292、カベルネ村 〜王命
精霊ノレア様の言葉を聞き、国王様が口を開いた。
「奴隷となっている者の学校か? レモネ家が屋敷を改造して、孤児を預かっているはずだな。独立した神官家に教育をさせる上で、さらに学校が必要なのか? 独立した神官家だけでは、面倒をみられないほどの数がいるということか」
国王様は、貴族のひとりに視線を向けた。
「おそれながら、その数はわかりません。獣人奴隷の製造所は、カベルネ村の奥にありましたが、偽神獣の討伐作戦の際に、潰れましたので……」
この人は、ベーレン家か。
「そうだな。あの件で、獣人奴隷を人工的に創り出していることが、明らかになったのだったな」
やはり、カベルネ村って……。
ベネブ街道沿いのワイン屋で会ったキララさんは、カベルネ村の出身だと聞いた。カベルネ村で人工的につくられた獣人なんだ。
偽神獣の王都の一斉討伐のときに、カベルネ村に逃げ込んだ偽神獣がいたのだろう。それで、そんな製造所が発見されたってことか。
水属性の偽神獣も、ガメイ村に現れたもんな。妖精が多くいる場所には、妙な魔道具が仕掛けられていた。カベルネ村にも仕掛けられていてもおかしくない。
ベーレン家、それにレピュール……最低だな。しかし、彼らのすべてが関わっているわけではない。
『私が言いたいのは、数のことではありませんよ。読み書きや計算は、神官家で教えることができるでしょう。しかし、教養については、難しいのではありませんか。美しい物を観て楽しむ心や、神矢の【富】について学ぶ場が、心を育てる上で必要でしょう』
精霊ノレア様は、人工的に作られた特殊な獣人も、普通に生きていけるようにしたいんだ。
「あぁ、なるほど。そういうことか。確かに、奴隷となっている者は、獣人でなくても、捨てられたという暗い過去から、人としての心が育たないことが多いと聞く」
国王様は、奴隷問題に、真剣に向き合う覚悟を決めたようだ。もともと気になっていたみたいだもんな。
「神官三家としても、尽力いたしたく……」
「いや、神官三家は、その前に内部の引き締めが必要だ。独立した者達への対抗心は捨てなさい」
ベーレン家らしき人の言葉を、国王様は、ピシャリと封じた。そして、ノレア神父の方に目を向けた。
「ノレア神父、ここまでの話で、何かありますかな?」
なぜ、彼に意見を求めるんだろう? あっ、そうか。精霊ノレア様は、未熟なノレア神父を神官三家が支え合うという関係を築きたいんだ。
「国王、何のつもりだ?」
「ふっ、やはり、坊やには理解できていないらしい。だが、ノレア神父が、神官三家を統制してくれないと困る。それとも、神官三家を導く役割は、天兎に委ねるか?」
国王様は、彼の性格を熟知しているみたいだ。国王様の言葉で、ノレア神父の表情が変わった。さっきまでは、反抗期の子供のように拗ねていたのにな。
「まさか。天兎などに任せられるわけがないだろう」
ノレア神父は、天兎のぷぅちゃんをギロリと睨んだ。睨まれたぷぅちゃんは素知らぬふりをしている。ぷぅちゃんの方が大人だな。
「おい、神官三家を集めるぞ。さっさと準備をしろ」
そう言うと、ノレア神父は、謁見室から出て行った。
「我々は、お先に失礼します」
神官三家らしき人達が、国王様に頭を下げている。
「ここでの話は、すべて内密に。よいな?」
国王様は、彼らにそう命じた。僕やぷぅちゃんのことを言われているのだろう。
彼らは、僕達をチラッと見て、軽く会釈をしている。魔道具メガネは、そんな彼らをリラックスした色に見せている。この場から出て行くことに、ホッとしているらしい。
「精霊ノレアは、彼を使えと、ワシに言っているのだな?」
神官達が出て行くと、残ったのは貴族だ。国王様は、なぜか、貴族に問いかけているようだ。
「国王、カベルネ村の調査でしょうか」
「いや、それは済んでいる。奥の施設や獣人を住まわせていた辺りは、今は荒れ地となっている。ふむ、そうじゃな。あの場所を使うとしようか」
国王様は、側近に何かの指示をしている。すると側近は、すぐに部屋から出て行った。
「ヴァン、カベルネ村に向かってもらえるか?」
国王様は、僕を真っ直ぐ見つめて、そう言った。断れるわけがない。
「はい、かしこまりました。調査でないなら……」
何をしに行くんだ?
