305、商業の街スピカ 〜ジョブの印の陥没
「ジョブ『情報屋』は、真実しか書けない? ということは……」
やはり彼は、『情報屋』のタガーさんは、僕がピオンだとわかっているんだ。
若い男は、それを知らなかったみたいだな。だから、あんなにガタガタと震えているのか。死にたがって自殺まがいのことをしたのに、僕がピオンだとわかると、こんなに真っ青な顔で震えるのか。
「若い男が死んだとは書いてないだろ? 自滅した。だが、その後、助けられたことを書かなかっただけだ」
マスターの説明で、情報の魔道具に記載されていることは、すべて事実なのだとわかった。
だけど普通に読むと、若い男は死んだようにみえる。暗殺者という言葉を使うことで、そう誤認させるのか。
「上手く書けば、金になるが、裏の仕事の方が、効率よく稼げるからな。俺も、ジョブの印が陥没しかけたことがあるから、最近はマメに書いているぜ。主に暗殺者ピオンのネタをな」
タガーさんは、やはり裏の仕事がメインなんだ。見た目も、異常に細くて眼光が鋭い暗殺者という感じだもんな。
「ジョブの印が陥没すると、どうなるんですか?」
僕は、まだガタガタ震えている若い男をチラッと見て、『情報屋』のタガーさんに尋ねた。
「そいつみたいに完全にえぐれたように陥没しちまうと、ジョブ以外の技能は使えなくなる。つまり、簡単に殺されちまうということだ」
裏の仕事をしていたら、ジョブ以外の技能が使えなくなると、確かに死ぬよな。
いや、僕も人ごとではない。
そっと、右手のグローブをずらして、ジョブの印を確認した。うん、大丈夫だ。陥没しているようには見えない。
「スコーピオンか。だから、ピオンという名にしたんだな。まぁ、そういう奴は多いから、記事にしても面白くねぇが……書くネタに困ったら、使わせてもらうぜ」
タガーさんは、チラッと見ただけなのに、この絵がスコーピオンだとわかるのか。
「ヴァン、おまえもジョブの仕事、ほとんどしてねぇんだろ? まぁ、それどころじゃなかったみたいだけどな。ワイン屋でも開くか? それなら、おまえの店を通じて、赤ワインの仕入れをしてもいいぜ」
マスターは、優しい。
「ありがとうございます。でも、店を持つと、ボックス山脈に行けなくなりそうだから……」
「あはは、そう言うと思ったぜ。最近は、神矢が偏っているらしいな」
そういえば、ゼクトさんから連絡がないんだよな。
「そうなんですか? ハンターの神矢は……」
「しばらく降らないんじゃねぇか? そういうのは、情報屋の方が詳しいだろうが」
マスターが、タガーさんに視線を移すと、彼はまた、魔道具を操作している。また、記事を書いているのか。
視線に気づくと、彼は顔をあげた。
「何か言ったか?」
「神矢が降るネタは、書いてねぇのか?」
「どの神矢ハンターがクソかということは、書いてるぜ。今は、偏った降り方をしているから、神矢ハンターは稼ぎどきだろうな」
ゼクトさんが居ないのも、忙しいからか。
「どう偏っているんですか?」
「ゲナードが派手に、いろいろと崩しただろ? だから、それを修復するための神矢が多い。職人系だな。神矢ハンターを雇って、使用人を行かせる下級貴族が多いみたいだぜ」
「へぇ、使用人に神矢を……」
「あぁ、まぁ、使用人のスキルが増えれば、単純に役に立つし、何より、忠誠心がガツンと上がるだろ」
「なるほど……」
タガーさんは、興味なさそうに話している。でも、それって、奴隷にされている人達にも有効じゃないかな。
新しい町には、奴隷だった人達の避難所という役割がある。僕も、畑を作ることになっているけど、これは、新しい町、自由の町デネブに来た人の仕事場を確保するという意味がある。
あっ、冒険者ギルドに行かないといけないんだった。
「いま、降っている神矢が、職人系ということは、新しい町に移住する人にも、役に立ちますよね? 神矢ハンターって、安い人ならどれくらいですか」
僕がそう尋ねると、タガーさんは、怪訝な顔をした。その顔つきで、そんな目をされると、ヒヤッとする。
「新しい町なら、神矢ハンターを雇わなくても、そのうち、町に神矢が降るだろ。何を言ってんだ? ピオン」
「僕は、ヴァンですから……」
僕が慌てたからか、彼はニヤッと笑った。
「教えておいてやるよ、ヴァン。そこまでのバケモノを従えていると、隠せねぇぜ? 俺達みたいな裏の者にはな。だから、堂々としてればいいんだ。どうせ、隠せねぇ」
「はい?」
突然、何? 僕がピオンであることを隠すことに、彼はイラついたのかな。
「おまえに殺意を向けると、デュラハンが圧をかけてくる。しかも、デュラハンの力が、俺の知るものより強く感じる。ということは、おまえのジョブの印の力だろ。ただのスコーピオンではない、毒サソリだ」
「えっ……さっき、見えたわけではないんですか」
さっき、僕がジョブの印を確認したときに、スコーピオンかって、言ったよな?
