307、商業の街スピカ 〜放置していた薬屋
「ヴァンさん、そろそろ新しい町に移動しようと思いますが、一緒に行かれませんか?」
自由の町デネブに、建てられる冒険者ギルドの仮所長をするボレロさんは、僕にそう微笑みかけた。
なんだか、強制的にでも連れて行きたそうに見える。ちょっと嫌な予感がする。遠慮しておこうか。
「いえ、僕は、スピカに出している店の様子を見に行きたいので、明日にします」
「そうですか。それなら、私の方でいろいろと進めさせておきます。畑についてのご要望があれば……」
「お任せしますよ。僕は、野菜農家のことは、全くわからないです」
「承知しました。では、明日、自由の町デネブでお待ちしています」
ボレロさんは、やはり残念そうだな。でも、今の僕は、あまり精神的に余裕はない。
応接室から出ると、やはり多くの視線が突き刺さる。新しいギルマスも一緒にいるからか。
僕は、ギルド前で、スキル『道化師』の変化を使って鳥に姿を変えた。そして、スピカに借りている部屋へと飛んでいった。
◇◇◇
マルクの屋敷の一部に借りている部屋の1階と2階では、薬屋をやっている。薬師学校を卒業した人達が、その場で調薬をするという薬屋だ。
僕が、噴水のある広場に降り立つと、閉店準備をしているようにみえた。もう、空はだいぶ暗くなっているからか。
変化を解除すると、近くにいた人がヒャッと叫んだ。あー、そうか、王都とは違って、スピカでは目立つか。いや、薄暗いせいかな。気をつけよう。
「兄さん、急いで変身道具を使って飛んできたんだろうけど、薬屋は、今日はもう終わりだよ」
噴水広場にいた人から、そんなことを言われた。僕が焦ったような顔をしているのか。
「あっ、はい、そうみたいですね……」
「暗くなり始めると、すぐに店を閉めてしまうんだ。薬屋は、夜、やっていて欲しいんだけどね」
なんだか、文句を言われているような気になる。
「薬屋は、若い人が店をやっているからじゃないですかね」
当たり障りのない返答しかできない。人気がある店かのかもしれないけど、夕方で閉めることには不満なのかな。
「あぁ、薬師学校の卒業生がやっているよ。だから、いろいろと診てもらえて、便利なんだ。ここのオーナーは、儲ける気がないのかねぇ?」
やはり、文句を言われているような気になる。
「オーナーは、地下の闇市で儲けているんじゃないですか」
「地下は、ドルチェ家と取引きがないと、入れないみたいだよ。だから、あまり客はいないんじゃないかねぇ」
そうなのかな。地下の店も、放ったらかしている。マルクが適当にやってくれているはずだけど。
「あの、薬屋に用事でしたか?」
僕がそう尋ねると、その女性は頷いて、フーッとため息をついた。
「街の薬師を頼むと、高いんだよ。それに、ここしばらくのあれこれで、薬師は大忙しだろう? 貧乏人は、自然に治るのを待てってことかねぇ」
「いや、必要なら薬屋に……」
「なんだか、軽い不調で忙しい手を煩わせるのは、悪くってねぇ。かわいそうじゃないか。安い傷薬なんかを作らせるのも……」
そんな話をしていると、噴水広場にいた人達が集まってきた。どうやら、この人達は、薬屋が空くのを待っていたみたいだ。
「たいした怪我じゃないと、なんだか悪くて頼めないよねぇ」
「あぁ、薬師学校の卒業生の子達も、一生懸命に頑張ってるのがわかるからな」
彼らは、ここで、薬師学校の卒業生達を見守っているみたいだな。暇になったら、相談に行こうと思っているらしい。
そうか、軽い怪我……。たぶん、ポーションよりも、もっと気軽な薬が欲しいということだよね。
「じゃあ、皆さんの薬を用意してもらいましょう」
「いや、でも、悪いじゃないかい?」
「ほら、もう閉店の時間が近いよ。今からだと、遅くなってしまう。あの子達の、この後の予定が狂ってしまうよ」
「大丈夫ですよ」
僕は、やわらかく微笑み、薬屋へと歩いていく。ついてくる人は、僕にやめておきなと説教をしてくるんだよな。
「あっ、すみません。今日の調薬は、終わりなんです」
僕達が、店に近寄っていくと、護衛の少年に阻まれた。見たことのない子だな。護衛は、リースリング村の貴族の屋敷に隠されていた子達に頼んでいる。
「広場で、待ってくださっていたお客さんがいるんですよ。なので、僕が勝手にご案内しました」
