表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/574

28、ボックス山脈 〜正方形のゼリー状ポーション

 やはり、来るべきじゃなかった。検問所で、あの時、帰ればよかったんだ。僕のせいで、マルクも……。


 僕の頬をツゥーッと、涙が流れた。


 グォォオ!


 目の前の大きな魔物が、雄叫びをあげた。


 背後には登れない崖、目の前にはヒョウのような魔物だ。逃げられない。


 爺ちゃん、婆ちゃん、ごめんなさい。僕、家に帰れないよ。行き先を言わなかった……嘘をついて出てきて、こんな場所で魔物に喰われて死ぬんだ。きっと、僕が死んだことさえ、爺ちゃんや婆ちゃんにはわからない。ずっと心配させる、ずっと、ずっと……二人の命が尽きるまで、ずっと僕は心配させる……ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい。


 僕は、涙が止まらなくなった。


 こんなことなら、せめて行き先を言っておけばよかった。僕が死んだことを……誰か知らせて。妖精さん……気づいて! 爺ちゃんと婆ちゃんに、ごめんなさいって伝えて……。



 グォォオ〜!


 再び、魔物が口を開き……僕は、とっさに目をつぶった。


 グォォ〜、グォォオ




 あ、れ?



 衝撃がこない。ガブリと頭から喰われるかと思ったのに……丸呑みされたのか?


 だけど、何かが、何かを掻き分けながら歩く音は鮮明に聞こえる。腹の中ではない。魔物は大きいけど、僕を丸呑みするほどのサイズではない。


 恐る恐る目を開けた。


 う、うわぁ! な、なんだよ、何体いるんだ? ヒョウのような獣は、十体いや、二十体はいる。


 まだ僕が喰われていないのは、エサの取り合いをしているのか。何か、互いに話しているように見える。何を話しているのだろう。誰か、通訳してくれたら……えっ!?


 僕の身体が、一瞬ふわっと熱くなった。魔力が流れた?



『人間の子供じゃないのか?』


『この高さを落ちて、生きているんだぜ?』


『純血の人間ではないな。まさか、吸血鬼か』


『吸血鬼が泣くかよ』


『ワシらの言葉も理解できぬようだ。どうする?』


『崖の上に戻ろうとしていたが』


『トカゲのエサになるぞ』


『崖の上に親がいるのではないか』


『泣く子には勝てんな。だが、この崖は登れんだろう』


『ぐるりと山あいを回ってやるか?』


『だが、人間共が撒いた毒が漂っているからな』


『困ったな……』



 えっ? な、何、この声?


 や、やばい! 僕が、魔物達を見ていることに気づかれてしまった。喰われる、殺される!


 グォォオ〜


『子供が怯えているぞ』


『近寄りすぎなんじゃないか』


 すると、近くにいた個体が、僕から少し離れた。この声って、魔物の声!? 直接頭に響くような不思議な感覚だ。吠える声も聞こえるけど、不思議な声も聞こえる。だけど、なぜ?


『ほら、やはり近寄りすぎていたんだ』


『泣き止んだようだな』


『どうする? 親とはぐれた子供なら……』


『困ったな、子供だから言葉が理解できないのか』


『いや、人間にはワシらの言葉は理解できないだろう』


『この高さを落ちて平然としているのだ。ただの人間ではない』


 ヒョウのような魔物は、数体がウロウロと、僕の前を行き来している。これは、一体……?


 この声を信じるとすれば、とりあえず、今すぐ僕を喰うつもりはなさそうだ。何か対処できる技能はなかったかな。


 僕は、右手のグローブをめくり、印に触れ、ジョブボードを表示した。


 えっ!? 何これ?




 ◇〜〜◇〜〜〈ジョブボード〉New! ◇〜〜◇


【ジョブ】


『ソムリエ』上級(Lv.1)


 ●ぶどうの基礎知識

 ●ワインの基礎知識

 ●料理マッチングの基礎知識

 ●テースティングの基礎能力

 ●サーブの基礎技術

 ●ぶどうの妖精

 ●ワインの精




【スキル】


『薬師』超級(Lv.1)


 ●薬草の知識

 ●調薬の知識

 ●薬の調合

 ●毒薬の調合

 ●薬師の目

 ●薬草のサーチ

 ●薬草の改良

 ●新薬の創造



『迷い人』中級(Lv.6)New!


 ●泣く

 ●道しるべ



『魔獣使い』中級(Lv.1)New!


 ●友達

 ●通訳




【注】三年間使用しない技能は削除される。その際、それに相当するレベルが下がる。



【級およびレベルについて】


 *下級→中級→上級→超級

 レベル10の次のレベルアップ時に昇級する。

 下級(Lv.10)→中級(Lv.1)


 *超級→極級

 それぞれのジョブ・スキルによって昇級条件は異なる。


 〜〜◇〜〜◇〜〜◇〜〜◇〜〜◇〜〜◇〜〜




 あ! 忘れていたスキルだ。『迷い人』のレベルが5も上がっている。それに、新たなスキル『魔獣使い』?