「見なくてもわかる。話題の暗殺者ピオンが、毒サソリだということは有名だ。そしてデュラハンを従えているということもな」
「そ、そうなんですね」
でも精霊は、多くの契約者がいたりするよな。精霊ブリリアント様は、僕だけじゃなく、マルクも守護しているし、他にも何人もいるはずだ。
すると、タガーさんがニヤッと笑った。
「俺も、最初は、デュラハンは、複数の契約をしているのだと思っていたが、アレは、妖精だっただろ。妖精は、複数の契約はできない」
妖精だった、と言った?
「いま、妖精だった、と……」
「あぁ、精霊になったみたいだな。だが、それは最近の話だ。苦しい言い訳だぜ?」
いや、別に言い訳なんてしてないけど。あれ? なぜ……。
「もしかして、タガーさん、僕の思考を覗いてます?」
そう尋ねると、彼は楽しそうにニヤニヤしている。覗いていたんだ。はぁ、何だよ。
「だが、一部しか見えねぇな。かなりの部分は、隠されている。俺の技能を弾く力がある、とんでもなくヤバイ守護者がいるとわかる」
「一部しか見えなくて、僕の素性がわかるんですか」
「あぁ、ヴァンがピオンだという情報は隠されてねぇからな」
な、なんですと? もしかして、神官様も知っている? いや、それなら、あんなことを言うわけがないか。ピオンを選ぶだなんて、僕に言うわけがない。
「あーあー、また、うじうじモードに突入か。くくっ、ネタをありがとうよ」
「なっ? 変なことを書かないでくださいよ」
「おまえの守護者は、書いていいって言ってるってことだ。見せてるんだからな。プハハ、おもしれー」
「何が面白いんですか」
「いや、あははは。俺も、新しい町に顔を出すぜ」
は? なぜそうなる? 神官様が居ることを覗かれたのか。タガーさんは、肩を揺らしながら、自分の席に戻っていった。
「ヴァン、こいつの避難も手伝ってやれよ。このままだと、店が迷惑だ」
マスターが、自殺をはかった若い男を指差している。
「陥没したジョブの印って、元に戻せないんですか。ジョブの技能しか使えないなら……あっ、『占い師』なら、仕事はあるのかな」
「ここまでひどいと、簡単には戻らねぇな。本来、与えられた役割を真面目に務めていけば、少しずつ改善するかもしれねぇな」
マスターがそう言うと、若い男は、パッと顔をあげた。やっと、目に光が戻ってきたみたいだ。
「どうすればいいのでしょうか。このまま、どんどんえぐれて、臓器が破壊されると……自分の技能を使って知りました」
自分で自分の予知をしたのか。それで、自暴自棄になったんだ。
「ジョブを全く使っていないから、そうなるんだぜ。スキルもジョブも、三年使わなかった技能は消失する。おまえ、ジョブのくせに、『占い師』上級から中級へ落ちてんじゃねぇか?」
若い男は、青い顔をして、ジョブボードを開いているみたいだ。僕には見えないけど、マスターが覗いている。
「やはりな。消失した分のレベルが下がって中級になったから、ジョブの印がそんなにえぐれてるんだよ。下級にまで落ちると死ぬぜ」
僕も、人ごとじゃない。
「マスター、俺はどうすれば……」
「新しい町に行けよ。いくつか教会もできるだろう。奴隷にされていた奴らの逃げ場みたいな町だ。教会で下男として働くんだな。そして、神父に認められたら、ジョブ『占い師』の本来の仕事に就ける。中級だと使えねぇかもしれんが」
「わかりました! その町に行ってみます!」
若い男は、ジャラっと飲み代を置き、マスターに頭を下げ、店を出て行った。