「えっ……無理です。薬草があまりないみたいで……」
へぇ、キチンと状況がわかっているんだな。僕の後ろからついて来た人達が、僕を諦めさせようとしているんだよな。
名乗りたくないけど、仕方ないか。
「僕は、この店のオーナーのヴァンです。通してもらってもいいかな?」
「えっ!! な、な……謎の少年!? じゃないや、噂の少年!」
いやいや、キミの方が少年でしょ。
「あはは、昔は、そう言われてたかも」
護衛の少年は、無言で僕を通してくれた。僕の後ろからついて来る人達は、いろんなことを言っている。聞こえないフリをしておこう。
「こんばんは、あの、急病なら、中央ギルド近くの薬師さんに……」
申し訳なさそうに女性が駆け寄ってきた。店長というワッペンをつけている。
「店長さん? こんばんは。急病じゃないです。ただ、噴水広場で待っていた人がたくさん居たから……」
「すみません。薬草畑が育ってなくて……」
店内の薬草畑は、キチンと整えていたはずなんだけど、かなり荒れた状態になっていた。普通に摘めば、どんどん生えてくるはずなのに……引っこ抜いているのか。
「あちゃ……ちょっと整えますね。薬草は、引っこ抜かないで摘んでください」
「えっ!? あの……」
「あ、申し遅れました。レミーさんに任せっぱなしの、オーナーのヴァンです」
僕が名乗ると、店長さんは、ガクガクと震えている。はぁ、嫌だな。僕には、いろいろな悪名が……。
僕は、農家の技能を使って、土を改良し、そして生育魔法をかけた。うん、これでいい。部屋の中の畑だから、最初にきっちり仕掛けをしておいたから、復活も早い。
僕は、ついて来ていた人達を、さっと、薬師の目を使って診てみた。あざがあったり、治りにくい怪我をしていたり……なるほど、確かに緊急性はないか。
「店長さん、薬師のスキルは、中級ですか?」
「は、はい! 中級です!」
「よかった。じゃあ、だいたいの調合はできますね。ちょっと、作ってもらいたい薬があるんです。試作しますね」
「は、はい!」
店長さんは、ガチガチに緊張している。他の薬師学校の卒業生も、閉店準備を止めて、近寄ってきた。
僕は、薬草から簡単な傷薬の軟膏を作った。僕が、スキル『薬師』の調合の技能を使うと、みんな食い入るように見ている。
みんなにわかりやすいように、ゆっくりと説明しながら何個か作ると、まるで実習かのように、みんな薬草を手に持ち、作り始める。
薬師学校の卒業生だけあって、見習うことには慣れているようだ。失敗した人も、二度目には成功させている。
「みんな、すごいね。僕が思っていたよりも、みんなの能力が高くて驚いたよ」
全員が作れるようになったのを確認して、僕は、大げさに驚いてみせた。卒業生達は、照れたように笑っている。
ほとんどが女性なんだな。だから、広場に見守り隊ができているのか。
「これを必要な人に、すぐに販売できるように、作り置きをお願いします。広場で待ってくれていた人に、試供品としてお渡ししてください」
「はい!」
彼女達は、出来たばかりの傷薬を、僕について来た人達に配っている。見守り隊の人達は、嬉しそうだね。
「もし、何か、必要な薬があれば、いま、作りますが?」
見守り隊の人達に、そう言ってみたけど、みんな遠慮しているのか、首を横に振っている。じゃあ、いっか。
「では、皆さん、お店の閉店準備の続きをお願いします。あー、少し遅くなってしまいましたね。残業代は、レミーさんに請求してください」
僕がそう言うと、彼女達は、ケラケラと笑っていた。
そして、そんな様子を満足げに眺めている見守り隊。うん、良い関係を築けているみたいだな。
僕は軽く挨拶をして、上の階へと上がっていった。
2階は、彼女達の休憩室になっているようだ。なんだか、お菓子の甘い匂いがする。
そして、さらに階段を上へと上がった。
カチャ
鍵が開くような音がした。そうだ、足の裏に鍵が仕込んであるんだっけ。僕は、3階の自室へと入っていった。
ふぅ、久しぶりだな。転移魔法陣つきの広い部屋だ。
コンコン!
ソファに座ろうとした瞬間、別の扉を叩く音が聞こえた。
日曜日はお休み。
次回は、9月27日(月)に更新予定です。
よろしくお願いします。




