表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

308/574

308、商業の街スピカ 〜マルクの変化

「はい?」


 返事をすると、屋敷側の扉の鍵がカチャッと開く音が聞こえた。マスターキーを持っているということは……。


「ヴァン、久しぶり〜!」


 妙にハイテンションなマルクだ。


「マルク、久しぶり。どうしたの? 今、薬屋の方から、この部屋に入って来たばかりだよ」


「鍵を使ったのがわかったからさ。部屋の前で、待ってたんだ。晩ごはん食べるだろ?」


 何か話があるみたいだな。


「カラサギ亭で、中途半端な時間に、ちょっと食べたけど……」


「飲み屋のつまみだけなら、すぐに腹が減るだろう。ウチに来てよ。ちょうど、帰ってきたんだ」


「うん? 帰ってきた?」


 僕が首を傾げると、マルクは悪戯っ子のように笑っている。変わらないな、そういうところ。


 急かされるように、僕は、屋敷側の扉から出て、長い廊下を歩いた。マルクがワクワクしているのが伝わってくる。




 マルクの屋敷の食事の間への扉が開くと、マルクのこの顔の理由がわかった。


 扉を開けてくれたのは、綺麗な大人っぽい女性だった。少しぽっちゃりしているけど、背が高く、ゆったりした服を着ているから、そう見えるのかもしれない。


「初めまして、薬屋の部屋を借りているヴァンといいます」


 僕がそう笑顔で挨拶すると、彼女はケラケラと笑い出した。何? なんか変なことを言ったっけ?


「ヴァンさん、ご無沙汰ね。初めましてじゃないわよ」


「ええっ!? 失礼しました。えーっと……」


 マルクも、ニヤニヤしているんだよな。でも、こんな女性は、知らない。



 オギャー、オギャー!


 奥の方から、赤ん坊の泣き声がする。赤ん坊? 誰の子? えーっと、ここは、マルクの屋敷で、奥さんのドルチェ家のフリージアさんが建ててくれて……。


「あらあら、坊やが起きちゃったわ」


 大人っぽい女性が、慌てて奥へと走って行った。あの人の赤ん坊かぁ。来客なのかな。



「ヴァンも、入って」


「あ、うん。でも、来客じゃないの?」


「へ? あー、あはは」


 マルクは、一瞬、ボーッとした後、ケラケラと笑い始めた。何かわからないけど、笑すぎて苦しそうなんだよな。



 さっきの女性が、赤ん坊を抱いて、僕達の方へと戻ってきた。まだ、生まれて半年も経っていない感じだ。だけど、すごく賢そうな、綺麗な顔立ちをしている。


「すごい賢そうな子ですね。大人になったらイケメンになりそうです」


「そう? そうかしら? ふふっ、うふふ」


 女性は、愛おしくてたまらないという顔で、赤ん坊にほおずりしている。


「ヴァン、ありがとう」


 うん? なぜ、マルクに礼を言われたんだ?


「マルク、何が?」


「あはは、まだ、わからない? だよね、もう一年くらい会ってないんだっけ?」


「えーっと、魔導学校で半年前くらいに会ってるよ?」


 マルクは、ケラケラが止まらない。何?


「あーははは、ヴァン、お腹いたい」


「へ? 何を言ってんの?」


「俺の子だよ。カインという名前を付けたんだ。フリージアさんは、長い名前ばかり言ってたんだけどね〜」


 はい? 俺の子? マルクの子? フリージアさん?


