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289、王都シリウス 〜デュラハンの首

 ノレア神父は、悔しそうに……いや、恨めしそうに僕を睨んだ。天兎のぷぅちゃんの提案に従うしか、自分の安全を守る方法はないからか。


 デュラハンに首が戻れば、力が増すことになるだろう。そうすれば、堕ちた神獣ゲナード達を覆う邪気のない闇も、強度が上がるのかもしれない。


 だけど、なぜ、天兎のぷぅちゃんは、そんな、デュラハンを助けるような提案をしたのだろう? 


 別に今のままでも、そのうちゲナードは消滅するんだよな? 闇の精霊達がデュラハンの術を維持するって、ぷぅちゃんは言っていたのに……。


 僕の考えが見えているはずのぷぅちゃんは、素知らぬ顔をしている。デュラハンと何か約束があるのだろうか。



「デュラハンに首を渡すと、奴は……」


 ノレア神父は、何かを言いかけたけど、謁見室から出て行ってしまった。



『息子がデュラハンの首を隠していたのは、以前のデュラハンの行動によるものです。ヴァンさん、貴方は精霊師として、デュラハンをキチンと管理できますか』


 精霊ノレア様は、静かな……しかし少し威圧感のある声で、僕に尋ねた。先程までのやわらかな雰囲気ではない。凛とした強さのある眼差しに、僕はピリッと緊張した。



「精霊ノレア様、僕にはデュラハンを管理するなんてことはできません。ご覧のとおり、僕は戦闘力も冒険者としては低いですし、力で抑えることなどできません」


 僕の素直な気持ちだ。精霊ノレア様は、残念そうな表情を浮かべたように見えた。


 マズイな……。デュラハンの首を返してもらえなくなるか。でも、デュラハンの管理だなんて、僕にはできない。逆に、いつも加護で助けてもらっているだけなんだから。


『それなら、なぜ天兎は、そのような提案をしたのでしょう?』


 えっ? そんなこと、知らない。


 ぷぅちゃんの方を見ても、やはり素知らぬフリをしている。なぜ? 理由なんて……。


「精霊ノレア様、それは僕にはわかりません。デュラハンが、いつも騒いでいるからでしょうか」


『デュラハンが騒いでいる、とは?』


「えっと……王都に来たときには特に、彼は、王宮に首があるから取りに行くぞとか、しつこく、うるさかったので……」


 あ、あれ? 失言だったか。精霊ノレア様は、なんだか驚いた顔をしている。天兎のぷぅちゃんは、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべているんだよな。ほんと、性格悪いよね。


 なんだか、まわりの貴族もコソコソと話をしている。



 すると、国王様が口を開いた。


「デュラハンが、キミにそんなことを話しかけているのか」


「えっ、あ、はい。王宮が見える場所を歩いていたときは、特にしつこくて……見えなくなると諦めるんですが、何かのときには報酬で首を取ってこいとか……。あ、あの……だから、僕には、デュラハンの管理なんて、できません。逆に、世話になっているというか、助けられることばかりなので……」


 いやいや、何? また、失言? 国王様は、怪訝な表情だ。でも、嘘をつくのもおかしいし……。嘘をついても、精霊ノレア様にはバレてしまうんだから。



『ヴァンさん、心配はいりませんよ。皆は、驚いているだけです。デュラハンがそのように、人と普通の会話をするなんて……しかも、助けられているとヴァンさんが感じることにも驚きました』


 精霊ノレア様は、やわらかな笑みに戻っている。


「そう、なんですか?」


 デュラハンは、初めて会ったときな近寄りがたい感じだったな。すべての人間を敵視し、誰も寄せ付けないような孤独な雰囲気だった。


 それに多くの人に、呪いを撒き散らしてたんだよな。黒石峠で、あのとき僕は初めて、精霊憑依を使ったんだ。なんだか懐かしい。


『まさか、デュラハンを手懐ける精霊師が現れるとは、思いませんでしたよ』


「いえ、別にそんな……」


 手懐けているわけじゃない。精霊師は、精霊や妖精とは、相互に助け合う関係だ。僕にそれができているかはわからないけど……信頼して欲しいという気持ちはある。もちろん、僕は、精霊様達を絶対的に信頼している。




 貴族達の視線が扉の方に向いた。悔しそうな表情で立つ、ノレア神父がいる。


 近衛兵が、台車を押している。謁見室に、大きな金庫のようなものが運ばれてきた。あの中にデュラハンの首を入れてあるのか。


「は? おまえら、デュラハンの首で、そんなもんを作ったのか。バカじゃねーの?」


 天兎のぷぅちゃんの毒舌は……誰にも止められない。うん? 作った? まさか、デュラハンの首を素材にして金庫を作ったのか?


