281、シャルドネ村 〜ノレアの術
シャルドネの妖精に導かれ、村の畑をあちこちを見て回っていると、次第に、僕の身体にマナの光が集まらなくなってきた。
『ヴァン、もう元通りだわ』
『ありがとう、優しい子ね』
シャルドネの妖精が、口々にありがとうと言ってくれる。
「いえ、僕は、精霊師ですから。村の妖精さんの数は、かなり減ってしまいましたか」
『そうね、でも、大丈夫』
『村にマナが戻ったから、大丈夫よ』
『泉の妖精も、すぐに生まれるよ』
「それなら、よかったです」
シャルドネの妖精は、本当に上品だな。子供っぽいリースリングの妖精とはあまりにも違う。
妖精の雰囲気は、そのぶどうを使って作られるワインに伝わるようだ。
だから、リースリングを使った白ワインは、素直であどけないフレッシュなワインや、少しおませな甘酸っぱいワイン、そして、甘えん坊すぎる甘いワインになるのだろう。
一方で、シャルドネを使った白ワインは、キリッとクールな辛口ワインや、ふんわりと華やかでほのかな甘さのあるワイン、また、貴婦人のような甘美なワインにもなる。
シャルドネから作られるワインは、いろいろと変幻自在な、大人の色香を持つワインが多いような気がする。
あっ、こんなことを、リースリング村で考えていたら、妖精さん達に、めちゃくちゃ文句を言われそうだよな。
シャルドネの妖精は、僕の考えが見えているのだろうけど、優しい笑みを浮かべているだけだ。
でも、今の僕は、この村には合わないかな。
こんな風に、優雅に微笑まれているのは逆に不安になる。まだ、僕自身が、子供すぎるんだろう。
「ヴァンさん、ありがとうございます。本当に、なんとお礼を言えばいいか……」
村長様が、屋敷に招こうと、待ち構えている。だけど、僕は、ちょっと苦手なんだよな。それに、まだ、堕ちた神獣ゲナードの件は、解決したわけじゃないんだ。
「いえ、それは、シャルドネの妖精さん達から、たくさんのありがとうの言葉をいただきましたから」
「おぉ、なんと謙虚な若者だ」
ニコニコと笑顔をはり付けた貴族らしき人達。彼らの笑顔には、なんだか打算的な、いやらしさが見え隠れする。
冒険者をしている貴族なら、まだいい。だが、こういう中途半端な貴族とは、仕事でなければ付き合いたくない。今の僕は、この屋敷の派遣執事ではないんだからな。
「ヴァン、俺達は、キララさん達とカベルネ村に行ってみるよ」
ラプトルのディックさんが、そんなことを言い出した。そうか、彼らの目的地は、シャルドネ村ではなかったんだよな。
彼らは、獣人に関する情報を集めに来たんだ。少し変わった獣人であるキララさんは、カベルネ村の出身だと言っていたもんな。
カベルネ村では、獣人を保護しているのかもしれない。それならいい。だけど逆に、人工的に、奴隷となる獣人を創り出しているのかもしれない。だから、彼らは、調査に行きたいんだ。
「ディックさん、僕も、カベルネ村に行きます。カベルネ村の妖精に異変がないか、気になりますし」
僕がそう言うと、ディックさんは、ニッと笑った。僕がそう言い出すと予想していたのだろうか。
「あぁ、そうだな。ヴァンがいてくれる方が、俺達も助かる。もし妖精に異変があっても、俺達では、その状況はつかめても適切な対処はできないからな」
そうか、ラプトルのメンバーは、全員、精霊使いのスキル持ちなんだな。みんな、頷いている。たぶん、声は聞こえても、支配精霊ではない妖精の姿は、ほとんど見えないだろう。
「あぁ、そうか。カベルネ村にも何かあるかもしれませんな……」
村長様は、残念そうにしながらも、理解を示してくれた。
「それなら、俺達が同行してやろうか? そうすれば、門前払いされることはないはずだ」
貴族らしき人の申し出は、親切心からではないことが明らかだ。感情的に僕は嫌悪感を抱いたが、ラプトルの人達は違うようだ。
「そうだな。それなら、案内をお願いしましょうか」
ディックさんは、僕に目配せをしてきた。彼も僕の気持ちと同じだということだろうか。
「おぉ、それなら、私も同行しましょう。カベルネ村とも、取り引きしていますからな」
貴族……いや、商人だろうか。彼は、欲深い笑みを隠さない。はぁ、こんな人達を相手にする村長様も大変だよな。
『我が王! た、大変でございますです!』
ポケットの中で寝ていた泥ネズミのリーダーくんが、突然、モゾモゾと暴れ始めた。反対側のポケットの中にいる賢そうな個体が、イラついているのが伝わってくる。
ふふっ、別々のポケットに居るから、殴ることも飛び蹴りもできないね。
賢そうな個体は、僕にとても敬意を払ってくれる。リーダーくんは、何も考えてなさそうだけど、めちゃくちゃ懐いてくれてるんだよな。
僕が、のんびりと考えていたためか、リーダーくんは、ポケットから、ぴょんと飛び出した。
近くにいた貴族がギョッとしている。
こんな場所で泥ネズミがいるということは、偵察だからだよな。
賢そうな個体も、ぴょんとポケットから飛び出した。そして、リーダーくんを殴っている。殴られたリーダーくんは、呆然としていたけど、すぐに何かを思い出したらしい。
『我が王! 我々の敵が、ちょっと可哀想なのでございますです! 奴らなんて、放っておくのも……ふははは、そうでございます。ぬはははっ……げふっ」
あらら、お腹に飛び蹴りだよ。大丈夫かな?
