311、自由の町デネブ 〜ドルチェ家の出店
僕はマルクと一緒に、部屋の転移魔法陣から、新しい町、自由の町デネブに移動した。
マルクから借りている部屋の転移魔法陣は、部屋から出るだけの一方通行しか使えないけど、転移場所の詳細な指定ができる。
これは、マルクが自ら描いて作ってくれたものだ。マルクって、優秀な魔導士なんだよな。
最近では、魔導系貴族のルファス家の後継争いにも、マルクの名前が出ているらしい。あんなに虐げられた子供時代を過ごしていたのに、貴族の家って、なんだかなぁと思う。
マルクの20歳年上の奥さんフリージアさんは、ドルチェ家の後継争いの筆頭らしい。二人とも、家を継ぐことになったら、どうなるんだろう?
まぁ、僕には関係ない話だけど……ちょっと気になる。
「マルク、ここが町の入り口だよ」
初めて来たマルクを案内するつもりで、町の入り口を選んで転移してきた。
「へぇ、カベルネ村との境界線が、少し変わったんだな」
マルクは、魔道具を手にして、何か操作をしている。
「あれ? 初めて来たんじゃないの?」
「初めて来たよ。でも、これがあるから、だいたいわかる」
マルクは、手に持つ魔道具を僕に見せた。スキル『迷い人』のマッピングよりも圧倒的に細かな地図だ。しかも、風景の映像も浮かび上がる。
「す、すごい魔道具だね」
「だろ? これ、楽しいんだ。行ったことのない場所でも、そこに居るような気になれる。だけど、その場所に行かないと、ここまでの映像は手に入らないから、地図を完成させるためには、あちこちに行かなきゃいけないんだ」
マルクは、なんだか珍しいおもちゃを得た子供みたいに、ワクワクと目を輝かせてるんだよな。
「へぇ、すごい。僕に意見を聞きたいって言ってたのは、この魔道具のこと?」
「あはは、それは違うよ。意見を聞きたいのは、こっちだよ」
マルクは魔道具を操作して、町の中心あたりの建物の映像を映し出した。あれ? ここが町の中心?
「マルク、なんか、この地図だと町が広くない? 池の先はただの……あれ?」
僕は、スキル『迷い人』のマッピングを使った。昨日よりも、町が奥に広がっている。
「池までしか、王宮の魔導士や建築士は作ってなかったんだよね? その先は、海の方へ抜ける道があるんだけど、王都の商人貴族が整えたみたいだよ」
「そうなんだ。僕の記憶の倍以上になってるよ」
「ここは、深い森があったから、ずっと通れなかったらしい。だけど、王都の神獣討伐戦で、焼けたからさ。これを機に、一気に町づくりを進めたみたいだよ」
精霊シルフィ様が弱っている隙をついたのか。でも、神獣討伐戦で、精霊の森も焼けてしまったから、ある意味、これでいいのかもしれない。
町の一部にある精霊の森は、きっと、しっかり守られることになるだろう。
「じゃあ、ヴァン、先に冒険者ギルドに行く? この池の近くにギルドの建物が、建てられたみたいだよ」
「うん、あ、でも、畑の話になるよ?」
「それも俺は聞いておきたいんだ。フリージアさんの新店に関わることだからね」
さっき、マルクが見せたのは、池よりも少し奥にある建物だった。大通り沿いではなく、貴族の別邸が並ぶ道沿いの大きな建物だ。
「そっか。貴族の別邸の近くに出すなら、高級店なのかな」
「何の店かは、まだ決まっていないんだ。だから、そのための市場調査だよ。ドルチェ家としては、他にも店はあるんだけどね」
マルクは、何かを言おうとして、ためらったみたいだ。あっ、ドルチェ家には、フリージアさん以外の人があるから、別の人の店かな。
「フリージアさん以外の人の店?」
「うん、まぁね。それもあるよ」
「ドルチェ家の店がたくさんあるの?」
「そうみたいだね。フリージアさんに関係のない店は、知らないけど……」
マルクの話が見えない。僕が首を傾げていると、覚悟を決めたように、マルクは口を開いた。
「フリージアさんの他の伴侶の店だよ。俺は出す気がなかったんだけど、フリージアさんの伴侶は全員、この町に出店することになってさ」
「あー、なるほど……。マルク、大変じゃないか」
「うん、まぁ、俺の場合は、出遅れたし、そもそも商人じゃないから構わないんだけどね。フリージアさんは、ヴァンの薬を扱う店にしようかと言ってたけど、それだと、ねたまれるんだよな」
