29、ボックス山脈 〜すさまじい剣技の男
『子供が何か投げてきたぞ』
『甘い匂いの物だ。ワシらを恐れているのに、この行動は何だ?』
『毒か? 許さんぞ!』
『まぁ、待て。草を抜いていたぞ。この付近に毒草はない』
用心深いんだな。興味を持っていたくせに食べないんだ。だけど、牙を見せている個体もいる。毒だと思われたら、やっぱり殺されるか。
僕は、手元にまだまだ残っていた、正方形のゼリー状のポーションを食べてみせた。あっ、薬草の根っこもそのまま使ったから、少し土臭さがある。水魔法で洗ってから作る方がよさそうだな。僕は、頭の中の調薬方法を修正した。
うん、これでもう一度作ってみよう。
先程と同じように、農家の技能を使って薬草を引き抜き、ゼリー状のポーションをたくさん作った。そして、ひとつ試食した。うん、土臭さは消えている。僕は、土臭くないゼリー状のポーションを魔法袋に入れた。
土臭いポーションは、いらないな。放っておこう。
『これは、傷薬か』
『だからあの子供は、血で汚れているのに元気なんだな』
『おまえが怪我をしていることに気づいたんじゃないか』
『子供の薬か。妙に甘いな』
『優しい子供じゃないか。怯えながらも、放り投げてくるなんて』
『いや、アイツの怪我を見つけたんじゃないか』
『この数だ、ワシらの多くが傷ついていることがわかったのだろう』
『子供がまた移動したぞ。落ち着きのない子だ』
『あっ、傷薬を置いていったみたいだ』
『ワシらへの貢ぎ物か?』
ヒョウのような魔物達は、ゼリー状のポーションを食べて、なんだか勝手な想像をしてるみたいだ。いらないから放っておいただけなのに。
マルクは無事だろうか。
マルクの位置が、さっきから少し動いていることがわかった。怪我をしていないだろうか。ぶどうのエリクサーを持っているはずだけど、エリクサーでは、魔石持ちの毒は治せない。
一瞬で見えなかったけど、僕を崖から払い落としたのは、ドラゴンだったのかな。ここにいる魔物が、トカゲだと言っていた。ただのトカゲなわけがない。ドラゴンでなければ、魔石持ちのトカゲか。
僕は、崖の斜面をチラッと見た。魔石持ちの毒を解毒する毒消し薬を作るには、超薬草が必要だ。
この崖に生える超薬草を摘みたいけど、引き抜く技能を使うと、再び生えなくなるよな。貴重なものは、根こそぎ引き抜くのは良くない。
仕方ない、よじ登るか。
僕は、崖を登り、超薬草をつかんだ。根を抜いてしまわないように気をつけて摘んだ。こ、これは、虹花草だ、すごい!
虹花草は、調薬の方法によって、七変化する超薬草だ。七つに効用が変化する、とても使いやすい万能な薬草なんだ。
さらに横の方に手を伸ばして、摘んでは魔法袋へと入れていった。魔法袋があってよかった。何かを持ったまま、崖を移動なんて、できない。
ズルッ
えっ!? 左足が草で滑った。また、落ちる。
僕は、衝撃に備えた。だが、予想した衝撃はこなかった。何が起こったんだ? 僕の思考は一瞬停止した。
僕は、温かい何かの上に乗っている。
『やはり子供は落ち着きがない』
『うまく捕まえたな』
僕は頭から血の気が引いた。
そうだ……バランスを崩したとき、何かに引っかかった後に浮遊感を感じた。あれは、魔物にくわえられて、魔物の背に放り投げられたんだ。
どうしよう。
この魔物は歩いている。他の奴らも歩いている。すみかに連れて行かれるのか。でも……。
『子供の様子はどうだ?』
『驚いているようだな。必死にしがみついているぞ』
あっ、確かに僕は、魔物を耳をつかんでいる。
『懐かれたか? ワシはコイツを喰おうとしたのに、妙な縁だな』
『口を開けて固まっているから、何かと思ったぞ』
『ただのエサかと思ったんだ。危なかった』
僕は……僕を喰おうと大口を開けていた個体に乗っているのか。しかも、懐かれたとか言っている。もう、涙も乾いているのに?
そういえば、あの技能には、効果時間の記載がなかったっけ。家に帰れなくて泣く……ということは、帰るまでは有効なのかな。
この個体は、僕が落ちそうになると、ポンと身体を弾ませて僕の位置を修正している。気を遣ってくれているのか?
どこに行く気なんだろう?
