298、自由の町デネブ 〜精霊シルフィの願い
『わぁっ! シルフィの樹が元に戻ったぁ』
風の妖精ピクシーは、僕の周りをクルクルと飛び回りながら、わぁわぁ、きゃぁきゃぁと騒いでいる。
僕の精霊師の技能に、デュラハンが、僕のジョブの印を通じて術を重ねたことで、朽ちた大樹は、元の輝きを取り戻したようだ。
大樹だけではない。この大樹の付近は、原始の森のような深い森に変わった。見たことのない草花も生えている。
この森の精霊や妖精が、復活したみたいだ。この変化は、精霊達の力か。
ここをすみかとしているのは、精霊シルフィ様や妖精ピクシーだけじゃないんだな。
デュラハンの加護が弱まった。いつまでも、まがまがしいオーラを放っているわけにはいかないもんな。
デュラハンの加護が弱まると、精霊シルフィ様は少しホッとしたように見える。闇の精霊となったデュラハンのオーラは、彼女には辛かったのかもしれないな。
「よかったです。ここって、すごく珍しい草花が生えているんですね」
僕は、精霊シルフィ様に話しかけた。だけど、なぜか妖精ピクシーが、立ちはだかるように、僕の目の前に現れた。
『当たり前じゃない! ここは人間が立ち入らないあたし達の森だったんだもの。森が焼けた後は、悪霊の地になったけど』
ピクシーは、僕のまわりをクルクルと飛び回りながら、この場所の説明をしてくれる。この個体は、偽神獣の討伐で、犠牲にならなかったのか。
「ピクシーさんは、悪霊がたくさんいる中で、暮らしていたんですか」
そう尋ねると、彼女は動きを止めた。
『あたしは……あのときは、カベルネの妖精のとこに行っていたの。それに、悪霊だらけのこの場所では眠れない』
そうか、たまたま、まぬがれたんだ。今は、カベルネ村で暮らしてるんだな。
僕がここで広域回復を使った後に、妖精ピクシーは現れた。確かに悪霊になってしまっていたら、こんなすぐに、妖精として復活できないよな。
さっきのデュラハンの特殊な術は例外だけど。
『カベルネ村に行っていたのね』
精霊シルフィの言葉で、ピクシーの表情が変わった。何かオドオドしているようで、様子がおかしい。カベルネ村への出入りを禁じられていたのか。
僕に、すがるような目を向けてくる。助けて欲しいのだろうか。うーむ……。
「そうでしたか。でも、ピクシーさんが無事に生き延びていてよかったです。さっき、僕に声をかけてくれなかったら、僕は、朽ちた大樹には気づかなかったです」
『そ、そうだよー。あたしが、精霊師をここに連れてきたの』
ピクシーは、必死だ。
『そう。まさか、このようなことが起こるなんて、想像もしなかったこと。そうですわね……』
精霊シルフィ様は、カベルネ村の方に視線を移した。凛としていて、美しい。この森の精霊や妖精を統べる存在なのかもしれない。
そして、彼女は、ここの様子を見に来た大勢の人間に、目を向けた。ひとつひとつ探るように見ている。思考を探っているのだろうか。
『精霊師さん、ヴァンさんという名で合っているかしら?』
「あ、はい。僕は、ヴァンといいます」
『そう。この森が戻ったのは、貴方のおかげなのね。随分と狭くなって……多くの人間を導き入れることになってしまったようだけど』
そうか。広いカベルネ村の何倍もある荒れ地は、すべて森林だったんだよな。おそらく、精霊が守る森、人間を寄せ付けない森だったんだ。
「僕は、道のこちら側……この森だった場所の4分の1くらいの荒れ地を畑にするようにと言われて……」
『ヴァンさん、貴方を責めているわけではないわ。おおよその事情はわかりました。貴方が国王から押し付けられたのね。あの獣と争い、焼けた地の管理を』
やはり、すごいな。人々の思考を探って情報を集めたんだ。名持ち精霊だもんな。
「人間の勝手な事情なんですが……この森は、新たな町となりました。奴隷として生きる人達の逃げ場となるような、そんな町を目指して作られるようです」
『そのために、精霊師であるヴァンさんに、悪霊を浄化させたということね。だけど、王宮の使用人達は、貴方を恐れている。貴方自身は、こんなに純粋な人なのにね』
やはり、僕は、猛獣扱いなんだな。
「いろいろありまして……」
