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300、自由の町デネブ 〜壁のような細長い小屋

 僕の腰で、飾りのフリをしてぶら下がっている黒い毛玉は、楽しそうにブラブラと揺れている。


 僕は、神様のように空に映って演説しろだなんて、命じてないよ? それが天兎の能力だなんて、知らなかったし。


 まぁ、でも、そっか。神矢が降る前は、まず、空に天使が映る。天使は、天兎のひとつの役割なんだよな。ブラビィは、堕天使なのに……天使と同じ力があるのか。


 しかし、自分で自分のことを、お気楽うさぎと紹介するか? ほんっと、お気楽なんだよね。


 僕がイライラすればするほど、黒い毛玉は楽しそうに揺れる。はぁ、もう、ほんとに……。




「あの、ヴァンさん、町の住人が精霊の森に立ち入らないように、結界を張りましょうか」


 王宮の魔導士達が、恐る恐る、そう申し出てくれた。僕に剣を抜こうとしていた兵は、僕から離れている。おそらく身の危険を感じたのだろう。


 僕が恐れられることで、僕に託された地は安全になるだろう。畑では、奴隷だった人達に働いてもらうから……まぁ、これでいいのか。


 ブラビィは、元偽神獣だから、そのあたりの人間の行動の予測もした上で、こんな派手なことをしたんだよな。おまけに、僕に従順なフリをしてひざまずいて見せたり……。


 まぁ、いっか。



「魔導士さん、結界は、やめておきます。この森を守っているのは風の精霊様です。結界を張ると、風が止まってしまいます」


「あ、確かに、精霊シルフィ様の森ですね。では、森沿いに、兵を置きましょうか」


 それは逆に、精霊達にストレスになるよ。


「いえ、兵はマズイです。森が焼けたときのことを連想させてしまいます。それに、自由の町なのに、ズラリと兵が並ぶのはおかしいです」


「そ、そうですよね。ですが、堕天使ブラビィ様の……あっ、えーっと、ヴァン様の……」


「ちょっ、様呼びはやめてください。僕は、ジョブ『ソムリエ』ですし……」


 王宮の魔導士は、僕との距離感に困っているようだ。僕だって、困っている。まだ僕は、十六歳のガキなのに。



「あっ、水路! この森と建物の間に、水路を作れませんか? そうすれば、境界線がわかります」


「おぉ! それは良いですね。ここには、もともと小川が流れていました。畑にも使えますね」


 魔導士が手振りで指したのは、建物が建つギリギリの線だ。なるほど、小川からこちら側が、偽神獣の討伐戦で主戦場になったのか。


 多くの精霊や妖精が犠牲になり、悪霊があふれたから、この地を僕に与えられたんだよな。


「では、水路をお願いしたいですが……魔法は効かないんでしたっけ」


「いえ、精霊シルフィ様のテリトリー以外は、大丈夫だと思います。あの赤い大樹の少し先まで、精霊の力が及んでいます」


 精霊シルフィ様は、赤木までは、精霊の森にすると言ってた。王宮の魔導士には、それがわかるんだ。


「じゃあ、水路を作ってください。小川を復元できたらいいんですが……」


「小川は、浅い川だったので、簡単に越えて森に入ってしまうかもしれません」


「そんなに心配しなくても、絶対に誰も入るなという厳格なことは言いません。森に入りたい人は、精霊や妖精の声を聞ける人と同行してもらいたいですが……」


 僕がそう言うと、魔導士はホッとした表情を浮かべた。まさか、立ち入ると殺されるとでも思っていたのか。


「安心しました。精霊の森には、マナだまりができやすいので、つい、引き寄せられる者もいるかと……」


「なるほど。精霊様は、ほぼ復活されました。以前よりも森が狭くなった分、マナだまりはできやすいかもしれませんね」


 ということは、エリクサーが作れるかな。でも、こんな場所のマナだまりを独り占めしてはいけないか。



 魔導士達は、数人で軽く打ち合わせを済ませ、僕の方を向いた。なんだか、指示を待っているようにも見える。


「ヴァンさん、さっそく始めても構いませんか」


「はい、お願いします」


 僕が返事をすると、魔導士達が魔力を放った。建物と森の間に、ぽこぽこと土が盛り上がった後、その土はパッと消えた。


 小川を復元したみたいだ。


 おそらく、この町を作るときに埋め立てたのだろう。その土を取り除いたようだ。



 あれ? 赤木の先に、何かできている。


「あの、赤い木の先のあれは?」


