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304、商業の街スピカ 〜ジョブ『占い師』と『情報屋』

「……ヴァンにやられた、ヴァンに……」


「おまえ、わかっているんだろ? 自分達がやってきたことが、どれだけの人を殺すことになったか」


 床に呆然と座り込む若い男に、マスターは、穏やかな声で話しかけた。


「……うっ……うぅっ」


 まさかの焼身自殺をしようとしたんだ。そう簡単に、落ち着くことはできないだろう。


 しかも、自分で自分に火をつけたのに、僕にやられたって言い続けている。目の前には、マスターもいたんだ。たくさんの客もいる。


 多くの目撃者がいる状況で、何をやらかしてるんだよ。わざと、僕のせいではないとわかる場所で、こんなことをしたのか?



 僕の身体を覆っていたまがまがしいオーラは消えた。デュラハンの加護が弱まると、僕は本来の姿に戻る。


 デュラハンは、この若い男が僕を狙っているのを知って、勝手に加護を強めたみたいだ。僕に何も言ってこないということは、たいした危機ではないのか。



「ヴァン、おまえの悩みは、このバカのおかげで吹き飛んだみたいだな」


 マスターがニヤニヤしながら、そんなことを言った。そして、何か目配せをしてくる。意味がわからない。


 すると、床に座り込んでいた若い男が、顔をあげた。


「女に振られたんだろう? この店に来ると思ったよ。ふん、あまりにも簡単な行動パターンだ。だが、遅かったな。ここに真っ直ぐに来ると予知していたのに」


 この若い男は、何を言っているんだ? 僕が、神官様と話していた場にいたのか?


「ヴァン、この男は、ジョブ『占い師』だぜ。ベーレン家の血筋に多いジョブだ。教会に相談に来た人を導くジョブだというのに、つまらないことに利用されていたみたいだな」


 マスターには、ジョブがわかるんだっけ。


『占い師』というスキルは知らない。『神官』と同じく、ジョブしか存在しないのか。


「聞いたことのないスキルです。ジョブだけですか」


「あぁ、神矢では得られないが、スキルもあるぜ。スピカにも、あちこちに『占い師』がいる。たいていはインチキだが、中にはスキル『占い師』の奴もいる」


 そういえば、魔導学校で、休憩時間に女子が占いがどうのと、集まって騒いでいたことがあったっけ。


「へぇ、行動予知ができるなんて、すごいジョブですね」



 マスターは、若い男をジッと見つめている。そして、突然、彼の上着をめくりあげた。


 脇腹には、ジョブの印らしき絵が見える。しかし、何だ、これは? ジョブの印をえぐり取ったかのように見える。


「やはりな、ジョブの役目を果たさないから、ジョブ印が陥没してきているじゃねぇか。神から与えられたジョブに逆らうようなことに、この力を使いすぎた証拠だ」


 マスターの言葉に、ギクリとした。


 僕も、ジョブ『ソムリエ』の仕事をほとんどしていない。派遣執事も、ソムリエとしては受注していないんだ。


「俺の父親がクズだからだ。俺の力を使って神獣を創ろうとした。神獣を創るために、俺の予知の技能を使ったんだ」


「父親は、ベーレン家の『研究者』か?」


「違う。『研究者』なら、こんなことはしない。父親は、ジョブ『王』だ。本来なら、独立すべきだったのに、ベーレン家を潰して乗っ取ろうと企んだ。そのための神獣だ」


 若い男は、マスターには素直に話しているのか。あまりにもスラスラと話すから、これも嘘なのではないかと感じる。


 彼の父親は、おそらく堕ちた神獣ゲナードに、操られていたのだろう。ジョブ『王』なら、人の上に立ちたい願望が強い。そこを、上手く利用されたんだ。


 この若い男は、そのせいで、ジョブの印が陥没した。彼は、死にたいんだ。だけど、神官家に生まれた人は、ジョブ『神官』でなくても、自殺はできないと聞いたことがある。


 彼の父親がベーレン家でも、ジョブ『神官』じゃないから、ベーレン家の血筋でも自殺ができるのだろうか。



「ふーん、それで、ここを死に場所に選んだか。迷惑な話だな。だが、おまえは自ら死ぬことはできない。だから、ヴァンを狙ったか。デュラハンが必ず阻止することを予知していたのだろう」


「ふははは、炎舞の魔道具を上手く弾かれたのにな……まさか、こんなにあっさりと、火を消されるとは予知できなかったよ」


 炎舞の魔道具?