「うむ。カベルネ村は、勝手に地形を変えられてしまったのだ。妙な製造所を建てる際に、奥の森林を切り崩し、当初の数倍の広さになっている。その跡地に、奴隷となっている者達の教育施設を作ろうと思う」
「あの、僕には、大きな建物を作る技能はないですけど」
国王様は、一瞬首を傾げ、笑い出した。
「ガハハ、そのようなことは得意とする者が多くいる。ヴァンに頼みたいのは、その地を守ることだ。再び愚か者に好き勝手されないようにな」
「えっ? い、いや、あの僕には、そんな……」
無理無理むりむりむり〜!
「広大な土地だ。別邸を築く貴族も多く現れるだろう。それに教会も必要だ。奴隷となっていた者達も、仕事があれば、食い物に困らない。その一部に、ヴァンに畑を与えようと思う」
「畑ですか? 農家のスキルはないのですが……」
「妖精の声は聞けるだろう? 多くの民が住むことになる。自給自足ができるように畑が必要だ。ヴァンが出入りするとなれば、王都から妙な奴らは来ないだろう」
国王様の言葉に、貴族の人達は、大きく頷いている。
「ヴァンさんのような恐ろし……コホン、えー、有能な人が所有する畑のある村には、妙な施設を築くことも不可能でしょうな」
僕は、猛獣扱いか?
「でも、僕は、畑は……」
「別に、直接、畑仕事をする必要はない。国王様は、ゲナードを倒したキミの名前が必要だとおっしゃっている」
すると、天兎のぷぅちゃんが、その貴族をギロッと睨んだ。
「僕が倒したわけではないですけど……」
「畑は、ギルドにミッションを依頼すれば良い。それを奴隷だった者が受注すれば、上手く回っていくからな」
あ、確かに。
「伝令が完了しました。王宮仕えの建築士と魔導士の準備も整いました」
側近の人が戻ってきた。ぞろぞろと20人以上の人が部屋に入ってきて、国王様に頭を下げている。
「ふむ。では、ヴァン、彼らと共に行ってくれ。別邸を築きたい貴族や、教会を作る神官も、順次向かわせる」
「はい、かしこまりました」
天兎のぷぅちゃんは、僕にひらひらと手を振っている。うん? さっさと帰りたいんじゃなかったのか?
精霊ノレア様が、僕に、やわらかな微笑みを向けている。あー、ぷぅちゃんは、ノレア様と話があるのか。あの神殿に立ち寄るつもりなのかな。
「では、参りますよ」
魔導士らしき人が、そう言うと、僕達は転移の光に包まれた。
◇◇◇
「ここが、カベルネ村の入り口になります」
僕達が転移してきたのは、のどかな雰囲気の村の門の前だ。僕は、魔道具メガネを外した。
やはり、魔道具メガネはない方がいいよな。僕の姿が変わったことで、一緒に転移してきた王宮の人達は、少し驚いたみたいだけど。
ここが、カベルネ村かぁ。
シャルドネ村に隣接しているのに、随分と違うんだな。シャルドネ村は、入り口付近は街のようになっていたけど。
僕は、彼らについて、村へと入っていった。
もう、空は真っ暗だ。
夜中に、こんな大人数で入って行っても、村の住人は驚く様子はない。逆に、歓迎するかのように、門の近くにいた人は、にこやかに会釈してくれた。
「遅かったな、ヴァン。もう、夜中だぜ?」
ふいに声をかけられて、小さな小屋の方に目を移すと、そこには、ラプトルのメンバーの人達がいた。
ごはん屋なのだろうか。小屋からは、賑やかな声が聞こえてくる。彼らは、テラス席のような場所で飲んでいたらしい。
「ディックさん! えーっと、キララさんや男の子は……」
「もう、寝たに決まっているだろ。その先に、獣人を保護している屋敷があるんだよ。坊やが眠っちまったからな。一緒に泊まって行くみたいだぜ」
「そう、でしたか」
「しかし、まぁ、いやはや……」
ディックさんは、魔道具をかかげて僕に見せた。えーっと、どこまでバレているんだろう?
「ヴァンさん、今夜は遅いですから、お休みください。我々の仕事は、朝までには済ませておきます」
そう言うと、王宮の人達は、奥へと去っていった。気を遣ってくれたのだろうか。
「王宮の奴らか?」
「ちょっと頼まれごとがあって……」
「ふぅん、まぁ、いいや。飯はまだだろ? ここに座れや」
「はい、喜んで」




