295、自由の町デネブ 〜『精霊師』の技能重ね掛け
やはり王宮って最低だよな。悪霊がさまよう土地を、僕に押し付けたいだけか。僕の所有地だと言っているが、悪霊を浄化したら取り上げるつもりだろうか。
「悪霊なら、ノレア神父でも浄化できるはずですよ? 僕には、こんな広大すぎる土地の所有者になんて、務まりません」
僕は、案内してくれていた王宮の魔導士に、そう告げた。
「ヴァンさん、心配はいらない。一旦与えた土地を、王宮が取り上げることはないからな」
「ノレア神父は、悪霊を浄化しても、そこに新たな精霊が大量に生まれるから、使えないとおっしゃっています。ここは森林だったときに、ちょっと癖のある精霊や妖精がいた場所でして……」
王宮の建築士らしき人がそう教えてくれた。案内してくれていた魔導士は、眉をひそめている。余計なことを言うなってことなんだろう。
なるほど……結局、この部分が使えない土地だから、ゲナードの討伐者の所有地ということにして、他を高く売ろうってことか。
ただの悪霊なら、浄化すれば消滅する。ノレア神父がそう言っているのなら、正確には悪霊じゃないんだ。
偽神獣の討伐に巻き込まれて、何かの術を受けたか、力を失って、たださまよっているだけかもしれない。それなら、すぐに復活するか。堕ちた精霊なら、復活に時間がかかるかもしれないけど。
ゲナードの件を収束させた報酬、というわけではないんだな。まぁ、いいけど。
僕としては、畑が欲しいわけではない。ただ、こんな風に、勝手な都合で利用されるのは面白くない。
この町は、奴隷だった人達が集まる町になる。便利な場所だから、貴族も別邸を建てるみたいだ。でもやはり、行き場のない人達の町なんだよな。
よし、切り替えよう。
「わかりました。では自由にさせてもらいます。あの、この町には、どれくらいの貴族が別邸を建てるんですか?」
「ここに来るときに、魔法陣を見ただろう? あれは、場所取り用の魔法陣だ。情報を出したら、王都に屋敷を持たない貴族の予約が、一瞬で埋まったみたいだな。まだ、これから売買があるだろうから、20前後じゃないか」
あー、あの不思議な魔法陣か。20どころじゃなかったはずだ。貴族が多いと、僕が何かを要求すると思ったのかな。
「そうですか。わかりました。これから浄化をしても大丈夫ですか?」
「構わない。あちこちで、いろいろな魔法を使っているが、悪霊の浄化なら、逆に有難いことだからな」
「わかりました」
僕は、スキル『精霊師』の邪霊の分解・消滅を使おうと考えた。闇に堕ちた精霊や妖精を、マナに分解し、再生もしくは消滅させる技能だ。悪霊に使うと消滅するから、ちょうどいい。
『邪霊の分解!』
頭の中に声が響くと同時に、僕の足元に魔法陣が現れた。そして、その魔法陣は、一気に広がっていく。
範囲の指定はしない。僕の力が及ぶ可能な範囲の浄化をしてしまう方がいい。
そして、広がりが止まると、魔法陣は強く光った。
あちこちで、無数の悲鳴が聞こえる。悪霊もかなりいたみたいだな。
僕は、木いちごのエリクサーを口に放り込んだ。そして、次の技能を使う。広域回復だ。
ふわりと、僕は空中に浮かび上った。空中のマナが集まってくる。悪霊がマナに分解されたその光が、僕のまわりを渦巻くように集まってきた。
『さぁ、みんな、大地に戻りなさい!』
僕の声が頭の中に響く。ちょっと恥ずかしい。
すると、僕のまわりに渦巻いていた光が、パッと弾けて大地に降り注いだ。ジョブボードを使って発動したときよりも、派手だな。集めたマナが多いのか。
僕は、スーッと降下していく。
うん、いい循環ができている。邪霊がマナに変換されて、ゆらゆらと立ち昇る淡い光は、空を遊ぶように駆け回り、光の雨となって、大地に降り注いでいる。
僕は、もう一度、木いちごのエリクサーを食べた。うん、やはり、かなりの魔力消費だったな。
「な、何ですか、これは……」
僕を案内してくれた魔導士が、空を見上げて、手を広げている。いや、人間の回復はできないよ?
「精霊師の技能を二つ使いました。邪霊をマナに分解し、そして広域回復によってマナを集めて、大地に戻しています。精霊や妖精の住む環境を一気に改善し……あっ……」
しまった!!
