309、商業の街スピカ 〜情報屋の追記
「ちょ、ヴァン……」
マルクが慌てている。僕は、自分が情けない。せっかく、マルクの家族のお祝いパーティーに招いてもらったのに。
「あはは、ごめん。婚約解消は、だいぶ前のことなんだ。だけど、今日、ちょっとまた変なことを神官様に言ってしまったから……」
「フランさんは、いつも、ヴァンのことを楽しそうに話していたよ。そんなことになってるなんて、俺、全然知らなかった」
マルクがドンヨリしている。あぁ、もう、僕は何を言ってるんだよ。せっかく、マルクが父親になって、フリージアさんが戻ってきたお祝いのパーティーの場で……。
「マルク、ごめん。せっかくの楽しい雰囲気を壊してしまって……。僕は、これで失礼するよ。ごはん、すっごく美味しかった。それから、おめでとう。また、近いうちに何かお祝いを持ってくるよ」
僕は、明るい声でそう言った。だけど、あまり上手く笑えていないみたいだ。
マルクは、軽く頷いて立ち上がった。僕を送ってくれるつもりみたいだ。
「ヴァンさん、ちょっと、待ってくださる?」
フリージアさんに呼び止められた。僕は、ポーカーフェイスの技能を使うか迷ったけど、そのまま振り返った。
「はい、フリージアさん、また、改めてお祝いに参ります」
「いえ、そうじゃないの。先客は帰らせるから、気にしないで」
「えっ? あの……」
フリージアさんは、また商売人のような隙のない表情に戻っている。オンオフの切り替えが早い人だな。
「貴方は、マルクの恩人ですもの。そんな状況の貴方を放ってはおけないわ。やはり、あの記事は、ヴァンさんとフランさんのことだったのね」
フリージアさんがそう言うと、ホームパーティーに来ていた従業員さん達が、騒ついた。
ジョブ『情報屋』のタガーさんの記事か。ピオンが失恋したから、近寄ると危険だという記事だ。
「さっき、これがヴァンのことじゃないかと、テトが言っていたんだ。俺はまさかと思って、別のピオンじゃないかと言ってたんだけどさ。カラサギ亭に行ってたって聞いてから、嫌な予感はしてたけど」
マルクは、申し訳なさそうな顔をしている。もうすっかり、酔いが覚めたみたいだ。
「あぁ、あれは、絡んできた若い男が、死んだと見せかけるために情報屋が書いたんだよ」
「あー、魔道具がどうのという記事?」
うん? 他にも書かれていたのか。
黒服のテトさんが、僕に情報の魔道具を差し出した。新たな記事が、追加で書かれている。
〜{話題の暗殺者ピオンが失恋。近寄るな危険]〜
某飲み屋での一件だ。
まがまがしいオーラを放ち、カウンターでエールを浴びる男。どうやら、失恋したらしい。なんでも思う通りに生きてきた男も、女を口説く技能は持ち合わせていないらしい。
そんな男に絡んでいくバカな若い男。当然、相手になどされない。それにイラついたのか、若い男はピオンを挑発。攻撃系の魔道具を使ったようだ。しかし、ピオンが常時作動させているバリアに弾かれ、若い男は炎に包まれた。
ピオンに挑んで殺されるなら、まだわかる。だが、この若い男は、あまりにも情けない自滅だ。さすが暗殺者ピオンというべきか。筆者も、今のピオンには近寄りたくない。
【追記】
俺はこれまでも、ピオンを追ってきた。さっき、そのピオンと話をすることができた。彼と話せたことは、素直に嬉しかった。だが俺は、その男の闇の深さに、驚かされたのである。
裏の人間なら誰もが嫉妬し憧れる暗殺者ピオンは、想像以上に孤独な男だった。だからこそ、多くの魔獣が彼に惹きつけられるのかもしれない。
だが、彼自身は、誰もが持つ平凡を望んでいるようだ。本当に欲しいモノを手に入れることは、孤独な男には難しいだろう。
「なんか、追記が意味不明ですね。これは見てなかった」
僕は、どう反応すれば良いのかわからない。闇の深さって、何? 僕が暗いってこと? 情報屋は、嘘は書けないけど、書かないことで読み手を誘導できる。
「これを書いているのは、タガーという暗殺者です。彼は、ジョブ『情報屋』だから、たまにポツポツと記事を書くんです」
テトさんが、僕にそう説明してくれた。うん、わかっている。カラサギ亭で会ったばかりだ。
「はい、裏の仕事がメインだと聞きました」
