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303、商業の街スピカ 〜死にたがる若い男

「これからやらかす? 仕事ですか?」


「あぁ、まぁな」


 死に場所を探しているという若い男は、グラスを傾けている。話を聞いて欲しそうにしているけど、仕事が不安なだけじゃないのか?


 そう考えると、僕は、自分の頭がスーッと冷えていくのを感じた。そういう僕は、ただ振り向いてもらえなくて、拗ねているだけだ。僕は、失恋しただけなんだよな。


 そう、ただ、それだけのことだ。


 神官様には、きっと僕にはわからない事情があるのだろう。僕みたいなガキでは、彼女を支えられないんだ。


 わかっているよ、そんなこと。


 たぶん、他の貴族と婚約すると言うなら、僕は必死に笑顔を作って、おめでとうが言えたんだ。


 ピオンを選ぶって言うから、僕は……。




「どんな仕事だ?」


 マスターが会話に入ってきた。僕の席には、肉がゴロゴロ入った炒め物とエールが置かれている。


 絶妙なタイミングだな。今なら、この炒め物が美味しそうに見える。ほんの少し前の僕なら、吐き気がしたかもしれない。


 さっそく、手を伸ばした。一口食べて、僕は空腹だったことに気づいた。エールに合う濃い味だけど、なんだかパンが欲しくなる。


「まぁ、裏の仕事だ。つまらない意地の張り合いから、つい受注してしまってな。俺は、パッと散りたいのによ〜」


「裏の仕事なら、しくじっても、消されたりしねぇだろ?」


「俺は、もう、どうにもならなくてよ〜」


 マスターは、チラッと僕の顔を見た。うん? 何? なんだか、ニヤッと笑った?


「俺なら、神獣ヤークの子孫だと噂されている暗殺者ピオンと、連絡が取れるぜ?」


 僕は、ブフォッと、エールを吹きそうになった。正確に言えば、グラスの中で吹き、テーブルに少しこぼしてしまったのだけど……。


「マスター、本当か? だが……」


 一瞬、目に生気が戻ったように見えたが、彼はまた、どんよりとしている。何なんだよ。僕はもう、ピオンを演じる気はないんだからな。


「話してみろよ。どうせ、借金か何かで死ぬしかないとこまで追い詰められて、無謀なミッションを受けたんだろ?」


 マスターがそう言うと、若い男は、パッと顔をあげた。図星なんだな。借金か……。コツコツと冒険者でもやればいいのに。



「俺はな、裏の仕事なんて、やりたくないんだ。だが、父親がクズでな……」


 彼は、ワナワナと怒りに震えているようだ。父親の借金を背負わされたのか。


「クズな父親なんて、珍しくねぇだろ。で、何を受けた? 裏の仕事で金になるなら、今の流行りは、暗殺者ピオン絡みだろ」


 えっ? 僕? 神官様が僕を……いや、ピオンを捜せというミッションを出しているみたいだけど、他にもいるのか?


 若い男は、無言で頷いている。


「暗殺者ピオンを捕らえろというミッションだ。拘束していなくても、指定の屋敷に連れて行けばいいらしい」


「あぁ、それ系のやつは多いみたいだな。依頼人は、知らされてねぇだろうが、報酬でだいたいわかる。金貨100枚前後か、金貨数枚か?」


「金貨100枚は、殺せというミッションだ。俺は、そもそも戦闘には向かない。報酬は、金貨5枚だ。今、思えば、金貨100枚の方を受けておく方がよかったよ。前金に金貨5枚もらえるからな」


 死に場所を探しているというのは、嘘ではないみたいだな。前金のあるミッションは、危険なものだ。死ぬ可能性が高いから、前金が支払われるらしい。


「兄さん、前金があるミッションは、あんたなら死ぬぜ」


 マスターは、冷たく言い放った。だが、彼は、動揺する様子はない。


「失敗したよ。俺は、パッと散りたいのに。暗殺者ピオンに挑んで殺されても、何の恥にもならない」


 なんだか勝手にピオンが、すごい暗殺者みたいになっている。おそらく、クリスティさんだろう。凄腕の暗殺者なら、あまり狙われないと考えたのか。


「指定の屋敷とは?」


 マスターがそう尋ねると、若い男は、何かを見せた。すると、マスターは、興味深そうな表情を浮かべた。


「へぇ、そこは、冒険者パーティ、レピュールの隠れ拠点だぜ。転移でしか入れない特別仕様だ。ベーレン家に生まれた『神官』のジョブを持たない奴らのたまり場だ」


 レピュールの隠れ拠点?


