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290、王都シリウス 〜ヴァン、語る

「フン、奪い返されないように、さっさと退散しやがったな。デュラハンは、おまえに似てきたんじゃねーか?」


 天兎のハンターぷぅちゃんは、ニヤニヤと笑いながら、僕をからかうようなことを言っている。だけど、意味がわからない。


「どういう意味? ずる賢いってこと?」


「は? 小心者ってことだろ」


「ははは、あっそ」


 ぷぅちゃんの毒舌には、かわいた笑いしかできないな。



 僕達のやり取りを、謁見室では、国王様や近衛兵はもちろんのこと、ノレア神父も、引きつった顔で眺めている。


 精霊ノレア様だけは、やわらかな笑みを浮かべているんだけど……こんな場所で失礼だよな。



「デュラハンに首が戻ったから、ゲナード達も、そのうち消滅するだろ。もう、今後一切、オレに面倒なことをさせるんじゃねーぞ。じゃ、帰るか」


 天兎のぷぅちゃんは、国王様達に背を向けた。えっ、ちょ、失礼じゃないの?



『お待ちください、天兎のハンター』


 精霊ノレア様が、ぷぅちゃんを呼び止めた。だよね、さすがに失礼な行動だ。いや、でも、天兎だからいいのか。


「何? おまえは、坊やの再教育をしろよ。ヴァンに暗殺者を差し向けるのも、いい加減にしろ。オレの眷属けんぞくが始末することになるだけだ。いちいち、報告が届くから、ウザいんだよ」


 ブラビィは、ぷぅちゃんに報告をしているのか。知らなかった。


『今はヴァンさんが主人だとしても、眷属を創り出した貴方には、目立つ行動の情報は自然に届くのでしょう。その点については、息子とキチンと話をします』


 精霊ノレア様は、僕の疑問に答えるように話してくれている。そっか、勝手に連絡されてしまうのか。


 黒い天兎を創り出したぷぅちゃんには、眷属が悪さをしないように、監視する責任があるのかもしれない。


「その言葉、忘れるなよ。じゃ」


 ぷぅちゃんは、スタスタと扉の方へと歩いていく。僕は、精霊ノレア様や国王様達に頭を下げ、ぷぅちゃんを追いかけた。


 失礼だとは思いつつも、こんな場所に置いていかれてはたまらない。



「お待ちください、天兎のハンター」


 今度は国王様が、ぷぅちゃんを呼び止めた。そして、彼はこちらに歩いてくる。


 ぷぅちゃんが出て行かないようにするためか、扉の前には、近衛兵が立ちはだかった。


「おまえら、オレの邪魔をする気? いい度胸をしているじゃねーか」


 ぷぅちゃんに睨まれると、近衛兵は青ざめた。ゲナードを殺してしまうほどだもんな。だけど、天兎のハンターは、人間への攻撃力は低いらしい。そこは知られていないのか。


 天兎って、役割ごとに能力が、ほんとバラバラだよね。


 堕天使のブラビィは、ぷぅちゃんほどの神獣に対する攻撃力はないけど、人間に対しても攻撃力は変わらないみたいだ。あー、ブラビィの場合は、偽神獣だったから、人間への攻撃力も高いのか。



「天兎のハンター、先程のお話ですが、貴方をわずらわせないようにというのは、具体的に何を改善すれば良いのでしょうか」


 国王様は、ぷぅちゃんに丁寧な言葉で、問いかけた。そんな、具体的なことなんて、ぷぅちゃんは考えていないだろう。フロリスちゃんから離れることに、ぷぅちゃんはイラついているだけだ。


「は? 国王のくせに、そんなこともわかってねーのか」


「ワシの考えの及ばない点を、教えていただきたい」


 どうするんだ? ぷぅちゃんの方こそ、何も考えてないよな。僕がそう思っていると、彼のジト目が僕に向いた。


「フン、じゃあ、教えてやる」


 ぷぅちゃんは、クルリと部屋の方を向いた。そして、精霊ノレア様をチラッと見て、貴族や神官家の人達に視線を移した。



「精霊ノレアが理想とする世界を築くつもりなら、腐った神官三家と貴族の浄化、そして奴隷の廃止だな」


 えっ? ぷぅちゃんがまともなことを言った。


「神官三家と貴族の浄化とは、具体的には……」


「は? 国王、おまえ、バカだろ。言葉通りだよ。貴族はドロドロの後継争いで、どれだけ無意味に人間を殺してるか知らねーのか。神官三家は言うまでもねーだろ。まともな奴は、独立しようとする。その独立しようとする神官を徹底的に殺そうとするじゃねーか」


