3、リースリング村 〜美しくて怖い神官様
「ヴァン、用意はできているかい?」
「はい、村長様」
僕は、今、緊張でガクガクしながら、村の集会所の仮設祭壇に立っている。リースリング村には教会がない。だから、神官様をお招きするときには、集会所が教会を兼ねることになっている。
集会所には、ほとんどの住人がいる。神官様が来られるときには、こうして皆が集まるんだ。今日は、僕のために集まってくれている。だからこんなに、緊張するのかな。
「神官様がいらっしゃったぞ」
村役場の人達に連れられ、神官様が集会所へ入ってきた。
僕は、思わず息をのんだ。
神官様は、あまりにも僕のイメージとはかけ離れた人だった。いつも来るオジサンではない。まるで聖女のような、可憐で美しい少女だった。少女は失礼か。見た目は僕よりも少し年上に見える。
トントン、トントン
美しい所作で、静かに祭壇に上がってきた聖女のような神官様は、あまりにも美しすぎて、僕は、顔をあげることができなかった。めちゃくちゃドキドキする。こんなに綺麗な人がこの世にいるなんて。
「アナタが、今日、十三歳の誕生日を迎えた人かしら?」
「は、はい、神官様」
彼女の声は、凛としていてよく通る。
「顔をあげて、こちらを向いてくださる?」
「は、はい」
僕は顔をあげた。あれ? 聖女のように見えた神官様は、僕を面倒くさそうな顔で見ている。
目が合うと、ニコリと微笑まれたが、目の奥は笑っていない。こんな田舎に来たくなかったのかな。作り笑顔が逆に怖い。
僕は、スーッと頭が冷えていくのを感じた。さっきのドキドキは、勘違いだったのか。
「では、始めますね」
彼女は、持っていたロッドを振り上げた。すると天井から淡い光が降り注ぐ。すごい! どういう魔法なんだろう。
『親愛なる神よ、今ここに成人となった者に与えし印を解き放ちたまえ!』
頭の中に直接響く声に驚いていると、僕の身体に淡い光が集まってきた。
あれ? なんだか熱い。痛い、頭が痛い。ふらふらする。気分が悪い。何? なんだか、近くにいた村長様が慌てている。僕は、ウッ、気持ち悪い……。
立っていられなくなったところを、神官様に腕を掴まれた。
「ちょっと、あんた、シャンとしぃや。あたしが失敗したと思われるやんか」
なっ!? なんだか小声で、乱暴な言葉遣い……。聖女のような見た目からは考えられない。
「ヴァン、大丈夫か? 神官様、あの、妙に時間が長いようなのですが、これは一体」
村長様が心配して、彼女に尋ねている。僕は、彼女に支えられる形で、何とか立っている状態だ。ウップ、気持ち悪い。
「問題ございません。彼に与えられたジョブには、たくさんの情報が必要なのでしょう」
「ヴァンは、農家ではないのですか」
彼女は、作り笑顔だ。威圧感のある作り笑顔だ。村長様は、軽く頭を下げ、黙ってしまった。
そして、ようやく淡い光は消え去った。僕の頭痛とめまいと吐き気も、やっと治った。
「さて、どこに印が現れたかしら?」
彼女は、ロッドを僕に向けている。早く印を見つけないと、彼女は苛立って、ロッドの先から火の玉を放つんじゃないかと思えてきた。
そういえば、父さんは左肩に、母さんは左肘に、花のような印があったっけ。僕は、左腕の袖をめくってみたが、印はない。
「ちょっと、動かないでくださる? あー、そこね。珍しいわね」
彼女はロッドで、袖をめくった僕の右手をトントンと叩いた。僕にはまだ見つけられていないのに、さすが神官様か。
「どこを見ているの? 右手を出しなさい」
「えっ……」
僕の右手を彼女は、むんずと掴んだ。僕は、ドキッとした。ドキドキじゃない、何かされるんじゃないかという恐怖のドキッだ。
彼女は、僕の右手をとった。あっ、右手の甲に大きな光る印が現れている。でも、花の印ではない。なんだか、見たことのない虫が描かれているようだ。尾が長く、印の円からはみ出している。
ちょっと、不気味かもしれない。
「へぇ、珍しいわね。スコーピオンじゃない」
「スコーピオン? この虫みたいな絵ですか? 花の絵じゃないなんて……。みんな花の絵なのに」
「私もスコーピオンよ。アナタのとは少し違うけど」
「えっ? じゃあ、僕のジョブは神官なんですか?」
「まだ、ジョブ情報は出ていないわ」
「じゃあ、この絵って、何なんですか」