 なぜ、今さらレピュールが……一体、何の用なんだ? あっ、暗殺者ピオンが、神獣ヤークの子孫だと言われているからか。


 それも、ベーレン家が人工的に人体実験をして創り出したかのように、言われていたっけ。


 奴らにとって身に覚えのない多くの噂を、実際に捕まえて確かめようということか。



「兄さん、どうする? ピオンと話を繋いでやろうか? そのために、ウチの店に来たんだろう?」


 マスターは、僕に目配せをしてくる。いやいや、僕は、そんな話には乗らないよ? 話を繋ぐも何も……。


「カラサギ亭には、裏の仕事をする人が多く立ち寄るとは聞いたが……。まさか、マスターが知り合いだなんて、驚いたな」


「ウチは、情報屋も兼ねているからな。いや、伝言屋か。で、どうする? 伝言なら、銅貨10枚だ」


 いやいや、伝言も何も、僕は一緒に話を聞いているじゃないか。まぁ、そう明かされても困るけど。


 すると、若い男は、銅貨10枚をカウンターに置いた。


「マスター、ピオンに繋いでくれ」


「どう伝言する?」


 マスターは、若い男をジッと見ている。探るような目つきだけど、何か技能を使っているんだろうか。


「暗殺を依頼したいと、伝えてくれ」


「はぁ? それなら、ピオンは断るぜ? そういう依頼は、裏ギルドを通さねぇとな」


「そ、そうか……」


 若い男は、考え込んでいる。その様子を、マスターは、他にあちこち気を配りながらも、観察しているように見える。



 僕は、帰ろうかな。


「マスター、お会計を」


「あぁ? おまえの分は、一生分、アイツが払ってるぜ」


「あはは、そっか。ありがとう。ごちそうさま」



 僕が席を立つと、若い男がポツリと呟いた。


「なぁ、兄さん、あんた、ヴァンだろ?」


「えっ? はい、ヴァンといいますが?」


「ふっふっ、やはりな。そのデュラハンの加護で、バレバレだぜ」



 キン!



 何かが、何かを弾く音がした。バリア? 僕の目には何も見えなかった。だけど、若い男が僕に何かの攻撃をしたことは、明らかだ。



「おい、店の中で暴れるなら、弁償させるぞ」


 マスターが鋭く叫んだ。



「ふん、もう遅い」


 若い男がそう呟いた直後、彼は、炎に包まれた。


 カウンター付近に一気に炎が広がる。えっ? 自分で自分に火をつけたのか?



 バシャッ!


 店内にいた魔導士らしき人が、水魔法をぶっかけた。



 何が何だか、僕には把握できていない。


 周りの客は、こういうことに慣れているのか、テキパキと、まるで役割が決められているかのように動いている。


 僕が、呆然としている間に、火は消え、撒いた水も綺麗に乾かされていた。


 すごいな、この連携。



 床には、炎に包まれていた若い男が、転がっていた。火傷を負っているが、対処が早かったから、深傷にはなっていない。


「ヴァンにやられた、ヴァンにやられた……」


 うわ言のように呟く若い男。


 いやいや、自分で炎に包まれたじゃないか。



「ヴァン、治してやれ」


 マスターにそう言われて頷く。


 僕は、魔法袋から薬草を取り出して、火傷の治療薬を作った。自殺しようとしたから、薬は飲まないだろう。霧状にして、彼に振りかけた。


「……うっ、うう」


 火傷が治っても、若い男は動かない。いや、動けないということか。



「なんだ、なんだ? 狙いは、ヴァンかよ」


 マスターは、始めからわかっていたかのように、若い男に話しかけている。裏ギルドのミッションで、ピオンを狙っていたんじゃないのか?


 あー、もしかして、僕がピオンだということがバレていたのか。


 知らないうちに、デュラハンの加護が強くなり、僕の見た目が変わっている。だから、僕がヴァンだとわかった?


 デュラハンは、なぜ、急に加護を強めたんだろう?



「ヴァン、こいつは、偽神獣の開発者の一人みたいだぜ」


 マスターが、突然、とんでもないことを言い出した。


「えっ? ベーレン家の?」


「あぁ、父親がその責任者という感じだな。裏ギルドのミッションは嘘だったからな」


「えっ? マスター、何かを見て、レピュールって……」


「地図を見せてきたが、裏ギルドで地図なんて渡さねぇ。いろいろなミッションの情報をつかんでいたんだろうがな」


 若い男は、完全に脱力した様子で、床に座り込んでいる。


 開発者の親子……。


 僕が、偽神獣を倒したり、闇属性の未完成の偽神獣を……黒い天兎、ブラビィとして従属化しているからか。


 僕は……恨まれているんだ。



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