280、シャルドネ村 〜新たな『精霊師』の技能
「天兎の成体の知り合いなら、いますが」
「そうか。やはりな」
僕のさっきの姿が、スキルだとわかると、ラプトルのメンバーは、納得してくれたようだ。神殿のガーディアンの姿だと言っていたけど、神殿守のことなのだろうか。
貴族らしき人は、まだ呆然としている。まぁ、放っておこう。彼は冒険者には見えない。あまりにも衝撃が強すぎだのだろう。
王宮の兵は、無言で亡くなった兵の死体を、魔法袋に入れている。
彼らは、僕達の方を全く見ない。僕が警告したのに、無視するからだ。彼らの傲慢さが招いた結果だということは、彼ら自身が自覚しているようだな。
まさか、ゲナードが、あんな風に首を斬り飛ばすとは思わなかった。あっ……泥ネズミが言っていた、首チョンパって、このことか。
『ヴァン、その村の妖精達を治してやっておくれ』
精霊ブリリアント様! えっと、治す?
『あぁ、奴らから逃げて隠れた瀕死の子達がたくさんいるんだ。弱っているから声も出せないだろう』
どうすればいいのですか?
『適切な技能があるだろう? 使ってみてくれ』
そういえば、最近、ジョブボードを開いていなかったな。
「ヴァン、おーい、聞こえてるか?」
ラプトルのデュックさんが、心配そうに僕の顔を覗き込んでいる。
「あ、すみません。なんでしたっけ?」
「村長の屋敷に来て欲しいってさ」
「そうですか。僕は、ちょっとまだやることがあるので……」
「うん? なんだ?」
「シャルドネ村の傷ついた妖精さん達の治療をします。先に行ってください」
すると、デュックさんは目を輝かせた。王宮の兵の視線も僕に向いている。
「なんか、凄そうだな。俺、見学してもいいか?」
「あ、はい。ただ、使ったことのない技能なので、上手くできるかわからないんですけど」
「完治じゃなくても良いだろう。この弱い気配は、バリアでも張って隠れているのかと思ってたが、傷ついて弱っているってことか。だとしたら、かなり酷い状態だ」
僕がジョブの印に触れようとしても、彼らは離れない。他人には見えないはずだけど、冒険者が近くにいると、ちょっとやりにくい。
「ジョブボードを使うので、少し離れますね」
「あぁ、初めて使う技能だったな。俺らが離れるよ」
危険かもしれないと思われたらしい。まぁ、いっか。
◇〜〜◇〜〜〈ジョブボード〉New! ◇〜〜◇
【ジョブ】
『ソムリエ』上級(Lv.4)New!
●ぶどうの基礎知識
●ワインの基礎知識
●料理マッチングの基礎知識
●テースティングの基礎能力
●サーブの基礎技術
●ぶどうの妖精
●ワインの精
【スキル】
『薬師』超級(Lv.3)New!
●薬草の知識
●調薬の知識
●薬の調合
●毒薬の調合
●薬師の目
●薬草のサーチ
●薬草の改良
●新薬の創造
『迷い人』上級(Lv.3)
●泣く
●道しるべ
●マッピング
『魔獣使い』極級(Lv.Max)
●友達
●通訳
●従属
●拡張
●魔獣サーチ
●異界サーチ
●族長
●覇王
『道化師』超級(Lv.3)New!
●笑顔
●ポーカーフェイス
●玉乗り
●着せかえ
●なりきりジョブ
●なりきり変化(質量変化、半減から倍まで)
『木工職人』中級(Lv.6)
●木工の初級技術
●小物の木工
『精霊師』超級(Lv.1)New!
●精霊使い
●六属性の加護(超)
●属性精霊の憑依
●邪霊の分解・消滅
●広域回復
●精霊ブリリアントの加護(極大)
●デュラハンの加護(超大)
『釣り人』上級(Lv.10)
●釣りの基礎技術
●魚探知(中)
●魚群誘導
『備え人』上級(Lv.3)
●体力魔力交換
●体力タンク(1倍)
●魔力タンク(1倍)
『トレジャーハンター』中級(Lv.1)
●宝探知(中)
●トラップ予感
【注】三年間使用しない技能は削除される。その際、それに相当するレベルが下がる。
【級およびレベルについて】
*下級→中級→上級→超級
レベル10の次のレベルアップ時に昇級する。
下級(Lv.10)→中級(Lv.1)
*超級→極級
それぞれのジョブ・スキルによって昇級条件は異なる。
〜〜◇〜〜◇〜〜◇〜〜◇〜〜◇〜〜◇〜〜
あっ、ソムリエがレベル上がってる。十六歳になってから、一度もジョブボードを見てなかったんだ。
薬師もレベルが上がってる。あれだけ、エリクサーを作りまくってたら上がるよな。
道化師も、上がったな。あー、だから、なりきり変化で化けられる種類が増えたのか。
おぉ〜! 精霊師が、超級になってる!
