293、カベルネ村 〜ヴァン、宿場町を楽しむ
僕は久しぶりに、懐かしい匂いの中で、目覚めた。土の匂い、そしてぶどうの葉の匂いがする。
昨夜は、あれから食事をして、ラプトルのメンバーのいろいろな武勇伝を聞いたんだ。
ラプトルは、超有名なハンターのパーティだ。凄腕のハンターになりたい僕としては、夢のような時間を過ごすことができた。
ディックさんは、ラプトルの中では中堅のリーダーらしい。面倒見の良さから、新人教育やパーティ内のいざこざを収める世話係をしているそうだ。
また、大規模な狩りのときには、他のパーティと組んだり、臨時の冒険者を仮加入させるのも、彼の仕事だという。
僕が、ハンターに憧れているという話をすると、パーティへと勧誘された。でも、僕は、青ノレアに加入している。だから、臨時で冒険者を集めるときに、声をかけてもらう約束をしたんだ。
カベルネ村は、入り口の近くは、小さな宿場町になっている。デネブ街道の終点にある村だからだそうだ。
村の奥へ進むと、別の街道に繋がっている。村を迂回して行く道もあるけど、村の中を通って別の街道へ向かう旅人が多いそうだ。
だから、昨夜は、王宮の人達と大勢で村に入っても、村人は好意的な雰囲気だったんだな。
僕は、ぶどう畑が見える小さな宿に泊まった。
窓を開け放して眠っていたから、部屋の中は、まるでぶどう畑で昼寝をしたかのような、そんな懐かしい匂いでいっぱいになっている。
『この青年が、泣き虫ヴァンか?』
『シャルドネが言っていた子だろう?』
『昨夜、来たみたいだな』
『シャルドネ村の泉を直したらしいぜ』
『じゃあ、カベルネ村の何を直しに来たんだ?』
『魔導士が、もう何かしていたが』
『この子は、眠っているだけだ』
『疲れていたのだろう』
『あぁ、バケモノ退治をしたからだな』
僕の部屋は、懐かしい匂いだけでなく、妖精もたくさん訪れている。カベルネ村の妖精か。声は、大人の落ち着いた男性のようだ。
僕がベッドから起き上がると、彼らは少し離れたが、ジーっと僕を観察している。
「おはよう。カベルネの妖精さんかな?」
『おぉ、やはり、見えるのだな』
「見えますよ。ジョブ『ソムリエ』なので」
『ソムリエか、珍しいな。この村にもいるが、ジョブ『ソムリエ』はいない』
『だがソムリエなら、俺達の下僕だろう? そんな感じはしないが』
「あー、僕、精霊師のスキルを持ってるんですよ」
『精霊師!? なぜ、あのバケモノを倒せた?』
『精霊は、奴のエサだったよな』
『何か、別の力があるのか』
僕が精霊師だと言うと、彼らは集まって相談を始めたみたいだ。彼らの見た目は、キリッとしていて紳士風だ。やんちゃなガメイの妖精とは、真逆のタイプだな。
だけど、こうやって集まってコソコソ話をするところは、どのぶどうの妖精も同じだ。リースリング村でも、よくこんな光景を見かけた。
コンコン!
「おーい、ヴァン、起きろ。朝メシに行くぞ。美味そうな屋台が出てるぜ」
「あ、はい。すぐ行きます」
僕は、スキル『道化師』の着せかえを使って、服を着替えた。この技能、めちゃくちゃ便利だよな。魔法袋に入っている服に、一瞬で着替えられる。
ディックさん達は、別の宿に泊まったのに、迎えに来てくれたんだ。嬉しい。
「ふわぁ、ねむいな。だが、この村、いい感じだぜ」
「いい匂いがしますね」
昨夜は気づかなかったけど、村には、広い道が通っている。これを真っ直ぐに行けば、村の奥から別の街道に繋がっているそうだ。
広い道沿いに、たくさんの屋台が並んでいる。移動式の屋台みたいだ。その中のひとつで、彼らは足を止めた。
「よし、ここにしようぜ」
パンの焼ける匂いがたまらない。
「いらっしゃいませ。まぁっ、皆さん!」
「朝メシ、6人分だ」
ディックさんがニヤッと笑って、注文をしてお金を払っている。昨夜も、おごってくれたんだよな。
「まぁ、はい、少しお待ちください」
店員さんの一人は、キララさんだ。元気そうでよかった。男の子の姿は見えない。まだ寝ているのかもしれないな。
トレイを受け取り、近くの木のテーブル席に座った。広い道に、適当にテーブルと椅子が並んでいるんだ。
「こういう感じって自由で楽しいよな」
「あ、俺、ワインを買ってくるよ」