貴族って、大変だな。
「それで、僕に意見をって言ってたんだ」
「あはは、うん、ヴァン、助けてよ〜」
マルクに頼られるのは、素直に嬉しい。僕は、今まで、マルクに助けられてばかりだったもんな。
「じゃあ、他の店を偵察しなきゃね〜」
僕がそう言うと、マルクは嬉しそうな顔をしている。なんだか、マルクは、表情が豊かになったよな。他人に甘えることを覚えたのかもしれない。
大通りをマルクと一緒に歩いていくと、やはり、チラチラと視線を感じる。僕は、一般の人には顔バレしていない。だから、見られているのはマルクだ。
「ヴァンと一緒に歩くと、注目されるよな」
「いや、マルクが見られてるんだってば。僕は、顔バレしてないからね」
「ええっ? あー、この服が目立つのか。魔導系の貴族ですって感じだからな」
マルクは、商人貴族の人達と接するから、わざとこんな服で来たんだと感じた。なめられてはいけないんだろうけど、商売のことはわからない。だから、だよな。
貴族って、大変だね。
「あっ、ここって……」
マルクが、通り過ぎた左側を振り向くように、立ち止まった。そこには、町の案内看板が出ている。町に逃げて来た人への案内看板だ。
看板から左側へ行く道は、町の入り口近くへ戻るように続いている。その道の突き当たりには、教会があるんだ。
「大通りの右側に、簡易宿泊所が並んでいるのに、左側に誘導しているみたいだね」
「いろいろな人が逃げてくるから、住人の安全のためだね。町の入り口近くには、クリスティさんの別邸もあるみたいだからさ」
案内看板にも、暗殺貴族レーモンド家の別邸が記されている。神官様の教会のすぐ近くだ。
「ヴァン、ちょっと、この店を見てもいい?」
マルクは、教会への道の途中にある場所を指差した。ドルチェ家のマークが入っている。
「フリージアさんに関係のある店?」
「いや、違う。ドルチェ家の当主の店だよ。当主じゃないと、このマークは使えない。フリージアさんの店なら、これになる」
マルクが、魔道具にいくつかのマークを表示してくれたけど、パッと見た感じでは、違いはわからない。
「ふぅん、行ってみよう」
僕達は、大通りを外れ、少し高台への道を進んでいった。大通りも人が多かったけど、この道は、さらに人が多い気がする。
「やはり、当主は、いい場所をおさえたよな」
マルクは、ポツリと呟いた。なんだか商人の顔にも見えるから不思議だ。
通り沿いには、たくさんのごはん屋が並んでいる。出ている看板は、二つのタイプに分かれる。値段の安さを競うかのような物と、どこかの有名店の支店だという物か。
ドルチェ家の当主の店は、食品店のようだった。大きな店だな。たくさんの客が入っている。
「食品店なんだね。生活必需品だよ」
僕がそう言っても、マルクの返事はない。何かを見つけたのか、マルクは動揺しているようだ。
「ヴァン、もういいよ。戻ろう」
なんだか、マルクが焦っている。会いたくない人がいたのか。
ドォォン!
何かが爆破されたような音が響いてきた。教会の方じゃないのか?
「マルク、ちょっと待ってて」
「あー、ヴァン、もう、仕方ないな」
僕が駆け出すと、マルクもついて来た。
「マルク、会いたくない人がいるんだろ?」
「いや、違うよ。会わせたくない感じだったんだけど……もう、いいや」
意味がわからない。
ドォォン!
また、爆破音が聞こえる。大きなものではない。
「俺がピオンだって言ってるだろ!」
「ちょっと待て。俺が捜してきた男が、暗殺者ピオンだ」
「偽物は死ねや! オレがピオンだ」
何? ピオンが集まっている?
僕が足を止めると、マルクは苦笑いだ。この状況がわかったから、戻ろうとしたのか。
「いい加減にしなさい! 勝手に情報がねじ曲げられています。私は、暗殺者を雇う気はありません!」
神官様が叫ぶ声が聞こえる。
僕の心は、ズキンと痛んだ。だけど……そうか。これは、神官様が、ピオンに教会に来るようにと裏ギルドに依頼したからか。
「マルク、これって……」
「フランさんが、ギルドに依頼を出したんだよ。彼女の命を救ってくれたピオンに礼がしたいって。昨日から、大勢が押しかけているみたいだ」