「森を水路で囲うわけにもいきません。あの小屋は、畑と森の仕切りとして建てました。ヴァンさんが、ご自由にお使いください」


「ありがとうございます。作業小屋にしてもいいですね。あ、でも……精霊の森に近すぎるか」


 建築士が小声で、僕に耳打ちする。


「ヴァンさん、貴方が利用するという条件で、小屋を建てることができました。精霊様たちは、気難しい……」


「なるほど……。壁がわりということですね」


「ええ、ご案内します。魔導士達は、水路の仕上げをするでしょうから」


 僕は頷き、建築士さんに連れられて、小川に沿って小屋へ向かって歩いていった。


 道に戻る方が歩きやすいんだろうけど、ブラビィのせいで、あまりにも観客が多いんだよな。




 赤木の少し先に、森を隠すように、細長い小屋が建っていた。本当に壁のつもりなんだな。畑から森へ行くには、小屋を通らないと行けないようになっている。


 平家建てじゃなかったら、屋敷に見えるところだ。


「すごく、広いですね」


「不恰好な丸太小屋になりましたが……精霊様が、通常の屋敷を建てることを認めてくれなかったのですよ。土壁を使えば、もっと美しい建物になるのですが」


 王宮の建築士は、まるで言い訳をしているかのようだ。


「僕としては、畑の端に屋敷があるより、この小屋の方が良いと思いますよ。いろいろな用途に使えそうです」


 僕がそう言うと、建築士は気分を良くしたのか、ふふんと鼻を鳴らしている。芸術家タイプなのだろうか。


 小屋の中を案内された。


 ガランとしていて何もない。畑側の方には、窓や出入り口が適当な間隔で並んでいる。森側の方は、窓はなく、出入り口は、一つだけだ。


 森側の出入り口を開けてみると、何もない広い庭がある。赤木がすぐ近くに見えるけど、この場所には草花は生えていない。


「ここは、土の庭ですか?」


「あぁ、そう見えますね。この小屋は、魔法が使えるギリギリの場所に建てたのですが……」


「そうですか。精霊様は、おそらく、赤い木との距離を望まれたのでしょうね。じゃあ、ここは、僕の私用の畑にしようかな」


「それがよろしいかと思います。では、私は、これにて失礼します。あっ、そうだ、ヴァンさんに伝言がありました」


 建築士は、慌てて何かを取り出した。魔道具みたいだな。


「この町に、新たに冒険者ギルドが来るようですが、この畑のミッションの件で話したいそうです。ヴァンさんに余裕ができたら、スピカの中央ギルドにお越しいただきたいそうです」


「わかりました。誰を訪ねていけばいいのでしょう?」


 すると彼は、魔道具を操作している。情報系の魔道具なのかな。


「まだ、担当が決まっていないようです。自由の町デネブの畑の件だと言っていただければ大丈夫です。スピカの中央ギルドは、お分かりになりますか?」


 青ノレアの拠点近くのギルドだよな。


「はい、大丈夫です」


「では、よろしくお願いします。私は、これで」


 ぺこりと頭を下げ、王宮の建築士は、姿を消した。転移魔法を使えるんだな。




 さて、僕は、どうしよう?


 まだ、道には、大勢の人がいる。精霊の森だけじゃなく、こちらの様子を気にする人もいるんだよな。


 改めて、細長い小屋を眺める。庭から見ると、丸太の壁だ。精霊シルフィ様が、人間を拒む気持ちがヒシヒシと伝わってくる。


 この庭には、知らない人間を出入りさせない方がいいか。ということは、ここを畑にしても、誰にも管理してもらえないな。


 僕は、またボックス山脈にも行くし、派遣執事の仕事もするし、魔導学校の講師も、ファシルド家の薬師契約も継続中。さらに、一応、レモネ家のワイン講習の契約もずっと更新されているんだよね。


 ここを畑にするのは、難しいか。適当に草花を植えておこうかな。




『じゃじゃーん! でございますです〜』


 うん? あれ? いつの間にか、大量の泥ネズミが、小川の方から、続々とやってくる。


「リーダーくん、こんな遠くまで、どうやって来たの?」


『お気楽うさぎのブラビィ様が、な、なななななんとっ! まさかの、うひょひょひょひょーな……ぐふっ』


 賢そうな個体が、リーダーくんを飛び蹴りしてるよ。あはは、コイツら、ほんと、面白すぎる。


『我が王が、我らに新たな仕事を与えてくださると聞き、やって参りました』



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