279、シャルドネ村 〜召喚! そして……
『大丈夫だよっ。あ、話し方は気にしないでね〜』
これで文句はないだろう。ラプトルのメンバーは、きょとんとしている。だよな、僕がスキルを使うと言って、こんな少女の姿になっているんだから。
「本当にヴァン、なのか? 精霊憑依を使うと、精霊に乗っ取られるのか?」
ディックさんが心配そうにしてくれている。
『乗っ取られるわけじゃないんだけど、かわいくしないと光の精霊様が怒るの』
「そ、そうか……。いや、待て。精霊は奴のエサだぞ」
『だいじょーぶっ』
僕も不安だ。しかし、精霊ブリリアント様も、見てくれている。それに、何より、光の精霊様が上機嫌だということが伝わってくる。奴を恐れていないんだ。
そうか、堕ちた神獣は、闇属性になるのか。でも、そうすると諸刃の剣じゃないか?
奴は、光の精霊に弱いだろうけど、光の精霊も闇属性の奴に弱いのでは……。
だけど、ゲナードは無属性だったはずだ。だからこそ、すべての属性魔法を操る。
まずは、聖者の泉の回復だよな。聖者の泉が光を蓄えると、影の住人であるゲナードは、視力を失う、
僕は、若い男に近寄って行った。
『あんた、この世界の住人じゃないよねっ!』
光の精霊様の雰囲気を思い出しながら、仁王立ちしてみた。叱られないということは、これでいいのか。
だが奴は、僕をジーッと見ているだけだ。
ゲナードは、ボックス山脈で会ったときには、普通に話していたよな?
『あんた、私の声が聞こえないのっ?』
「精霊師か。光の精霊をまとっても、意味はない」
奴は、妙に落ち着いている。やはり、ゲナードが無属性だから、光は弱点にはならないのかな。でも、堕ちた神獣は、闇属性のはずだよな?
『ヴァン、奴は、キミに殺意がないことを見抜いているよ。そして、迷っているようだ』
精霊ブリリアント様、どうすれば……。奴は何を迷っているのですか。
『光の精霊を舐めているのだろう。キミを無視して食事を続けるか、もしくは別の器に乗り替えて逃げるか、だね』
これ以上、妖精を喰わせるわけにはいきません。泉の回復をします。
『偶然を装えるかな。聖者の泉を回復すると、奴の選択肢が消えることになりそうだよ』
あっ、貴族が狙われる?
『あぁ、聖者の泉に気づかないフリをしていれば、奴も、様子を見るはずだ』
なんとか、やってみます。
僕は、さらに、若い男に近寄っていく。すると、奴は、じわじわと位置を変えた。
『さっさと、影の世界に帰りなさいよっ』
「邪魔をするな。何の役にも立たない光の精霊ごときが」
『ひっどぉい!』
僕は、怒ったフリをして、右手を奴に向けた。ピカリと右手が強く光る。すると、奴は、眩しそうに少しよろけた。
その次の瞬間、黒い何かを飛ばしてきた。
ギョッとしたけど、僕に当たる前に、何かにかき消された。さっきのディックさんのバリアだろうか。
「チッ!」
『あんた、今、私に穴を開けようとしたよねっ!』
僕は、右手から無茶苦茶に、光の何かを飛ばした。奴は、ひょいひょいと避ける。
あっ、チャンス到来!
奴は、泉の前に立った。
僕は、手に力を込めて、ドカンと強い光の玉を放った。
「ふん、無駄だ」
奴は、やはり楽々と、避けている。
『チョロチョロと逃げ回ってないで、さっさと影の世界に帰りなさいよっ!』
ムキーっと、地団駄を踏む素振りをみせた。奴は、ニヘラニヘラと笑っている。だけど、奴の表情が固まった。
上手くいった!
さっきの特大の光の玉は泉に吸い込まれ、聖者の泉は、光を蓄えている。そして、キラキラと聖なる光を放ち始めた。
僕は、さらに気づかないフリをして、奴に、光の何かを飛ばした。確実に、避けるスピードが落ちている。
『ふふん、疲れてきたみたいねっ! さっさと帰ってちょうだい!』
「チッ!」
奴は、ブリリアント様が言っていたように迷っているみたいだ。それほど、シャルドネ村の妖精を喰いたいのか。
『ヴァン、そろそろ使えそうだよ』
へ? 何がですか?
『聖者の泉の力を利用できる。合図をしたら、私を召喚してくれるかな?』
ブリリアント様が自ら?
