301、自由の町デネブ 〜精霊の大樹近くの教会
「お気楽うさぎが、連れてきたのかな? いや、違うか。みんなでここまで、自力で来たの?」
ブラビィは、ずっと黒い毛玉の飾りのフリをして、僕の腰にぶら下がっている。
『しゅたたたた〜っと、来たのでございますですよっ』
『この程度の距離なら、問題ありません』
ふふっ、リーダーくんの言葉遣いを、賢そうな個体は嫌がるんだよね。コイツら、見ていて飽きないよな。
「そっか、みんな、ありがとうね。お願いすることは、もう知っているかな。ブラビィが空に映ってたみたいだし」
『びびびびーっくりでございますですよ〜。ふにゃみゅ』
リーダーくんは、賢そうな個体に、頬を引っ張られている。話せなくなったみたいだな。あはは。
『お気楽うさぎのブラビィ様が、空に映るお姿に驚きました。精霊の森の見張りを我々にと、聞いています』
賢そうな個体は、珍しく、少し興奮気味に話している。
「うん、じゃあ、お願いできるかな? 人間が、精霊様の許可なく勝手に立ち入らないようにしたいんだ」
『かしこまりました! 我々が姿を見せれば、多くの人間は驚きます。我々は、そもそも人間を監視、偵察するために利用されますから』
「そうだと思ったよ。立ち入る人間を、無理に追い払う必要はないから、僕に連絡をくれたらいいよ」
『はい、あ、お気楽うさぎのブラビィ様が、追い払うとおっしゃっていました』
「そっか、じゃあ、そのときはブラビィに連絡してくれる?」
『御意!』
そう返事をすると、泥ネズミ達はどこかへ消えて行った。どこに行ったんだ?
「森に見張りに行ったぜ」
腰にぶら下がっているブラビィが、そう言った。
「もう、行ったの?」
「あぁ、いま見せておく方がいいだろ」
なるほど、森の方をたくさんの人が見ているから、ブラビィが行かせたのか。
あっ、建物の近くにいた人達が、次々と道路の方へと離れていく。泥ネズミが大量に現れたからだ。
「精霊様たちも、アイツらが人間を驚かせる存在だとわかるよな。でも、泥ネズミには、主人がそれぞれいるよね?」
「そうだな。まぁ、主人よりも上の存在がいることが知られたから、これからのネズミの使い方は、変わるかもな」
「そっか、それならいいけど。あっ、ブラビィ、僕、スピカに行きたいんだけど……」
「命令か?」
うん? まだ、何も頼んでないけど。
「いや、別に、そうではないけど……」
「じゃ、オレは行かねーから」
黒い天兎は、地面に降りた。
「ブラビィ、もしかして、しばらくこの町にいるの?」
「あぁ、まぁ、基本は、リースリング村にいるが、精霊がネズミに慣れるまでは、行き来する感じだな」
リースリング村を守ってくれてるんだな。
「そっか、わかったよ。よろしくね〜」
「あぁ」
短く返事をすると、黒い兎は、ぴょんぴょんと森の中へ入っていった。ネズミ達が懐いているから、世話をしてくれてるんだよな。
仕方ない。カベルネ村から転移屋で、スピカに行こうか。ブラビィは、スピカには行きたくないのかもしれない。天兎のぷぅちゃんがいるもんな。
さっき、堕天使ブラビィが派手なことをしたけど、主人が誰かは、知られていないよな? もし、知られていたら、町を歩けない。
僕は、そっと広い道へ出た。
うん、大丈夫だ。誰も僕のことを気にしていないみたいだ。あちこちから、次々と町に来る人の話が聞こえてくる。
王宮の魔導士や建築士が、どんどん町を仕上げていくんだ。堕天使が空から消えた後は、その様子に、見入っている人も多い。
新しい町が出来るときって、こんな風に、賑やかな祭りのようになるんだな。
僕は、カベルネ村の方へ繋がる道を歩いていった。
道の左側には、露店とその奥には質素な建物、そしてその奥には精霊の森がチラッと見える。
道の右側は、店舗がずらりと並ぶ。その奥には、貴族の別邸か。来たときは魔法陣が浮かんでいたのに、今はもうすっかり屋敷が完成している。
町の門が見えてきた。
左側には、精霊シルフィ様の大樹も見える。右側には、教会ができている。
門には、門番も配置されたんだな。
「あっ、ヴァンさん、居たんだ〜」
右側の教会前の人だかりから、僕を呼ぶ声が聞こえた。この声は……まさか。
「クリスティさん?」
暗殺貴族のクリスティさんだ。王都では世話になったけど、突然会うと、ギクリとする。
彼女が作った魔道具メガネをかけていないことも、なんだか悪いような気もするな。
「私も、ここに別邸を建てたんだよ。新しい町で、しかも、奴隷が逃げて来るでしょ。私がいる方がいいんだって。取り返しに来たり、始末させようとするバカな奴もいるだろうからね。すべての仕事を放り出して来たよ」
「そ、そっか。でも、まだ奴隷らしき人達はいないから、そんなに急がなくても……」
「あんな派手な告知をさせるんだもん、すぐに集まるよ。ここにたどり着いた奴隷たちは、とりあえず保護することにするみたい」
「えっ、させたわけでは……」
ちょ、たくさんの人がいるのに、やめてくれ。クリスティさんは、ニマニマと笑うんだよな。わざとか……。
「あー、そうだ。フランさんがね、また、裏ギルドにミッションを出しているよ」
「えっ!? 神官様が? まだ、他にも彼女を潰そうとする人がいるんですね。レジスト依頼ですね」
僕は、ゲナードと関わっている間に、また何かあったんだ。スピカに行ったら、冒険者ギルドよりも先に裏ギルドに行こう。
「違うわよ。あっ、フランさ〜ん!」
クリスティさんは、ニヤッとして、手を振っている。いや、手招きしている?
