312、自由の町デネブ 〜たくさんのピオン
「なぜ、こんなにたくさんのピオンが……」
「裏ギルドの登録名は、適当だからな。複数の名前を持つ人も多いから、誰でもピオンを名乗れる。フランさんは、裏の事情を知らないんだよ」
マルクは、苦笑いを浮かべながら、この状況を説明してくれた。野次馬も集まってきているから、この中の何人がピオンかはわからない。
「どうなるんだろう?」
「フランさんは、ギルドへの依頼を取り下げたから、そのうち収まるとは思うけど……」
なんだか、マルクはそこで口を閉ざした。
「マルク、何?」
「あー、うん。フランさんが、騒ぎを収める力がないように映るかもしれない。彼女に伴侶がいないから、こうなってるんだよな。白魔導士だしさ……」
「なめられているってこと?」
そう尋ねても、マルクは答えない。肯定ということか。
「まぁ、王都じゃないから、そんなに気にしなくてもいいんだけどね。新たに独立した家は、協力者がいないと辛いんだ。クリスティさんが来ると鎮まるけど、居ないと、こんな騒ぎになるんだな」
「そっか……」
ドォォン!
また、爆破するような音が聞こえた。これは、集まったピオン同士が争っているのか。
「お引き取りください!」
神官様が叫んでも、彼らは聞かない。彼らとしては、引けない意地があるんだ。
「まだ、この町には兵がいないから、こうなるんだよな。って……えっ? ヴァン?」
僕は、魔道具メガネをかけた。
マルクは、僕をジッと凝視している。信じられないものを見ているかのように、だんだん目を見開いていく。そうか、少しずつ、姿が変わって見えるのかもしれない。
「うん、この姿が、王都ではピオンだよ」
「何をする気? ってか、服までジワリと変わるんだな。認識阻害が半端ない。周りの人も、変化に気づいてないよ」
「クリスティさんの力作だからね。認識阻害メインになってる。だけど、従属には僕だとわかるみたいだけど」
ふわりと微笑んでみた。魔道具メガネは、僕の不安もすべて隠してくれるだろう。
「マルク、ちょっと行ってくるよ」
「あ、あぁ、俺も行く」
僕は、人混みをかき分けるように、進んでいった。野次馬がすごいな。うーん、仕方ない。
「ちょっと、通してくれる?」
僕は、ノリノリのデュラハンに、加護を一瞬だけ強めてもらった。
瞬時に僕の姿は変わったかもしれないが、野次馬たちは、僕の放ったまがまがしいオーラに驚き、変化には気づいていないようだ。
上手くいったと、デュラハンは、子供のように喜んでいるんだよな。悪戯好きなのだろうか。
「ひっ……」
近くにいた人が、顔をひきつらせている。もう、デュラハンのオーラはまとっていないんだけどな。
一瞬だけ放ったオーラは、鋭い殺気だと誤解されたらしい。暗殺者だと思われたのか、魔道具メガネが映す色は、野次馬たちを恐怖の色に染めている。
自然と、道が開かれた。
僕は、やわらかな笑みを浮かべながら、真っ直ぐに進んでいく。マルクは、ポカンとした顔をしていたが、小走りで追いついてきた。
ピオンを名乗る一人が、僕達に気づいた。
僕の後ろを歩くマルクを見て、少し動揺したようだ。やはり、裏の仕事をする人達には、マルクは有名なんだよな。きっと、マルクの暗殺依頼も出ているんだろう。
また誰かが、爆破系の何かを投げた。
だけど、音は鳴らない。マルクが凍らせたみたいだ。
「な、何だ? おまえら」
魔道具メガネは、彼らを敵意の色に染めている。
「それは、こっちのセリフですよ。新しい町で、何を騒いでいるんですか。この町に、裏ギルドはありませんよ」
僕がそう言うと、彼らは、ますます逆上したようだ。
「おまえ、裏では見ない顔だな」
「でしょうね。素顔をさらす気はありませんから。ケンカをするのなら、他でやってください。デネブ街道沿いに、広い湿原がありますよ」
キン!