『奴は、精霊はエサだと思っている。神獣だったモノが……情けないことだ。堕ちた神獣は、もともとの属性に関係なく、光を苦手とするよ。だが、基本属性の精霊では、何の影響力もない』
まさか、ブリリアント様……。
僕は、奴に気づかれないように、不機嫌を装い、奴に光の何かを放ち続けた。
ブリリアント様からの声は聞こえなくなった。まさか、相打ちを覚悟しているんじゃないだろうか。
嫌な予感がする。
「しつこいガキだな。俺が何者か、理解できていないらしいな。おまえのようなザコ精霊は、一瞬で消してやる」
若い男から、黒いオーラがあふれ始めた。
光の精霊様が少し動揺したことが伝わってくる。あれは、マズイんだ。どうしよう……。
『ヴァン、今だ! 憑依を解除して、私を呼べ!』
僕は、精霊憑依を解除し、すぐさま、ブリリアント様の名を叫んだ。
「精霊ブリリアント!」
僕の身体に魔法陣が現れ、ブリリアント様が飛び出してきた。その直後、聖者の泉が強い光を放つ。
ダメだ。嫌な予感が消えない。
そうだ!
僕は、木いちごのエリクサーを口に放り込み、そして、スキル『道化師』の変化を使った。天兎の何でもいい。とにかく、ブリリアント様を守りたい!
ボンッという音とともに、僕の姿は変わった。
ブリリアント様は、聖者の泉の輝きを利用し、奴に光の何かを放っている。だが、奴の黒いオーラがそれを弾き、奴には届かない。
奴は、ブリリアント様が出てくることを予測していたのか。闇のバリアのようなオーラをまとっている。
そして奴はニヤリと笑い、ブリリアント様に手を向けた。
ダメだ!!
ブリリアント様は、それを待っていたかのように強い輝きを放った。
一瞬、光で何も見えなくなった。
光が収まると、僕の後ろにブリリアント様がいた。咄嗟に、僕は、彼を守ることができたのだろうか。
僕が奴の方を睨むと、いまいましそうに、奴も僕を睨んでいた。
「チッ! 獣人だったか」
そう言うと、奴は、スッと姿を消した。
『ヴァン、まさか、キミに守られるとはね。もう、その盾は消して構わない。奴は、ここへは戻ってこないよ』
「ブリリアント様、大丈夫ですか。食べてください」
僕は、膝をついた彼の口に、木いちごのエリクサーを近づけた。クスリと笑みを浮かべ、ブリリアント様は口を開いてくれた。
『二度目だね、助けられるのは……。ありがとう』
そう言うと、ブリリアント様は、召喚の魔法陣の中に消えていった。ボックス山脈に戻ったみたいだな。
僕が手にしていた巨大な盾は、奴の闇属性の攻撃を受け止めたようだ。一部が黒く変色している。
僕は、変化を解除した。
やばっ、グラリとめまいを感じる。僕は、慌てて木いちごのエリクサーを食べた。さっきの変化で、ストックまで魔力を消費してしまったのか。
天兎の、何の姿だったのだろう。巨大な盾を持つ天兎なんて、僕は知らない。
「き、キミは、一体……」
貴族らしき人が、青ざめた表情で僕を見つめている。そんなに恐ろしい姿に化けていたのだろうか。
「この村に入り込んでいた獣には、逃げられました。人間では、奴は討てない。あの若い男性は、亡くなっています。奴の器にされていますが……」
「あ、あぁ」
「この村には、奴は、もう来ないはずですが、聖者の泉の輝きが消えると、わかりません。泉の手入れは、欠かさないようにしてください。汚れが底に溜まると、泉の聖なる輝きは弱まります」
「あ、あぁ」
貴族らしき人は、わかっているのか? 呆然としている。でも、まぁ、いいか。シャルドネの妖精が、村の人達に、僕の言葉を伝えてくれている。
「ヴァン、やはり、おまえは……。いや、間近で見るまで信じられなかったけど、神殿のガーディアンだったのか」
「はい? 何ですか、それ」
ディックさんの言葉に、僕は首を傾げた。神殿のガーディアン? 神殿には、神殿守がいるじゃないか。
「えっ? 奴も、獣人だと……」
「今のは、スキルですよ。魔力をガツンと持っていかれましたけど」
「は? スキル?」
「ええ、スキル『道化師』の変化です」
すると、ラプトルの他の人が、口を開いた。
「超級の技能だな。天兎を従属にしているのか? もしくは、天兎から変化の許可を得ている?」
「えっ?」
ブラビィのことが頭に浮かんだけど、リースリング村で、天兎のアマピュラスに化けたときは、まだ、ブラビィはいなかった。
許可だとすると……まさか、天兎のぷぅちゃん?