「まぁ、クリスティさん、どうしたの? それに、ヴァン……さんも」
神官様が、近寄ってきた。なんだか、いつもとは違って神父様のような服を着ている。女性に神父様と言うのもおかしいか。
「神官様、こんにちは」
「ヴァンさん、こんにちは」
やわらかな笑み。だけど……僕は、グサリと心を剣で突かれたような気分になった。
彼女は、僕のことを、さん呼びしている。いつもは、ヴァンって呼び捨てか、もしくは、アナタねーっと呼ばれていた。それなのに……。
僕は、必死に笑顔を返した。
「クリスティさんと、知り合いなんですね」
また、そんな言葉遣いだ。とんでもなく高い壁を感じる。婚約者のフリをしていたのに……。あまりにも、他人行儀だ。
神父様のような服を着ているからか。
「はい、クリスティさんには、いろいろとお世話になっています」
僕は、必死に笑顔を作って、返事をした。彼女は、美しい笑みを浮かべている。この顔は、彼女の仕事用の顔だ。
「今ね、フランさんが、裏ギルドに依頼を出したって話をしていたのよ」
「えっ? クリスティさん、ヴァンさんになぜそんなことを?」
神官様は、少しイラッとしたみたいだけど、美しい笑みを保っている。
「うふふ、ヴァンさんって話しやすいんだもの。でも、フランさんの捜し人は、裏ギルドに依頼をするより、彼に尋ねる方が早いわよ」
誰かを捜しているのか。
「そうだったわね。ヴァンさんは、王都のネズミを実質的に支配しているんだったわね。とんでもなく、遠い存在の人になってしまわれたわ」
な、何だよ? 中途半端な敬語。遠い存在って……突き放したのは、神官様じゃないか。
「ヴァンさん、あのね〜、フランさんは暗殺者ピオンを捜しているみたいよ」
「ええっ!?」
「ちょ、クリスティさん、そんな言い方をすると、私が暗殺者を雇うのかと誤解されるわ」
神官様は、慌ててクリスティさんに反論している。ちょっと、どういうこと? 暗殺者ピオンは、僕のことだ。
「ヴァンさん、あのね、フランさんが、彼を気に入ってるみたいなの。フランさんは、この町で独立することになったから、暗殺者ピオンに一緒に暮らしてほしいみたいだよ」
えっ……この町で独立? ピオンと一緒に暮らす?
「もしかして、この教会は、神官様の?」
「はい、当初は王都で屋敷を建てる予定でしたが、王宮から、新たな町の教会を任せると言われて、やって参りました」
また、他人行儀な話し方。
「あ、あの、なぜ、そんなに他人行儀な敬語なんですか」
僕は、思わず尋ねてしまった。
「ヴァンさんは……私よりも、格の高い存在になられましたから、当然ですわ」
そ、そんな……。
「暗殺者ピオンを捜して、どうするんですか。一緒に暮らすって……」
「私は彼に命を助けられたのです。彼がいなければ、今頃、私は殺されていたわ。だから、彼さえ良ければ、婚約を考えてもいいと思っているのですよ」
えっ……そんな。
彼女は、僕から目を逸らした。
明日はお休み。
次回は、9月20日(月)に更新予定です。
よろしくお願いします。