 ぷぅちゃんが、めちゃくちゃまともなことを言った。


「貴族の家の後継争いは、より優秀な者が家を継ぐための行動です。しかし、死なせてしまうことはないでしょう? 教会へ追放するという話は聞きますが……」


 国王様は、知らないんだ。


「は? 国王、おまえ、何も知らないのか。バカを通り越して、滑稽だな」


 ちょ、ぷぅちゃん、言い過ぎ……。ぷぅちゃんの目つきが変わった。恨みを含むような、あやうい輝きだ。


「天兎のハンター、いや、それは……」


 国王様は、ぷぅちゃんの放つ怒りに、戸惑い、そして怯えているようだ。理由がわからないから、か。


 ぷぅちゃんの主人フロリスちゃんは、今も命を狙われている。何より、フロリスちゃんの母親サラ奥様は、後継争いの標的にされて殺されたんだ。


 母親の死により、フロリスちゃんは孤独になった。何も食べられなくなった。まだ、ほんの3歳だった少女は、人形のように、感情さえも失ったんだ。


 だけど、天兎をペットにしたことで、少女は変わった。ぷぅちゃんを守るために自分が強くなろうと、努力を始めたんだ。


 ぷぅちゃんは、そんな少女に育てられ、幼体から成体へと成長した。ぷぅちゃんも、少女を守りたかったんだろう。だから、天兎のハンターの役割を得たんだと思う。



 しばらく、沈黙が流れた。


 ぷぅちゃんは、フロリスちゃんの話をする気はないようだ。いや、話せないのか。


 ふと、精霊ノレア様が僕を見ていることに気づいた。あー、いま、考えていたことを覗かれてしまったか。



『ヴァンさん、私には見えません。天兎のハンターが……いえ、堕天使が、貴方の一部を隠すのですね。特殊な事情があるということを察します』


 精霊ノレア様は、僕に説明を求めているのか。仕方ない、ぷぅちゃんを傷つけないように、話すか。



「精霊ノレア様、そして国王様、僕は、これまでにいろいろなことを見てきました。少しお話します」


 話し始めると、国王様は僕の方を向いた。貴族や、神官らしき人達には、何かを恐れるように目を伏せた人もいる。


「僕が親しくしているある友達は、貴族の家に生まれました。彼は後継争いから、教会へ捨てられそうになっていたんです。その彼と一緒に行動していると、命を狙われることもありました。でも、彼の場合は、まだマシな状況だったんです」


 ここまでは、国王様も知っているか。軽く頷いて聞いてくれている。


「僕は、派遣執事として、いくつかの貴族の屋敷で仕事をしてきました。その中には、後継争いのない家もありました。でも多くは、激しい後継争いにより、毒を盛られたり、何かを装って暗殺者が来たり……という事件が毎日、しかも何度も起こる家もありました」


 すると、国王様は信じられないという表情に変わった。


「また、神官三家も酷いですよね。スピカの街の多くの人を謎の魔力切れで殺し、その犯人としてとある者を討伐しようとしたこともあります。また、ボックス山脈の水脈を毒で汚染した。これらは、トロッケン家です」


 あの魚の事件は、デュラハンを犯人に仕立てたんだ。その後のことは、知らない。自分達には自浄作用があるとトロッケン家の人が言っていたが、解決されたのだろうか。


「偽神獣や蟲、さらに土ネズミも……人工的に創り出して、この神官三家のトップに立とうとしたベーレン家にも呆れます。巨大冒険者パーティを使って、大量に精霊や妖精を捕獲して、偽神獣のエサにした。これは、ゲナードに操られていたようですが」


 みんな頷いている。数人が顔面蒼白だな。


「アウスレーゼ家はまともかと思っていましたが、違いました。ゲナードが神官に化けて入り込んでいたためか、独立思考の人に、暗殺者を大量投入していましたね」


 すると、一人が口を開いた。


「アウスレーゼ家に、そのようなことはありえない」


 ふぅん、知らないのか。


「北の方の宿屋での件をご存知ないですか? アウスレーゼ家の神官数人が、王宮兵によって捕らわれたはずですが」


「そんなでたらめを……」


「手をまわして逃れたのなら、再び捕らえるだけです。僕は、裏ギルドにも出入りしているんですよ。ピオンという名をご存知ですか?」


 僕は、魔道具メガネをかけた。僕の見た目が変わる。さっき、この場に入ってきたときには気づかなかったらしい。でも、その名を名乗ると……。


「まさか、暗殺者ピオン!?」



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