あ、さっき、ぐるりと回ったら崖の上へ行けるようなことを言っていたっけ。もしかしたら、連れて行ってくれるの?
でも、人間が撒いた毒がどうとか言っていたな。もしかすると、アリアさんが集めさせた毒を使ったのか。
しばらく進むと、魔物は、急に話さなくなった。警戒しているようだ。僕を運ぶ魔物の後方にいた数体が、前方へと駆け出した。うわ〜、めちゃくちゃ速い! 一瞬で見えなくなって……えっ?
魔物達は、足を止めた。
何かが走ってくる。すると、数体の魔物が駆け出した。それと同時に、僕を乗せた個体はくるりと方向を変えて、来た道を戻り始めた。
ドォゥゥン!
草原に響く破壊音。振り向くと、魔物達が吹き飛ばされていた。魔法じゃない。すさまじい剣技だ。
何? 人間?
すると、再び、魔物が足を止めた。前を向くとそこには、大きな太刀を持つひとりの男がいた。
ばちりと目が合った。
でも、その男は、構わず太刀を構えた。さっきのような剣技を使う気!?
「ちょっと、待ってください!」
僕は力の限り叫んだ。すると、その男は、片眉をピクリとあげ、僕を睨みつけた。すごい眼力だ。でも、ここで引き下がると、僕はこの男に殺される。
「何が目的ですか!!」
僕が再び叫ぶと、凍えるような冷たい目を向けられた。
「理由もなく、人を殺す気ですか!」
「は? おまえ、人間か? あー、魔獣使いか。死にたくないなら、ビードロから降りろよ」
「ビードロ?」
「おまえが乗っている獣系の魔物だ」
「強いんですか、コイツら」
「は? こんなザコが強いのかだと? フン、おまえよりは強いだろうな。おまえのような……あぁ? なんだおまえ?」
この男は、僕の何かが見えるのだろうか?
「とりあえず、太刀を向けないでもらえませんか」
「剣をおろしたら、そいつらは俺に襲い掛かってくるだろうが。おまえ、俺を殺せるとでも思っているのか」
「そんなこと思ってません。太刀を向けられると話ができないじゃないですか」
「話してるじゃねぇか。おまえ、ビードロを操れてねぇだろ」
操る? 魔獣使いだからか。中級にそんな技能なんてないよ。この人、わかってるのかわかってないのか……なんだかチグハグすぎる。
「操るって何ですか」
「は? お友達か? 従属関係は、なさげだな」
「従属って何ですか! この個体は、僕を助けてくれようとしているんです。それを友達だというなら、友達かもしれないけど……えっ!?」
僕の身体から、淡い光が放たれている。そして、僕を乗せている個体にその光が吸い込まれていった。ちょ、な、何?
あ、友達って言ったから、友達の技能が発動した?
「なんだ、今頃使ったのか。おまえの使役獣でも、俺には関係のないことだ」
「使役獣って何ですか! さっきから言っているように、この個体は、僕を助けようとしてくれているんです。他の魔物達も、みんな優しい。僕は、いつ喰われるかとビクビクしていたけど、僕を崖の上に戻そうとしてくれているんです」
「魔物と、お友達ごっこか? どうせ使役するなら、もっと有能な魔物にすべきだ。俺が始末してやる」
「貴方は、コイツらをザコだと言いましたよね? ザコを惨殺して楽しいんですか!」
「は? 何を熱くなっているんだ?」
「コイツらを殺せと、誰かに依頼されたんですか!?」
「いや。俺は、適当に時間を潰しているだけだ。断れないミッションでな」
アリアさんが雇った冒険者か。
「トロッケン家ですか。毒を撒いて、魔物を効率よく狩るというやり方が正しいとは思えません。善人と悪人がいるように、魔物にも、友好的なものと、害になるものがいます。すべて同じように始末しようとするのは、おかしいと思いませんか!」
「ふん、トロッケン家を批判か。いい度胸だな」
やばっ……。だけど、その男は、ニヤッと笑った。
「そんなことでは、貴族に嫌われるぞ、ソムリエ。いや、逆に、貴族に気に入られるか。ハハハハッ」
そう言うと、男はスッと消えた。転移魔法だ。見逃してくれたんだ。僕のジョブのことは、なぜわかったんだろう? そんなサーチ魔法なんて、聞いたことがない。
「やはり、坊やは、話せるじゃないか」
「えっ?」
僕を乗せている個体が、普通に喋った。頭に直接響くような不思議な声ではない。音として普通に聞こえる。
一体、何が起こったんだよ?