 僕は、それぞれの技能の説明を表示した。



 ●泣く……道に迷ったときに泣くと、近くにいる者が助けずにいられなくなる、弱い魅了の一種。


 ●道しるべ……通った道に目印をつける。つけた目印の保存期限は級による。


 僕が家に帰れないと泣いたから、泣くという技能が発動したんだ。だから、目の前で口を開けていた魔物に、喰われなかったってこと?



 ●友達……魔物や獣に、対等であると思わせる。ただし、親しい関係を築けるとは限らない。


 ●通訳……魔物や獣の言葉が理解できる。話しかけた言葉を相手に理解させるには、従属の技能を合わせて使うことが必要。


 あっ、誰かが通訳してくれたら、って思ったから、通訳の技能が発動したのか。だから、急に不思議な声が聞こえるようになった?



 そっか、今、僕は二つの技能を使っているんだ。スキル『迷い人』の泣く、そしてスキル『魔獣使い』の通訳か。


 でも、いつの間に、新たなスキルを得たのだろう?


 ふと足元を見て、僕はその理由がわかった。この崖を滑り落ちたとき、僕はいろいろなものをつかもうとした。そのときに、【スキル】の神矢に触れたんだ。


 足元に転がっていた金色の神矢を手に持ったが、矢は消えない。これは【富】の神矢だな。何の富かはわからないけど、僕はとりあえず、魔法袋に入れた。



『天から落ちたゴミを拾ったぞ』


『人間ではないのか? 天の子か?』


『天の子だと無理だな。どうやって天に返せばいいのか』


『泣く子には勝てないが』



 もう僕の頬の涙は乾いた。でもまだ、泣くの効果は続いているようだ。この技能の効果が切れたら……喰われるよな。


 幸い、別のスキルを得たことで、奴らの声が理解できる。効果が持続しているか、声に注意すればいい。今のうちに、逃げなければ。



 僕は、そろりと横に移動した。奴らは僕の動きを目で追っているけど動かない。僕は、崖沿いに駆け出した。どこか登れる場所を探さないと。


『元気なようだな。足が速い』


『早く親に会いたいんじゃないか』


『崖を登る気じゃないか? ワシらでさえ登れないのに』


『子供だから、わかっていないのだろう』


 僕が全力で走っても、奴らは、ポーンと跳躍してすぐに追いついてくる。ダメだ、僕を逃す気はないんだ。


 もう涙なんて完全に乾いた。まだ、泣く、の技能が発動中なんだろうか。



 あっ、青い神矢だ!


 崖に生える草に引っかかった青い神矢が光っている。手を伸ばしても、届かない。崖をよじ登り、青い神矢に触れた。

 全身をゾクゾクと何かが駆け巡り……僕はバランスを崩して、崖から落下してしまった。


「痛っ!」


 足をくじいた……立ち上がれない。


 僕は、ぶどうのエリクサーを一粒食べた。うん、ほんとに、よく効く。だけど、足をくじいただけで食べていると、すぐに無くなってしまうよな。


 見渡すと、あちこちに薬草が生えている。崖には、特殊な薬草……超薬草も生えている。ポーションを作る方がいいな。エリクサーは、貴重品だ。軽い怪我に使っている場合ではない。



 僕は、薬草を摘んで、ポーションを調合した。うん、これは簡単にできる。魔力もほとんど使わない。だけど、瓶入りの液体って、使いにくいな。ぶどうのエリクサーみたいに、魔法袋から取り出してすぐに食べられる方が便利だ。


 さらに薬草を摘んで、新薬を創造してみよう。


 瓶入りではない回復薬……そうイメージすると、正方形のゼリー状の物ができた。ひとつ食べてみると、身体を何かが駆け巡った。怪我をしていないから効果はわからないけど、弾力があってほのかに甘い。ミントのような後味だ。


 うん、こっちの方が使いやすい。僕は、作った二種類のポーションを魔法袋に入れた。


 もっと作ろう!


 農家の雑草を引き抜く技能を使って、付近の薬草を一気に引き抜き、ゼリー状のポーションをたくさん作った。



『あの子供は何をしているのだ?』


『甘い匂いがするが』



 うっ、忘れてた。ゼリー状のポーション作りに夢中になって、派手なことをしてしまった。


 そろりと振り返ると、魔物の数は、さっきよりも増えている。ちょ、どうしよう。ポーションに興味を持って襲い掛かってきたら……。


 僕は、ゼリー状のポーションを、奴らに放り投げた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