そう答えることで、僕が、ここに書かれているピオンだと認めることになる。だけど、テトさんは、もうわかっているんだろう。
そういえば、タガーさんから、ピオンであることを隠すのは無駄だと言われたっけ。裏の仕事をしている人には、バレるみたいだ。デュラハンの加護で、知られてしまうみたいだな。
「タガーが、追記を書くのは珍しいんです」
「えっと? そうなんですね」
テトさんは何かを言おうとしたけど、口を閉ざした。そして、マルクの方に視線を移した。
すると、フリージアさんが、口を開く。
「ヴァンさん、情報屋タガーの追記は、読み手への問題提起や要望が多いんですのよ」
「あはは、僕が暗いからダメってことですかね」
「いえ、違うわ。彼は、ピオンと近い者をとがめているみたいね。ピオンに頼るばかりで、手を貸さないことを怒っている」
「えっ? そんな文章には見えませんけど」
「タガーは、有能な情報屋なのよ。暗殺者ピオンの格を落とさないように配慮されているわ。だけど、タガー自身が驚いたと書くということは、怒っているのよ」
「闇が深いことに怒っている?」
「闇の深さという表現は、孤独と繋がっているわ。ピオンが、深く傷ついている状態なのに、それに気づかない周りの者への怒りね」
「えっ……」
「ヴァンさんは、情報屋タガーに気に入られているみたいだわ」
フリージアさんは、僕を安心させるような不思議な笑みを浮かべた。彼女が、ドルチェ家を継ぐ器だと言われているのは、こういう所か。
決して目ヂカラが強いわけではないが、すべてを達観したような、不思議な眼差しだ。
「ピオンのネタは、金になるのかもしれませんね。新しい町にも顔を出すと言っていましたよ」
僕がそう言うと、フリージアさんは目を見開いた。何か、変なことを言ったっけ。
「あら、ごめんなさい。私、わかっているつもりだったのに、肝心な部分が繋がっていなかったわ。クリスティさんが言っていたのは、そういうことなのね」
意味がわからない。
そうか、フリージアさんも、クリスティさんと付き合いがあるんだよな。そもそも彼女と再会したのは、この場所だったし、当然か。
「クリスティさんのごめんなさいの意味?」
マルクがそう言うと、フリージアさんは頷いている。マルクは、頭をガシガシとかいている。何を聞いていたのだろう?
そういえば、いつの間にか、僕がピオンだということは、この家の人達に知られているんだよな。クリスティさんか。
なぜか、ピオンが凄腕の暗殺者だというイメージに仕立てられているのも、暗殺貴族であるクリスティさんの仕事だ。
「ヴァン、俺達、だいたいの話は聞いているんだ。クリスティさんは、ヴァン次第だと言っていた。どうする?」
マルクは、何をどうすると言っているんだ? ふと、まわりが気になった。
従業員のパーティーは、強制終了させられたみたいだ。料理は、まだそのままだけど、訪れていた人達の姿はもう無かった。
「ヴァンさん、従業員は部屋に戻りましたわ。ここには、テトが残っているだけよ」
「フリージアさん、せっかくのパーティーをすみません」
「とんでもないわ。テトが記事に気づかなかったら、ヴァンさんに酷いことをしてしまうところだったわ」
フリージアさんって、なんだか変わったよな。いや、もともと、こういう人だったのかもしれない。だから、マルクは、結婚したんだ。
「マルク、意味がわからない」
「あー、うん。フランさんは、ピオンを捜しているだろ? ヴァンがピオンだと名乗り出るか、ピオンとして婚約するか……」
その話まで、知ってるのか。やはり、クリスティさんと完全に繋がってるんだよね。
「クリスティさんは、ヴァンがフランさんを忘れるなら、伴侶に迎えたいみたいだよ。あの人、自分が殺せない人というのが必須条件らしいからさ」
「そんなことを、冗談で言っていたかもしれない」
「きっと、本気だよ。あの人は、そういう人なんだ。あまり固執するタイプじゃないけど、ヴァンのことは、かなり気に入ってる」
「でも、クリスティさんには幼馴染の彼がいるんじゃない?」
「あぁ、執事くんね。だけど、彼なら、簡単に死んじゃうだろう? クリスティさんは、不安なんだよ」