「アナタのは毒サソリね。スコーピオンは、暗殺者や盗賊、王などのジョブに多いわ」
「えっ、でも神官様は神官ですよね? スコーピオンの絵なのに。絵とジョブの関係って……」
僕が聞き過ぎたのだろうか。神官様はギロッと僕を睨んだ。でも、村長様も気にしているようだ。
「それは、アナタが知る必要はないわ」
怖い。威圧感が半端ない。
そう言われてしまっては、村長様でも彼女に尋ねることができない。
やがて、右手の甲の印の光がおさまった。なんだか、不気味な焼き印のようだな。しかも、こんな目立つ場所に虫の絵だなんて、最悪だ。
彼女は、印の光がおさまるのを待っていたようだ。僕の右手の甲に触れた。すると、ぶわっと目の前に何かの画面のようなものが現れた。
「アナタのジョブは『ソムリエ』ね。だから、こんなに時間がかかったんだわ。あら、スキルを得ているの? まぁ! これは神矢のスキルね」
「昨日、神矢がおでこに刺さりました」
「へぇ、使えるじゃない」
なんだか彼女がニヤッと笑ったような気がした。僕の背筋に、冷たい何かが走った。悪寒というやつかな。
「アナタもジョブボードは見えているわね?」
「はい」
「扱い方はわかっているわね?」
イマイチよくわからないけど、知らないと言うと睨まれそうだ。
「なんとなく」
「ジョブボードと書かれた場所に触れたら、ジョブとスキルが表示されるわ。表示範囲の切り替えも、同じ場所に触れて選択するの。いちいち切り替えは面倒だから、全表示にしておきなさい」
「は、はい」
なぜか説明してくれた。別に面倒くさそうでもない。どうしたんだろう? 気分が変わったのかな。
僕は、指示に従って操作をした。
うわっ、全表示って注意書きまで出るんだ。スキルが増えたら、簡易表示の方が良さそう。
◇〜〜◇〜〜〈ジョブボード〉〜〜◇〜〜◇
【ジョブ】
『ソムリエ』上級(Lv.1)
●ぶどうの基礎知識
●ワインの基礎知識
●料理マッチングの基礎知識
●テースティングの基礎能力
●サーブの基礎技術
●ぶどうの妖精
●ワインの精
【スキル】
『薬師』超級(Lv.1)
●薬草の知識
●調薬の知識
●薬の調合
●毒薬の調合
●薬師の目
●薬草のサーチ
●薬草の改良
●新薬の創造
【注】三年間使用しない技能は削除される。その際、それに相当するレベルが下がる。
【級およびレベルについて】
*下級→中級→上級→超級
レベル10の次のレベルアップ時に昇級する。
下級(Lv.10)→中級(Lv.1)
*超級→極級
それぞれのジョブ・スキルによって昇級条件は異なる。
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神矢のスキルは『薬師』だったんだ。はぁ、ハンターじゃなかったか。でも超級ってすごい! だから彼女は、使えるって言ったのか。
どれも、実際に使ってみないとわからないけど、意味不明な技能がある。ぶどうの妖精って何だろう。触れてみると、さらに説明文が現れた。
●ぶどうの妖精……ぶどうに宿る妖精を呼び寄せ、話す能力。妖精の活動範囲外では夢の中にしか呼び出せない。
●ワインの精……ワインを構成するぶどうの妖精の声を聞く能力。ボトルに触れることでも聞くことができる。
なんだか、よくわからないけど、すごいのかな? でも、上級か。そういえば、ジョブは上級からスタートだから、スキルよりも有利なんだっけ。
神矢のスキルは、超級だけど、これってレアなんだろうな。薬師の技能も、あまり意味がわからない。
触れてみようとしたところで、神官様の冷たい視線が突き刺さった。
「まさか、閉じ方がわからないのかしら。ジョブボードと書かれた場所や画面下に、ひし形のキーがあるでしょう? どれに触れても閉じるわ」
「あ、はい」
僕は、スキルボードを閉じた。すると神官様は、集まった人達の方を向き、笑顔を作った。
「彼のジョブは『ソムリエ』でした。ぶどう農家でなかったことは残念に思われるでしょうが、これは神が選ばれたこと。珍しいジョブですから、祝福してあげてくださいね」
パチパチと温かい拍手が起こった。
爺ちゃんや婆ちゃんは、僕が『農家』だと期待していたのに、笑ってくれている。よかった。
あれ? 神矢のスキルの話はしないのかな?




