287、王都シリウス 〜王宮の中の神殿
僕は、いま、王都の王宮内にいる。
あの湿原から、王宮内の教会前に直接、ぷぅちゃんの転移魔法で移動したものだから、瞬時に王宮の兵に囲まれてしまったんだ。僕達は、突然現れた不審な侵入者だもんな。
僕は、念のため、見た目を変えている。
クリスティさんから、王都に入るときは、魔道具メガネをかけるようにと言われていた。だから僕は、転移の前に、魔道具メガネをかけたんだ。
天兎のぷぅちゃんは、僕の見た目が変わっても特に何も言わず、そのまま転移魔法を使った。だから僕は、ベーレン家の血筋のイケメンに見える姿で、いま、ここにいるんだ。
魔道具メガネは、僕の姿を変えるだけでなく、サーチを完全に弾く。そして、僕の目に映る人を色分けする。
だけど、ぷぅちゃんには色がつかない。天兎は、魔道具メガネのレベルを超えた存在なんだな。
「何者だ!?」
兵にぐるっと囲まれて、僕は冷や汗が出てきた。でも、魔道具メガネは、そんな僕の表情も隠してくれる。おそらく、何事にも動じないクールな顔をしているんだろうな。
ぷぅちゃんは、超イケメンな天兎のハンターの姿だ。普通の人間じゃないとわかるはずなのに、兵は剣を向けているんだよな。
「ノレアが来いと言ったから、来てやったんだが?」
ぷぅちゃんの威圧的な態度に、兵は、僕達への警戒を強めた。こういうとき、魔道具メガネは便利だな。どの兵が冷静で、どの兵がビビっているかも、よくわかる。
「二人とも、サーチを弾くぞ」
「ゲナード達の新たな姿か」
兵がザワザワし始めた。
「ふん、あんな悪霊に見えるのか。おまえら、クズだな」
「な、なんだと!?」
もしかして、ぷぅちゃんは、わざと兵を怒らせるようなことを言っている? クズだと言いながらも、ぷぅちゃんの表情に怒りはない。逆に、楽しんでいるようにも見える。
仕方ない……僕が話すか。
「王宮の兵の皆さん、突然の転移で驚かせてしまって申し訳ありません。堕ちた神獣ゲナードとその配下は、彼が討伐しました。そして、僕の契約している妖精が影の世界へ送り返しましたから、ご安心を」
「えっ……な、何を?」
魔道具メガネが見せる色が、パッと変わった。これは、何だろう? 好意ではない。パニック状態か。
「ノレアが出て来ないなら、オレは帰る。ノレアにそう伝えておけ! クズでも伝言くらいは……」
ぷぅちゃんは、言葉を止めた。目の前に、見たことのない美しい精霊が現れたんだ。
『天兎のハンター、そして覇王使いの精霊師、こちらへ』
えっ……覇王持ちって、バレてる?
兵の何人かには、今の念話が聞こえたみたいだ。ぷぅちゃんと僕を見比べるように見て、真っ青な顔で震えている。
魔道具メガネをかけていてよかった。覇王持ちだとバレると、命を狙われるんだよな。あっ、もしかして、僕を殺すために、ノレア様は僕を呼びつけたのか。
これまでも、彼は裏ギルドに、さんざん僕の暗殺依頼を出してきたもんな。
何かあっても、ぷぅちゃんは僕を守ってくれないだろう。王宮内には、ブラビィが入れるかは不明だ。うーむ、何か、スキルを使っておくべきか……。
「おまえなー、ぐだぐだ、うるさい」
「えっ? 何も言ってないよ。というより、なぜ、僕の考えが見えるんだよ?」
魔道具メガネをかけていれば、作ったクリスティさん以外には、様々な阻害認識効果があるはずだ。天兎のぷぅちゃんには効かないのか。
「ふん、そのためのおもちゃか。オレをなめてんじゃねーぞ」
ぷぅちゃんは、相変わらず不機嫌だな。フロリスちゃんから離れると精神不安定になるのか?