僕がそう言うと、精霊シルフィ様は、ふわりと笑みを浮かべた。何かを吹っ切ったかのような表情に見える。
『ヴァンさん、私は、この森を守ることに必死になりすぎていたようですわ。人間はすべて害があるものと考えていました。だから、積極的に人間を受け入れて、共存しようとするカベルネの妖精達に怒りを感じていました』
カベルネ村は、この精霊の森に隣接する村だからか。人間が流れ込んできて、森を破壊することを怖れていたのかな。
『ですが、すべての人間が害になるわけではない。カベルネの妖精達の主張に耳を傾けなかった私を救ってくれたのは……人間であるヴァンさんなのですね』
「えっ、あ、僕の力だけではないです。僕は、ただ……」
『ふふっ、嫌味で言っているのではないわ。自分自身への戒めかしら。人間と共存するべきだと言う者達の言葉を、嫌悪していたもの』
精霊シルフィ様は、遠くを見るような目をした。過去に思いを馳せているのだろうか。
『ここには、昔、神殿があったの。だから、様々な種類の精霊や妖精が暮らしてきた。私はこの地を守っていたわ。そうすれば再び、神殿を建ててくださるかと……。だけど、もうその願いは叶えられないわね』
「あー、人間が……」
話している間にも、道の向こう側には、次々と貴族の別邸が出来ていく。僕に与えられた畑の予定地には、魔法が使えなかったらしく、何も建てられていない。
だけど悪霊を浄化したから、どうなるかはわからない。いったん与えた地を奪うことはないとは言われたけど。
この付近は原始の森のようになっているから、当然、畑にはしない。うーん、荒れ地も草原になり、若い木が生えてるんだよな。畑には……。
『ヴァンさん、あの赤木からこちら側は、精霊や妖精の地にしてもらいたいわ。急に人間との共存と言っても、厳しいと考える者がいるもの。先程の堕天使様は……』
「黒い天兎です。あちこちで妖精をからかって遊んでいるみたいですが」
『ふふっ、やはり天兎。神殿に仕える獣人なのね』
もしかして、彼女は、天兎なら……。
「精霊シルフィ様、あの赤い木の近くに、僕の従属のすみかを作っても構いませんか? あの堕天使……黒い天兎のブラビィは、僕の従属の泥ネズミの世話を焼いているみたいなんです」
『まぁ、ネズミ? 人間に利用されているネズミを……』
あー、ダメか。精霊シルフィ様は、人間が嫌いなんだ。人間に媚びて生きているネズミも無理か。
すると、腰にぶら下がっていた黒い毛玉が、精霊シルフィ様の前にぴょんと、跳んでいった。
「おい、シルフィ、おまえに拒否権があると思うなよ!?」
「ちょ、ブラビィ、何を言ってんの」
「あぁ? この精霊の頭が化石すぎるんだよ。人間と関わってこなかったから、何もわかってねーんだ。なぜ神が神矢を降らせるのか、考えてみろよ。神は、精霊に世界を委ねているんじゃねぇぞ。民が自ら考え、そして生きていくことを望んでいるんだ」
ブラビィが、なんか、すごいことを言ってる。
『堕天使ブラビィ様……申し訳ございません』
精霊シルフィ様が、ガクリとうなだれている。
「ちょ、ブラビィ! その言い方って、ひどいよ」
「うるせぇ、バシッと言わねーと、わからねぇんだよ、コイツらは。それにな、ヴァンが、提案したのは、従えているネズミをこの森に引き入れるためじゃねぇぞ。おまえらを守るためのネズミだ。バカな精霊には、これが人間の行動を縛る方法だと気づかない」
『堕天使ブラビィ様、あの……ネズミは、人間に利用されていて、人間に……』
「あのなー、すべての人間が同じじゃねぇように、すべてのネズミも同じじゃねぇ。もし同じなら、ネズミ達は、ノレアの坊やに従う。ヴァンに近寄ってくるネズミ達は、懐いてるんだよ」
『懐いて……いる?』
「ネズミだけじゃなく精霊も同じだ。デュラハンも、コイツに懐いている。だから、おまえを復活させる術が使えたんだ。じゃなきゃ、おまえは、悪霊と同化していただろーな」
『えっ……私が……』
彼女は、強いショックを受けたようだ。ピクシーから話を聞いていたから、ブラビィの言葉が脅しではないとわかったんだ。
「精霊シルフィ様、たぶんネズミ達が、この森を人間から守ってくれます。ご安心ください」




