達に怖いものはない」
ゲナードが消えたから、王都を狙うというのか。
『ヴァン、あの堕ちた神獣も役に立っていたらしーな』
『絶対的な力を見せてやらねーと、バカは理解できねぇぞ』
二人は、楽しそうなんだよね。