ラプトルのメンバーは、自由人だな。朝からワインを飲むんだ。でも、デネブ街道で会ったときは、エールを欲しがっていたのにね。
僕は、パンをかじった。中から肉が出てきた。とろりと煮込んだシチューのようで、絶品だ。
「めちゃくちゃ美味しい! 僕も赤ワインが欲しくなります」
「あはは、ヴァン、たぶんアイツら、人数分買ってくるぜ。おー、ほれ、噂をすれば」
「おすすめされた変な赤ワインを買ってきたよ。なんか、果物が入ってるけど」
ラプトルの人が持ってきたトレイには、大きめのグラスに入った色鮮やかな赤ワイン、いや、サングリアだな。
僕の分も、ちゃんと買ってくれてる。
「ありがとうございます。サングリアですね。朝や軽食にはピッタリです」
「そんなワイン、知らねーぞ」
「赤ワインをベースに、果物やスパイス、そして砂糖などを加えて作るフレーバードワインですよ」
「へぇ、あ、そう言えば、ヴァンはソムリエだったな。忘れてたぜ」
「あはは、僕もたまに忘れています。あまり、ジョブ『ソムリエ』としての仕事をしてないんで……」
「えー、それ、やべーぞ。神官から、指導が入るぜ。まぁ、ヴァンの場合は、それ以外での貢献が大きいから大丈夫か」
えっ、指導される?
あぁ、そうか。ジョブは、神から与えられた役割だ。それをサボっていると、確かに神官から指導がきて、強制的に働かされるんだっけ。
「おっ、美味いな、これ」
サングリアを口にして、ラプトルの人達は上機嫌だ。僕も、ゴクゴクと飲んだ。ぷはぁ、うん、美味しい。このパンとも合うね。
「おかわり、買ってくるよ」
「俺は、肉を焼いてる屋台に行ってくる」
ラプトルの人達は、せわしなく立ち上がる。落ち着きのない子供みたいだな。だけど、みんな、ディックさんの財布から、お金を持っていくんだよね。
「アイツら、ガキかよ」
そう言いつつ、ディックさんは、優しい笑顔だ。
「ヴァン、おまえ、この件で、ここに来たのか?」
ディックさんに、魔道具を見せられた。情報の魔道具だ。
そこには、カベルネ村奥の荒れ地に、王命で新たな町を作ることになったと書かれている。
そして、奴隷とされていた人達の逃げ場として、種族に関係なく受け入れることが大きく記されている。
また、貴族の別邸が売り出されることや、カベルネ村と共存できるようにするために、広大な野菜畑を作ること、さらに、教会や学校もできると書かれている。
「あー、はい。僕は妖精の声を聞くことができるからと、畑の一部をくださるそうです。もちろん、僕は、野菜畑なんてできないですが」
すると、ディックさんは、眉をしかめた。
「なるほどな。ヴァンの名前を利用したいんだろう。あの場所は、偽神獣が暴れた地だから、皆、嫌がって近寄らないんだ。堕ちた精霊や妖精がウヨウヨしているって、言われてるからな」
「えっ? そんな話、初耳です」
「ヴァンは、王宮に利用されたんだよ。ゲナードの討伐に関わったヤバいレア技能持ちの所有する畑があれば、誰もあの場所を恐れないだろうからな」
国王様が、妖精の声を聞くことができると言っていたのは、カベルネ村のぶどうの妖精のことかと思っていた。
そうか、堕ちた精霊……悪霊の声か。
「やはり、王宮って怖いですね……」
「あん? なんだ?」
「僕の知り合いも、王宮勤めを嫌がっていたから……」
そう、ラスクさんだ。彼は、頑なにデュラハンの呪いが消えることを拒んでいた。呪いを受けている者は、王宮勤めができないからなんだよな。
「あぁ、そりゃ、そうだろ。一部の奴らは、王宮で働くことが名誉だとか言っているらしいがな。ヴァンも気をつけろよ? 取り込まれないようにな」
「はい、気をつけます」
そう返事をすると、彼は、力強く頷いてくれた。
「ヴァンが、ここに畑を持つなら、俺達の支店を置いてもいいかもな」
「おぉ! それ、俺も思ってた」
香ばしい肉料理を持って戻ってきたラプトルのメンバーが、むちゃくちゃ嬉しそうな顔をしている。
「えっ、この村にですか?」
「ここは無理だ。だが新しい町なら、早い者勝ちだろ」
そう言うと、ディックさんはニヤッと笑って、魔道具を操作し始めた。
「ヴァンさん、奥の畑に案内します」
突然、王宮の魔導士が、音もなく現れた。