 あー、そういえば、何かがカチッと当たって、バリアが弾いたような音がしたな。あれは、わざと、弾かれた魔道具で自分が炎に包まれるように仕組んだのか。


 だから、ヴァンにやられたって……。確かに、僕のまとうデュラハンの加護に弾かれたわけだから、僕にやられた……とも言えなくもない。



「おまえの父親は、どうなったんだ? おまえがここにいるということは、レピュールの研究施設から追放されたか」


「あのクズは、さっき見せた隠れ拠点にいる。懲りずに、新たな神獣を創り出そうと、狂ったように研究を続けている」


 マスターは、僕の顔をチラッと見た。その表情は、読めない。何かを考えているみたいだ。




「おーい、誰か、通知の魔道具を持ってねぇか?」


 マスターは、客席に向かって、大きすぎる声で叫んだ。すると、入り口の近くに座っていたガラの悪そうな客が立ち上がり、こちらに向かってきた。


 異常に細い男だ。眼光が鋭く、目が合うだけでショック死させられそうな威圧感がある。


「なんだ? アル、楽しいことしてるじゃねぇか」


 マスターのことをアルと呼んでいる。親しいのだろうか。


「楽しくねぇよ。その様子だと、話は聞いていたみたいだな。どっちがいいと思う?」


 どっちがいいって……どういうことだ?


「は? んなもん決まってるじゃねぇか。この兄ちゃんが死んだことにすりゃいいんだよ」


「それは、決定事項だぜ。その理由だ」


「あぁ、そうだな……」


 眼光の鋭い男は、僕をチラッと見た。


「ピオンにケンカを売って、返り討ちにされたってことでいいんじゃねぇか?」


「やはり、そっちの方が自然だな。それで流してくれ」


 マスターは、眼光の鋭い男に、銀貨を1枚放り投げた。


「しけてやがるな。普通なら、もっとキラッキラしているもんを寄越すべきだろ」


 そう言いつつも、彼は、カウンター席に座り、魔道具を操作し始めた。チラッと僕を見て、ニヤッと笑うんだよな。嫌な予感がする。



 厨房にいた店員さんが、魔道具を持ってきた。あれは、ラプトルの人達も使っていた情報の魔道具だ。


 そして、僕をチラッと見て、その魔道具をマスターに渡した。


「おまえ、これ……はぁ、銀貨返せよ。おまえ、これで、どれだけ儲かるんだ?」


「さぁな、せいぜい金貨1枚くらいじゃねぇか? たいしたことねぇよ」


 彼は、記事を書いて売っているのだろうか。見た目は暗殺者みたいな感じだけど。


 僕が、気にしていることに気づいたマスターは、ニヤニヤしているんだよね。情報の魔道具は、今は、若い男が見ている。そして、目を見開いて、ガタガタ震えているんだ。



「ヴァンも読むか?」


「読みます」


「銅貨1枚だぜ」


 食事代はいらないと言ってたのに、情報料は取るんだな。僕は、銅貨1枚をカウンターに置いた。


 情報の魔道具の記事は、読むたびに銅貨1枚が課金されるみたいだ。ラプトルのディックさんは、普通に見せてくれたから知らなかったな。


 読みたい見出しに触れると、記事が出てくる。



 〜{話題の暗殺者ピオンが失恋。近寄るな危険]〜


 某飲み屋での一件だ。


 まがまがしいオーラを放ち、カウンターでエールを浴びる男。どうやら、失恋したらしい。なんでも思う通りに生きてきた男も、女を口説く技能は持ち合わせていないらしい。


 そんな男に絡んでいくバカな若い男。当然、相手になどされない。それにイラついたのか、若い男はピオンを挑発。攻撃系の魔道具を使ったようだ。しかし、ピオンが常時作動させているバリアに弾かれ、若い男は炎に包まれた。


 ピオンに挑んで殺されるなら、まだわかる。だが、この若い男は、あまりにも情けない自滅だ。さすが暗殺者ピオンというべきか。筆者も、今のピオンには近寄りたくない。




「えーっと……」


 僕は、言葉が見つからない。この眼光の鋭い男は、僕がピオンだとわかっていたのか? それとも、僕と若い男との間に起こったことを、ピオンとの出来事にすり替えたのか?


 眼光の鋭い男は、僕の方を向いてニヤッと笑った。


「初めましてだな。俺は、ジョブ『情報屋』のタガーだ。基本的には、裏の仕事で食ってるが、たまにはジョブの仕事もしないと、そのバカみたいに印が陥没するからな」


「は、はぁ、初めまして」


「ヴァン、ジョブ『情報屋』は、真実しか書けねぇんだぜ」




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