 一瞬、思考が停止してしまった。


「ええっ? マルクの子? それって、マルクが父親になったの!?」


「あぁ、そうだって言ってるじゃん」


「ふへぇ? そ、そっか、えーっと……ええ〜っ!?」


 僕が叫ぶと、マルクは、ケタケタと笑っている。すると、チビマルクまで、ケラケラと笑い出した。に、似てるかもしれない。


「カインも、ヴァンがびっくりしているのが面白いってさ」


「そ、そうなのか」


「初めて会った人の前で笑うなんて、今までにはなかったことだわ」


 女性は、驚いた顔をしている。


 だけど、僕の方が驚いているんだ。この人が、あのフリージアさんなのか? ファシルド家で会ったときとも、この屋敷で会ったときとも別人だ。


「あの、フリージアさん、なんですか?」


「ええ、そうですわ」


 ここは、叫んではいけない。とは思うんだけど……。


「なんだか、とんでもなく雰囲気が変わられましたよね」


「ふふっ、ヴァンさんのおかげでもあるのよ」


「はい?」


 僕は、何かをした記憶はない。


「ヴァン、ファシルド家の人に、ヒート毒のポーションを作って渡していただろう? あれを、マーガレット奥様から、かなりの量を譲り受けたみたいなんだよ」


「あぁ、それでこんなに……雰囲気が」


 言葉選びが難しい。体重は……半減だろうけど、今も、まだぽっちゃりさんだから、スリムになったというのもおかしいか。


「びっくりだろ? 産後太りを解消するためだったらしいけど、見た目も若くなってるし」


「カインに、綺麗なお母様だと思われたいじゃない?」


 そう言いつつ、フリージアさんのマルクを見る目は、以前と同じく、恋する乙女なんだよな。


「お役に立ったのなら、よかったです」


「ええ、保湿薬も、本当に素晴らしいわ」


 そう言えば、保湿薬は、最近作っていないな。もうそろそろ、ファシルド家から呼び出しがありそうだ。


「保湿薬の方は、材料さえあれば、作り方は簡単なので、薬師中級でも作れますよ。薬師が暇になったら、薬屋の混雑もマシになるでしょうから……」


「まぁ! 薬師学校の卒業生にも作り方を教えてしまうの? それは、ちょっと考えさせてちょうだい」


 フリージアさんは、商人の顔になった。そっか、喜ばれるかと思ったけど、珍しい薬は、レシピが知られることで、売れなくなるからか。


「そうですね。また、マーガレット奥様と相談してみてください」


 僕がそう言うと、フリージアさんはホッとしたらしく、表情が、さっきまでのものに戻っている。



「ヴァン、晩ごはんを食べるだろう? フリージアさんが、今日、戻ってきたから、パーティーをしているんだ」


「戻ってきた?」


「うん、田舎町の方で出産して、少しゆっくりしていたからさ。俺は、あちこちに、お使いに行かなきゃいけないから、大変だったよ」


「それで、最近、会わなかったんだね」


「あぁ、これで、しばらくは、のんびりできるよ」




 食事の間のテーブルには、たくさんの料理が並べられている。黒服の中に、テトさんの姿を見つけた。やはり、彼は黒服が似合う。マルクにずっと仕えている人だ。


 もう、パーティも、終盤だったみたいだな。料理がだいぶ減っている。従業員を招いたホームパーティーみたいだ。


「ヴァンが来てくれてよかったよ。ずーっと、フリージアさんが同じことばかり、喋っていたんだよ。聞かされるみんなが、飽きていたからさ」


「もう、マルクってば、ひどい言い方ね〜」


 へぇ、二人の関係は、対等な感じに変わっているんだ。以前は、20歳年上のフリージアさんが、なんだか母親みたいな感じだったけど。まぁ、マルクは誕生日が早いから、もう17歳だもんな。


 来客は、見たことのない人ばかりだ。ドルチェ家の従業員の人達なのだろう。マルクのルファス家からは、テトさんしか、マルクについて来なかったはずだ。


 たぶん、マルクは、居心地が悪かったんだろう。年齢的にも、みんなフリージアさんより上に見える。



「皆さん、お邪魔します。薬屋のオーナーのヴァンです」


 簡単に挨拶している間に、テトさんが、僕に給仕をしてくれた。やはり、黒服としては、僕よりも圧倒的にスムーズな動きをする。見習いたいな。


「ヴァン、挨拶なんていらないよ。食べて食べて」


 マルクは、僕の隣に座って、ケーキを食べ始めた。そっか、マルクがハイテンションなのは、少し酔っているのかな。


「すごい、美味しい」


「だろ? テトが作ったんだ」


「へぇ、すごい! 黒服として、僕も見習いたい」


「あはは、ヴァン、うちで黒服やる?」


「マルク、僕に務まるわけないだろう? ヤバイんだよ、最近、全然ジョブの仕事してないからさ。印が陥没した人を見て背筋が凍った」


「あはは、それは、ヤバイ。でも、ヴァンの場合は、大丈夫じゃない? ぶどうの妖精の世話をしてるじゃん」


「それならいいけどね。ちょっと、落ち着いたし、ハンターの神矢もしばらく降らないみたいだから、今がチャンスなんだよな」


 そう、ジョブ『ソムリエ』の仕事をやるなら、今しかない。


 また、ボックス山脈に行きたいもんな。だけど、マルクは、子供が生まれたから、誘えないか。



「落ち着いたってことは、そろそろ彼女と結婚するの?」


 マルクの何気ない言葉が、僕の頭に雷撃を落とした。


「婚約は、解消されちゃったんだよね」


「えっ? なぜ? フランさんでしょ」


 マルクは、神官様と親しかったっけ?


「うん……」


「ヴァンのことが好きみたいだったけど?」


「……うん」


 僕の頬を涙が一筋、ツーッと流れた。ヤバイ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