彼はギロッと睨むけど、僕は気づかないフリをしておいた。
ブラビィの口が悪いのは、ぷぅちゃんに似たんだな。アイツは、ぷぅちゃんが創り出した眷属だからな。
美しい精霊は、僕達の様子をクスッと笑いながら、道案内をしてくれている。とても神々しい女性の精霊だ。
なんだか、何かの絵で見たことがあるような精霊だな。その属性はわからない。彼女のまとう光が、何色にも見えるんだ。複数属性? いや、無属性? 無属性の精霊なんているのかな。
『どうぞ、こちらへ』
彼女がそう言うと、重厚な扉が音もなく開いた。
「うわっ、すごい!」
僕は思わず叫んでしまった。扉の先は、あまりにも美しい広大な草原が広がっていた。夜なのに、まるで昼間のような明るさ。王宮の中だよな? まるで屋外に見える。
あれ? この感じって……。
「ふん、おまえには、見えていないようだな」
ぷぅちゃんが、そう言うと、僕に何かの術を使った。すると、草原だと思っていた場所には、石造りの立派な建物が現れた。
「まさか、これが神殿?」
ぷぅちゃんは何も言わない。ということは、正解なんだ。
『ここは、私の住居です。人が神殿と呼ぶ場所は、神が立ち寄る場所のことでしたね。ここは、幾多の神殿を結ぶ中継地にあたります』
美しい精霊の住居? 神殿を結ぶ中継地? なぜ、精霊がそんな……あっ、まさか……。
「精霊ノレア、あのガキの教育が、全然できてねーぞ。だから、こんなことになったんだ」
『天兎のハンター、ぷぅさん、それについては、各所よりお叱りをいただいています。特にヴァンさん、貴方への息子の嫉妬については、本当に申し訳ありません』
「えっ!? 精霊ノレア様……そ、そんな、いえ、あの……」
「ふん、おまえなー、精霊師のくせに、精霊にビビってどーすんだよ。言っておくが、オレの方が、精霊より格上だぜ」
ぷぅちゃんは、自分をもっと敬えと言っているのか。いや、でも、それはちょっと違うだろう。
格上だとか言われても天兎と精霊の序列は、僕にはわからない。だけど人生の先輩は、敬うべきだと思う。
「は? オレにおまえを敬えと言ってるのか? バカじゃねーの」
「ぷぅちゃん、僕、何も言ってないよ」
「おまえに、ぷぅちゃんと呼ぶ権利は与えていないと言っただろ」
はぁ、また、これかよ。
「じゃあ、ぷぅ太郎ね」
「はぁ? おまえ、しばくぞ!」
「精霊ノレア様の前で、何を言ってるんだよ。ぷぅ太郎、さすがに失礼だよ?」
「おまえなー、絶対に……」
「フロリスちゃんに言いつけるよ」
「なっ!? な、な……」
へぇ、やはりこれが一番効くんだ。ぷぅちゃんは、ワナワナしつつも口を閉ざした。
『お二人は、仲が良いのですね。ふふっ』
僕達のやり取りを、精霊ノレア様は優しい笑顔で眺めている。よかった。ぷぅちゃんがこんなに失礼な態度なのに、気にしていないみたいだ。
「精霊ノレア! おまえ、バカだろ?」
「ちょっと、ぷぅ太郎、失礼だってば」
天兎のぷぅちゃんは、また黙ったけど……ワナワナと怒りに震えているみたいだ。あはは、面白い。
『今回のことについて、息子から話をさせようと思っていたのですが、あいにくあの子は……』
「オレを呼びつけておいて、母親が出てきたら逃げたのか。どーしようもないガキだな」
ぷぅちゃんは、ノレア様からの念話を受けて来たんだよな? 母親の精霊ノレア様が現れたのは、想定外だったのか。
『王家への説明も必要だったようですわ。今、あの子は、国王の謁見室にいますから』
「ふん、あぁ、それなら、話が早い。オレ達も国王に話がある」
えっ? 国王様に、僕は話なんてないよ?
僕が焦っていると、ぷぅちゃんはニヤッと笑った。この天兎、性格悪すぎる。
『それなら、私も一緒に参りましょう』
精霊ノレア様は、僕達を淡い光で包んだ。すると草原には、無数の魔法陣が現れた。いや、見えるようになったのか。
『ふふっ、ここは中継地ですから、いろいろな場所に繋がっているのですよ。さぁ、こちらへ』
彼女が、一つの魔法陣を指さすと、それが大きく広がった。天兎のぷぅちゃんは、ふんと鼻を鳴らし、その魔法陣に入っていく。僕も、慌てて、ぷぅちゃんの後を追った。
「なっ……なぜ……」
移動した先は、広い部屋だった。
とても高そうな彫刻像が並び、赤い高そうなじゅうたんが敷き詰められている。大きすぎる豪華なテーブルに、椅子がズラリ。謁見室というより、会合の部屋のようだ。
そして、目を見開いているのは、ノレア様だ。その奥には、国王様、そして多くの客人がいるようだ。
『お邪魔いたしますわ。ノレアが呼びつけたお客様をご案内して参りました』
精霊ノレア様の声は、国王様、そして数人の客人に聞こえているようだ。彼女の姿に気づいた人は、みな、慌てているように見える。
「精霊ノレア、姿を見せるとは珍しいのぅ。その男性二人は?」
国王様がそう言うと、客人の視線が僕達に集まった。