『我が王、土ネズミが街道沿いの草原に集められています。王宮からベーレン家に、我が王が探されている獣の討伐命令が出ました。強制転移で、一部の泥ネズミも集められ始めました』
賢そうな個体が、的確に情報を教えてくれた。
「えっ? ゲナードの討伐命令? ベーレン家にそんな力なんて……。あっ、だから、特殊な土ネズミを利用するのか」
まわりにいる人達には、泥ネズミの声は、聞こえない。だけど、僕の声は聞こえる。
僕は、ラプトルの人達に意味がわかるようにと、声に出している。貴族が泥ネズミを殺さないように、僕の従属だと知らせる目的もある。
彼らは、シンと静まり返った。あー、シャルドネの妖精には、泥ネズミの声が聞こえるのか。農家に尋ねられて、シャルドネの妖精が、簡単に説明をしている。
妖精の声が聞こえるラプトルの人達の顔色が、変わってきた。
『我が王! あの宿の魔女三人にも、ベーレン家から指示が……』
「えっ? バーバラさん達? それって、ゲナードにぶつけて、土ネズミの変異種を一掃しようってこと?」
信じられない! 勝手に創り出して、敵うはずのない相手にぶつけようだなんて。しかも強制的に、死地へ転移させるなんて、大量殺人と同じじゃないか。
「ヴァン、王宮が、ベーレン家へ責任を取れと迫ったようだな。裏情報が流れてきたぜ」
ディックさんは、魔道具を僕に見せた。情報の魔道具だ。
「ノレア様の命令? なぜ、そんな……僕に、ここに来させたのは、ゲナードをあぶり出すためだったのか。ゲナードは、人間には討てない。土ネズミも敵うわけがないのに」
「おそらく処分だ。ネズミをゲナードが支配したから、ノレア様が新たに洗脳を上書きしたんだ。洗脳系の技能は、より新しいもの、より強いものが優先されるからな」
違う! ネズミにレア技能を使ったのは僕だ。あれ? ノレア様が上書き?
だけど、リーダーくんはお腹を押さえて、痛い痛いアピールをしているし、賢そうな個体は、彼を睨んでいる。
僕は、リーダーくんの前に大きな葉を置き、近くの草から普通のポーションを作って、その葉に流し入れた。
『おぉー! またまた、王の秘薬でございますねっ!』
くさい芝居で催促したでしょ?
体力も減っていたのか、賢そうな個体もポーションをなめている。
「ヴァン、それはなんだ?」
ディックさんが、不思議そうな顔をしている。
「ポーションですよ。この子達、ちょっと疲れているみたいだから」
「ネズミに、そんな物を与えるのか?」
「えっ? ダメですか? 害になる?」
「いや……あはは、だからコイツらは、ノレア様の術にはかからないのか。泥ネズミにも使われたようだぜ」
「王都の外にいるから、かな」
「ネズミは、一族ごとに思念伝達されていくんだ。だから、コイツらの一族が王都にいれば、ここにも術は届くはずなんだ」
「へぇ、僕に懐いているからですかね」
「もしくは、ヴァンのレア技能の方がヤバイのかもな。ノレア様は、覇王持ちらしいぜ」
げっ、僕と同じじゃないか。
『我が王! 魔女三人が、草原に転移しました!』
えっ? 行かなきゃ!