「隠すには、これが最適だろう? それに、盗賊に盗まれることもなかった。これに素手で触れるとデュラハンの呪いがかけられるからな」


 ノレア神父は、得意げに話すが……最低だな。もう、デュラハンの首はないんだ。


「金庫の開け閉めの度に、呪術士を呼んでいるのだろう? ノレアの坊や、おまえ、とんでもないバカだな」


 そうか、おそらく、誰が触れても呪いがかかるのか。運んできた近衛兵も一人、様子がおかしい。ノレア神父には、呪いは解けないのか?



 僕は、呪いを受けたらしい近衛兵に近寄った。額に脂汗がにじんでいる。金庫を台車に乗せるために、胸を使ってしまったらしい。


「あの、ちょっと上着の前を開けてください」


 彼は、肩で息をしている。薬師の目を使ってみたが、怪我はない。しかし、呼吸が苦しそうだ。


「い、いえ、あの」


「デュラハンは、僕の契約する妖精ですから。ちょっと失礼しますよ」


 彼の上着の隙間に手を入れ、呪いを解除しようとイメージしながら、肌に触れた。淡く黒い光を放ち、呪いは消え去ったようだ。


「えっ? 苦しくない」


「ふふっ、よかったです」



 僕は、金庫に触れてみた。金庫全体ではないんだな。部分的に、デュラハンの鎧と同じ素材が見える。ひどい……人間でいえば、頭を切り刻んで張り付けてあるようなものだ。



「おまえが返せと言うが、もはや、奴の首はないんだよ」


 ノレア神父は、少しオドオドしながらも、僕にそんなことを言っている。彼は、精霊師を集めている。それなら、精霊師の技能は、わかっているはずだよな?


「ノレア様、返してもらいますよ」


「は? 金庫は渡せぬぞ」


 何を言ってるんだよ?


 僕は、妖精の回復をしようとイメージした。シャルドネ村で使った広域回復の縮小版だ。マナも集める必要はない。形を変えてしまったデュラハンの兜の再生だ。


 ふわりとわずかに身体が浮いた。そして、僕に光が集まってくる。王宮内のマナを集めてしまったのかもしれない。


 デュラハンの気配の残る部分に触れた。すると、僕の身体から放たれた淡い光が金庫を包み、その光は徐々にまがまがしいオーラを放ち始めた。


 初めて会ったとき、デュラハンはこんな感じだったな。確か、僕がぶどうのエリクサーで回復したんだっけ。



 コロン


 かわいた音を立てて、黒光りのする兜が、金庫の上に現れた。これでいいのかな?



「あの、国王様、本人を呼び出してみても構いませんか? これで合っているか、確かめたいんですが」


「なっ? なんと……ここに、卑しきアンデッドを召喚すると申すか?」


 えっ……アンデッド……。


「精霊ノレア、この国の国王は、こんなバカでいいのか? 主人のいる妖精は、堕ちることはない。アンデッドになるわけがねーんだが?」


 天兎のぷぅちゃんも、カチンときたらしい。ぷぅちゃんの言葉に、国王様は、慌てている。


『天兎のハンター、国王は、ご自分の想像を超えた現象には、対処能力が低いのです。これまでのデュラハンの悪名が高すぎたのでしょう』


 ぷぅちゃんは、フンと鼻を鳴らして不機嫌だよな。まぁ、いつも不機嫌なんだけど。



「国王様、構いませんか? デュラハンは、悪霊ではありません。妖精です」


 僕は、再び尋ねると、国王様は、かすかに頷いた。デュラハンさん、お許しが出たよ。



『デュラハン、召喚!』



 僕の身体に魔法陣が現れた。そして、ヌーっと鎧騎士が出てくると、近衛兵達は剣に手をかけた。無意識なんだろうけど……。



「デュラハンさん、これでどう? 合ってる?」


「あぁ、奪われた頃の古い記憶が詰まっているようだな。やはり、首は、ノレアの坊やが奪わせたみたいだな」


「そっか」


 まわりの貴族や神官達は、デュラハンを警戒している。まがまがしいオーラだもんな。



 デュラハンは、僕から首を受け取ると、脇に抱えた。


「あれ? なぜ抱えるの? 復元がイマイチ? 頭につけられないのかな」


「は? おまえ、何を言ってるんだ? 脇に抱えるのが、オレのスタイルだ」


 そう言うとデュラハンは、スッと姿を消した。



明日、日曜日はお休み。

次回は、9月6日(月)に更新予定です。

よろしくお願いします。

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