299、自由の町デネブ 〜堕天使ブラビィの演説
『だけど、ネズミに……』
精霊シルフィ様は、人間だけでなくネズミも嫌いなのか。いや、おそらく、新たなモノがこの地に入ってくること自体が、嫌なのだろう。
精霊の森は、偽神獣の討伐戦で焼け、そして悪霊が棲む荒れ地になった。このことを精霊シルフィ様は、自分の目で見ていないから、変化を受け入れられないのかもしれない。
彼女は、大樹の中に閉じ込められていたもんな。そして、その後、蟲になり、大樹を朽ち果てさせることになったことも、彼女自身は見ていない。
「シルフィ、おまえなー。たいした精霊でもないくせに、プライドばかり高すぎるんだよ」
「ちょ、ブラビィ! そんなことを言っちゃダメでしょ! 性格悪いよ」
僕が、黒い天兎を叱ると、なぜか嬉しそうにニヤニヤするんだよね。変な奴だな。
ふと、ブラビィが真顔になった。そして、スッと姿を消した。うん? 誰かに呼ばれたのだろうか。
十数人の人が、道からこちらに近づいてくる。よく見えないけど、王宮の人達か。魔導士や建築士だけだったのに、兵もいるみたいだ。
この場所は、町を縦断する道からは隠れている。道沿いには店が並んでいて、その奥には、まだ住む人がいない建物が並んでいる。ここは、さらにその奥にあたる。
だけど、原始の森が復活したから、精霊の宿る大樹は目立つだろう。
精霊シルフィ様や風の妖精ピクシーも、近づいてくる人間に警戒している。他の精霊や妖精達は、あちこちに隠れてしまった。
人間との共存は、厳しそうだな。今までに、いろいろな確執があるのかもしれない。
「えーっと、これは一体どうなっているのだ? 様々な信じがたい目撃情報もあったが……」
建物の近くに集まっていた人達は、驚いて王宮の兵達に道を譲っている。
精霊達は、観客かのように集まっていた人達には、警戒していなかったな。そうか、王宮の兵が来たから、こんな反応なのか。
僕は、スゥハァと深呼吸をした。
精霊達が恐れるモノを、僕が排除しなければ、臆病な精霊達は人間と共存なんてできない。
彼らが、森の中に入る直前で、僕は声を上げた。
「止まりなさい! この森は、国王様から僕に託された地です。無断で立ち入ることを禁じます!」
意外に大きな声が出た。
王宮の魔導士や建築士は、ビクッとして立ち止まっている。逆に兵は、手を剣にそえている。
「何をそのように、声を荒げる? やましいことがある証拠だな」
あー、兵はそう考えるのか。国王様から託されたと言っても、僕を見る目は、完全に卑下したような目だ。この人は、王宮の兵でも地位が高いのか。
「僕は、この森の住人が嫌がることは排除する。ただ、それだけですよ」
「は? 誰もいないではないか!」
すると、魔導士のひとりが彼に何かを耳打ちした。
「精霊だと? 悪霊が棲む荒れ地だろ」
彼には精霊の姿が見えてないんだ。うん? 荒れ地?
「あの、貴方の目には、この森が荒れ地に見えるのですか?」
「うっそうとした薄気味悪い森じゃないか」
すると、建築士のひとりが彼に耳打ちをした。だけど、信用していないみたいだな。
「何をつまらないことを言っている? ここに、神獣討伐戦で来たときと変わらぬ光景だ。荒れ地とは、こういううす汚ない森のことをいうのだろう?」
この人は、ダメだ。話が通じない。
偽神獣の討伐戦に関わったのか。だから精霊達が隠れたんだ。この兵は、精霊達から見れば、この森の侵略者だ。
精霊シルフィ様は、ワナワナと怒りに震えている。妖精ピクシーも、威嚇するようにブンブンと飛び回っている。
「貴方は、この地に暮らしていた住人から見れば、侵略者です。それに、貴方達は、偽神獣の討伐戦のときに、精霊シルフィ様を奴に喰わせないために、大樹に封じましたよね。そして、そのまま放置した。だから、ここが悪霊が棲む荒れ地と化したのです。シルフィ様をキチンと大樹から救出していれば、こんなことにはならなかった」
「はぁ? ガキが生意気な。どうやって国王様に取り入ったか知らんが、見たところ、弱っちいクソガキじゃないか! 俺様に対する無礼の数々……許さんぞ!」
やっぱり、コイツ、だめだな。
ソワソワ、わくわくしているどちらを呼ぼうか……。腰に蹴りが入った。コイツにしておこうか。
「ブラビィ! この兵に説明して!」
すると、空からスーッと黒い何かが降りてきた。そして、バサリと羽をはためかせ、森と建物の狭間に降り立った。
建物の近くにいた人達からは、キャーキャーと黄色い悲鳴があがる。ブラビィは、満足げに、観客を見回している。
こういうの、好きだよね。
そして、ブラビィは、なぜか、僕にひざまずいている。何してんの?