もしかして、上がったばかりなのか。さっきの光の精霊様の憑依は、今までと違うような感覚はなかった。
今回、憑依を使って聖者の泉を回復したり、ブリリアント様の召喚をしたからかな。
新たな技能の説明書きを表示してみる。
●広域回復……大地のマナを増幅し、一定の範囲内の精霊や妖精、さらに精霊の宿る地の回復を行う。
なるほど。一定のエリア回復か。
しかも、妖精だけでなく、場所の回復もできるんだ。ということは、この付近のぶどう畑も回復できるのだろうか。
この付近のぶどう畑は、踏み荒らされ、多くの木が傷ついている。おそらく、奴らが逃げる妖精を捕まえようとしたのだろう。
泉の近くのぶどうの木は、特に酷い。もう、植え替えるしかない状態だ。
村長様が、近寄ってきた。僕が技能を使うという話を聞いたのか。
だけど、デュックさんが、村長様に近寄らないようにと注意をしている。初めて使う技能だと言ったから、警戒を促してくれているようだ。
農家の人達も、集まってきた。そして、ぶどうの木の状態に気づき、青ざめている。
広範囲で、青い実が、房ごと地面に落ちてしまっているんだ。折れている木も多い。幹に深い傷がついている木や、根元付近が傷つき傾いている木もある。
これも、出来ることなら、治したい。
僕は、ジョブボードのスキル『精霊師』の技能、広域回復に触れた。
その瞬間、僕は、ふわりと浮かんだ。そして、ぶどうの木よりも、建物よりも高い位置で止まった。
な、何? ちょっと、大丈夫?
身体に空中のマナが集まってくる。集まったマナは、僕の周りをゆっくりと回り始めた。なんだか、まだ生命のない妖精達が、僕のまわりで遊んでいるような印象を受けた。
楽しそうな感情が伝わってくる。ヤンチャな雰囲気も伝わってくる。遊んで欲しそうに甘えるような感情も伝わってくる。
なんだか、僕まで楽しくなってくるよ。
『さぁ、みんな、大地に戻ろう!』
頭の中に声が響いた。僕の声だ。
すると、僕のまわりを回っていた光が、パッと飛び散った。シャルドネ村全体に、光の雨が降り注いでいる。
僕は、スーッと降下していく。
地面に足がついて、ホッとした。これでいいのかな? ジョブボードを使ったから、失敗はしないはずだけど。
僕は、ジョブボードを閉じた。
だけど、まだ、術は発動中のようだ。地面に降りた僕のまわりには、先程ではないけど、光が集まってくる。
『ねぇ、アナタって誰?』
近寄ってきた妖精。シャルドネの妖精かな。とても、上品な大人の女性の姿をしている。
「僕は、ヴァンですよ」
『いま、何をしたの? 優しい光』
『ヴァンは、天兎?』
『優しい兎ね』
「僕は、人間ですよ。リースリング村で生まれました」
『まぁ、人間なの?』
『リースリング村は、遠いわね』
『だけど、知っているわ。リースリング村のこと』
『そうね、リースリングの妖精が言っていたもの』
『遊んでくれる優しい子がいるの』
『からかうと楽しいって言っていたかしら』
妖精の情報網って、コワイな。離れた場所に生息していても、情報が伝わるのか。
「僕、彼女達に、よく風呂を覗かれるんですよ〜」
『きゃあ、あははは、エッチね〜』
『リースリングの妖精なら、やりそうだわ』
『きっと、ヴァンの反応が面白いのね』
『あの子達は、子供っぽいもの』
『ふふっ、今度、叱っておくわ』
『逆に面白がって、悪化しないかしら』
『あら、そうなるかも。ふふっ』
シャルドネの妖精達は、本当に上品だな。だけど、おしゃべり好きなのは、リースリングの妖精と変わらない。
「ぶどうの木の状態はどうですか?」
僕がそう尋ねると、彼女達はサッと畑の方へと、散っていった。自分のすみかを調べているのかな。
『ヴァン、ちょっと来てくださる?』
「はい、行きます」
声がかかった方へ行くと、妖精が指差すぶどうの木々は、根元から折れていた。だけど、僕が近寄ると、僕のまわりに集まっていた光が、その根元に吸い込まれていく。
『まぁっ、もう大丈夫だわ』
「よかった。他はどうでしょう?」
僕は、妖精に呼ばれて、あちこちのぶどうの木を治して歩いた。