何かを弾く音がした。僕には、バリアが張ってあるみたいだ。すぐ近くに、黒い天兎のブラビィもいるようだ。僕の素性がバレないように、異界にいるみたいだけど。
僕の頭の中には、ブラビィとデュラハンの悪だくみが聞こえてくる。元闇属性の偽神獣と闇属性の精霊は、感覚が似ているのかもしれない。
僕は、攻撃してきたらしき男をチラッと見て、ふわりと微笑んだ。二人が、チラ見からのニヤリだとうるさいんだ。
すると、僕に向けていた敵意の色が変わった。この色は何だろう? まぁ、好意的なものでないことは確かだ。魔道具メガネの色の説明を、もっとキチンと聞いておくべきだったか。
そのまま真っ直ぐに、騒ぎの中心へと、僕は歩いていった。
僕に向けられていた敵意が、警戒色に変わっていく。サーチが効かないと気づき始めたみたいだ。
デュラハンが言うには、裏の仕事をしている多くは、サーチ能力に長けているらしい。だから、サーチできないだけで、自分よりも強いのではないかと、警戒するそうだ。
クリスティさんの魔道具メガネは、本当にすごいんだよな。あの堕ちた神獣ゲナードでさえ、僕だと見破ることができなかったんだから。
神官様が、僕に気づいた。
「あっ、ピオンさん……」
彼女の呟きに、大勢のピオンは驚いたらしい。魔道具メガネが映す色が、一気に変わった。これ、便利だな。
僕は足を止め、大勢のピオンをさーっと見回した。僕が視線を向けると、反応は様々だ。敵視する視線は少ない。当然、好意的な視線は皆無だけど。
「フランさん、僕をお捜しだと、暗殺貴族レーモンド家の当主から聞きましたが……」
「え、ええ」
「先客が多いようですが、彼らも集められたのですか」
「い、いえ、違うわ。ちょっと、裏ギルドへの依頼に誤解があったみたいなんです」
「そうでしたか。それなら、集まっている方々には、他の場所でケンカの続きをしてもらいましょうか」
僕が視線を向けると、集まっていたピオン達は、数歩だけ後退した。うーむ、帰る気がないのかもしれない。
「ピオン、俺が強制転移しようか? デネブ街道沿いの湿原でいいの? あー、でも、あの辺って、ゲナードが影の世界から見ているらしいけど」
マルクは、僕の知らないことを言っている。
「いいんじゃないですか。奴はもう、弱い悪霊くらいしか、この世界には放てないでしょう。彼らは、裏の仕事をしている。大抵は、闇の妖精や精霊の加護を持っていますよ」
すると、マルクは、ニヤッと笑った。
「じゃあ、強制転移の準備をするよ」
マルクが、手に魔力を集め始めると、この場にいたピオンを名乗る人達が次々と消えていく。
転移の魔道具を持っているのか。魔道具のない人達は、足を使って逃げたらしい。逃亡系の技能持ちが多いみたいだ。
野次馬たちも、巻き添えにならないようにと、逃げていく。マルクってば、怖いなぁ。
「マルクさん、あの……」
神官様は、僕とマルクを見比べるように見ている。戸惑っているみたいだ。
マルクは、ふふっと笑って、手に集めた魔力を消した。
「強制転移には魔法陣を使うことを、彼らは知らないみたいですね」
「マルクさん、私も、よく知らないわ。あ、あの……」
「とりあえず、フランさんの教会を見学させてください。俺、この町に出店するので、いろいろと見て回っているんです」
「そ、そう。どうぞ」
神官様は、僕とマルクを、やはり見比べるように見ている。僕がヴァンだとは気づいていないらしい。
僕達の関係が気になるのだろうか。
神官様の教会は、まだ、外観しか出来上がっていないようだ。ずっと、騒ぎに巻き込まれていたからかな。
ガランとした広い吹き抜けの奥には、小さな屋敷が見える。
「まだ、建物しか出来ていないんですよ」
「あの屋敷が、フランさんの?」
マルクは、屋敷に案内してほしいのかな。
「ええ。今はまだ、使える状態にはなっていないんです。クリスティさんに紹介してもらって、いろいろと動くつもりなんですけど」
やはり、神官様は、マルクと話しながらも、僕を……ピオンをチラチラと見るんだよな。
神官様は、ピオンが好きなのだろうか。だけど、ピオンは、実在しない架空の人物だ。
ピオンに対する嫉妬心にイラつきながらも、僕は、考えを巡らせた。うん、やはり、それが最善だ。
僕は、どうせ嫌われている。それなのに、ピオンが好かれているのは、はっきり言って面白くない。
神官様が大切なことを言い出す前に、ピオンはダメだと諦めてもらう方がいいよな。
僕がピオンとして、彼女に嫌われるように立ち回ればいいんだ。
「フランさん、お話があります」
僕は、神官様を真っ直ぐに見つめた。