王宮の魔導士が手を加えていない部分が、元の姿を取り戻し始めた。ここは森林だったんだよな。
海側の方の荒れ地には、大地からニョキニョキと木が生えてきた。僕の所有地部分もだ。
「な、なんてことだ! こんな凄まじいチカラを……」
魔導士は、青ざめている。いや、僕も驚いているんだ。シャルドネ村で使ったときには、折れたぶどうの木が修復された程度だったのに。
浄化の魔法陣が消えると、光の雨も消えた。
そうか、邪霊が多い場所で、こんな二つの技能を使ったからだ。相乗効果というか……とんでもないエネルギーが循環したんだ。
木々の成長も止まった。森林というほどではないな。あちこちに、パラパラと若い木が生えている状態だ。
地面は、眩しい緑色のじゅうたんが敷き詰められたかのようだ。空気感もガラッと変わった。
精霊が棲む草原……そんな神聖な雰囲気が漂う。
ピューっと、草の匂いの風が吹いた。
『精霊師、あんた、若いくせに、やるじゃない』
「う、うわぁ、出た〜!」
魔導士や建築士の数人が、驚き、草原に転がっている。
『あたし、オッサンに話しかけてるんじゃないわよ』
声の主の姿は見えない。キョロキョロして見ても、彼らが腰を抜かすようなバケモノの姿なんてないんだけど。
『あはは、お兄さん、上よ』
そう言われて、上を見上げても……何も居ない。
『きゃはは、遅いよー。もう、左! じゃないや、お兄さんの右』
左や右を探しても、いない。もしかして、からかわれているのか? なんだか、リースリングの妖精みたいな雰囲気だな。それなら……。
僕は、草を数本抜いて、正方形のゼリー状のポーションを作った。薬師のレベルが上がったから、草を薬草に改良して、ポーションなら簡単に作れる。
「ポーションなんです。食べてみて」
『ええっ? 雑草を摘んだじゃん』
「僕、薬師のスキルを持ってるんです」
すると目の前に、小さな妖精が現れた。
僕の手のひらに乗り、ゼリー状のポーションを両手でつかんで、かぷりと食べた。
『甘い蜜を入れたの?』
「うーん、甘いですか? 人間が食べるとハーブっぽい爽やかな感じなんですけど」
『花の蜜より甘いわ。もっとちょうだい。シルフィに持って行ってあげなきゃ』
「えっと、貴女は……風の妖精さん?」
『あたしは、ピクシーちゃんだよ。うん、風の妖精。仲間が減っちゃったな』
「ひとりになってしまったんですか?」
『それはないよ。明日には、みんな飛べるかな。でも、シルフィは、ひとりしか居ないの』
「シルフィさんも、風の妖精さん? あ、違う、風の精霊様だ」
『そそ。あー、もう、薬師なら、あんたが来なさい』
僕の手のひらの上で、飛び跳ねる妖精……意外に重い。腕がプルプルしてきた。
「わ、わかったから、暴れないで。腕が痛いよ」
王宮の人達は、何か言いたそうにしているけど、ピクシーに睨まれると目を逸らした。まさか彼らは、こんな小さな妖精に怯えているのだろうか。
『精霊師、こっちに来て』
僕を案内するように、ピクシーは飛んでいく。スピードが速い。
「ちょ、もう少しゆっくり飛んでくれないかな。見失いそうだよ」
『仕方ないわね』
そう言うと、ピクシーは、ツタのような何かを僕の身体に巻き付けた。グンと引っ張られると、僕は空中に浮かんでいる。
そして彼女は、そのまま、道具を運ぶかのように、僕を運んでいく。こんな小さな身体で、どれだけ怪力なんだよ。
いや、風を使っているのか。
木々に当たりそうになっても、まるで木が避けるかのように、ふわりと回避できる。だけど、めちゃくちゃ乱暴だな。拘束されて、振り回されているような気分だ。
『着いたよ』
ドサっと、僕は草原に転がった。ほんと、めちゃくちゃ乱暴だな。
カベルネ村に近い畑、いや、草原だ。切り株のように見える何かに、ピクシーは近寄っていく。朽ちた大樹か。
さっきの広域回復でも、回復できなかったんだ。
『シルフィ、みんな起きたよ? 数が減ったけど……きっとすぐに増えるよ?』
ピクシーは不安げに、朽ちた大樹にしがみついている。
僕は、中を覗いてみて、ギョッとした。精霊がいると思っていたからだ。先入観なく朽ちた大樹を見たら……そういうことか。
この大樹に宿る精霊は、巨大な蟲と化していた。
明日はお休み。
次回は、9月13日(月)に更新予定です。
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