「お呼びでしょうか? ご主人様」
はい? 何、そのセリフ。コイツ、絶対、遊んでる。
「ブラビィ、この人が、誰の話も信じないんだよね。この森に入らないようにと言ったことが、気に障ったみたい」
すると、ブラビィは立ち上がり、兵の方に目を向けた。偉そうにしていた彼は……完全に萎縮し、顔面蒼白だ。
「我が主人の言葉を信じないと? ふっ、ならば殺しましょうか」
「ちょ、殺せなんて言ってないでしょ。殺す気なら、ブラビィを呼ばなくても自力でできるよ」
「そうでした。失礼致しました。我が主人は、竜神の力も、天兎の力も使えることを忘れておりました」
ブラビィは、ノリノリなんだよね。
びびらそうぜ、ちびらせようぜ……そんなことばかり、念話してくる。びびらそうはわかるけど、ちびらせようって何なんだよ。
「この森に入らないようにと、説明したいんだよ。だけど、彼は僕の言葉を聞こうとしない。魔導士や建築士の話も聞かないんだ」
「人ならざるモノの話なら、聞くということでしょうか」
ブラビィに睨まれ、兵は失神寸前だ。
「ここに集まっている人達にも、知ってもらいたい。この町全体に、ここが精霊の森であると伝えてくれない?」
すると、ブラビィは、また僕にひざまずいた。
「御意!」
ブラビィは、ぶわっと空に駆け上がり、町をゆっくり飛び始めたみたいだ。
あちこちから、堕天使だ! と騒がれて……楽しそうだね。そして、自分の姿を見せ終えたら、この場所の上空に戻ってきた。
そして、マナを集めている? なんだか、ブラビィが光り始めた。カベルネ村の方も見てるんだよね。何をやってるんだ?
『皆さん、初めまして。新しい町、自由の町デネブに、精霊の森を復活させた主人の命令で、皆さんに語りかけております。私は、堕天使ブラビィ、黒き天兎、お気楽うさぎでございます』
な、何か……広範囲に念話を飛ばしている予感がする。僕は、町にいる人に説明して、って言ったのに。
『自由の町デネブは、偽神獣の討伐戦で焼けたカベルネ村奥の荒れ地に、国王様の命令で作られた新しい町です。悪霊が棲む荒れ地でしたが、王宮の魔導士や建築士の努力で、瞬く間に、町へと生まれ変わりました』
ブラビィは、変な術を使ってるのかな? みんな、空を恍惚とした顔で、見上げている。
『もとは精霊の深き森があった場所です。その昔は神殿が築かれていました。我が主人は、町の一部に精霊の森を復活させました。ですが、精霊達には、すみかを戦場に変えられた恐怖心が強く残っています。だから、皆さん、精霊達が心を開くまで、精霊の森に勝手に立ち入らないでいただきたいのです』
空を見上げている人達が、ポロポロと涙を流し始めた。ブラビィ、一体、何をやってんの。
『我が主人は、精霊師です。精霊とは互いに助け合う関係にある。精霊の森は、我が主人が国王様から託された地にあります。この森を踏み荒らすことは、国王様への反逆行為に等しい。我が主人の従属が、精霊の森の見張りをすることになるでしょう。私も、全力で精霊の森を守ります』
話し終わると、堕天使はパッと姿を消した。
えーっと、どうしよう。観客が、涙を流しながら、空を拝んでいるんだよな。
『ヴァンさん、ありがとうございます。この森への干渉をしようとする者は、いなくなりましたわ』
「精霊シルフィ様、そうなんですか?」
『ええ、この森を焼いた者達の懺悔の念が、数多く届いています。国王様も、詫びておられるようですね』
「えっ? 今の声って、王都にまで届いたのですか」
『堕天使ブラビィ様の姿は空に映っていましたから、おそらく、すべての地に』
ちょ、えっ? 神様が神矢を射るときみたいな映像が、空に映っていたってこと?
『神の姿を空に映すのは、天兎の能力ですから』
精霊シルフィ様は、ふわりと微笑んだ。




