277、シャルドネ村 〜入り口で足止め
僕はいま、デネブ街道をぶどう産地へと向かって歩いている。ワイン屋には旦那を残し、店員のキララさんと、客引きの男の子が案内をしてくれている。
そして護衛ということで、超有名なハンターのパーティ、ラプトルの人達が同行してくれているんだ。だけど、彼らの目的は僕の護衛ではない。
「ヴァン、巻き込んでしまって悪いな」
「いえ、僕も、シャルドネ村やカベルネ村は、行ってみたいなと思ってましたから。それより、あの人から、かばってくれてありがとうございました」
「ジョブ『王』の命令には、自分では背けないからな」
あの後、ジョブ『王』の彼は、僕がジョブ『ソムリエ』だからぶどう産地の調査をする義務がある、と調査命令をしてきたんだ。
王宮にいるノレア様が、堕ちた神獣ゲナードらしき人物が、どちらかの村に入って行ったことを確認したらしい。
それで、僕に、村の状況を調査するように依頼してきたんだ。しかも、断らせないために、僕のジョブに関する仕事だと、ジョブ『王』に言わせたんだ。
ノレア様は、やり方が汚いんだよな。それほど余裕がないのかもしれないけど。
ラプトルの人達は、獣人保護に力を入れているそうだ。キララさんが獣人だと気づいたから、店に居座っていたらしい。
彼らが、店主と話をしたくて待っていたら、王宮の兵が調査に来てしまったということのようだ。
僕が、ジョブ『王』の男から、村を調べろと指示されたときに、ラプトルの人達が、護衛を申し出てくれたんだ。
その際に、僕に向けられていた妙な技能を、破ってくれたらしい。ジョブ『王』の何かの技能に気づかずに従ってしまうと、ずっと下僕のように使われるという。
さっきは、デュラハンの加護を強めていたから大丈夫だと思う。でも、僕を助けようとする彼らの気持ちは、素直に嬉しかった。
「ヴァン、どっちから行く?」
道が分岐している。右に行けばシャルドネ村、左に行けばカベルネ村か。
「僕には、判断できないです。まだ、それそれの村の、ぶどうの妖精の声も聞こえないですし」
ラプトルのメンバー、ディックさんが僕の返答に頷き、男の子の方を向いた。
「そうか。坊やの家は、シャルドネ村か?」
「親戚はいるけど、ぼくの家は、さっきの店の二階だよ」
キララさんも、コクリと頷いている。彼女も同居しているようだ。やはり、キララさんは住まいを失うことになるだろうな。獣人狩りがあるなら……。
男の子は、キララさんが父親と結婚していると言っていたけど、たぶん、奴隷なのだろう。まぁ、複数の妻がいる人も少なくないけど。
「じゃあ、シャルドネ村から、行ってみようぜ。カベルネ村は、広いからな」
僕は歩きながら、スキル『迷い人』のマッピングを表示してみた。右の道を進んだ先のシャルドネ村は、リースリング村と同じくらいの小さな村だ。
その先は高い崖になっているから、シャルドネ村から先に通じる道はない。
多くの人が転移してくる湿原は、海に繋がっているんだな。とは言っても、かなりの距離がある。湿原は、地図では、木々が生い茂る森の手前までのようだ。
水属性の精霊や妖精は、絶対に多いはずだ。あの草原で、精霊が北に流れていくような気がしたのは、海に向かっていたのか。
カベルネ村は、ディックさんが言うように、すっごく広い。これだけ広いと、簡単には捜せないだろう。ゲナードの潜伏先は、カベルネ村で決まりな気がする。
シャルドネ村に到着すると、想像とは違う光景に、僕は驚いた。
「通行証を提示せよ!」
村の入り口には、王宮の兵がいる。調査に回っていた兵とは違って、軍隊のような雰囲気だ。
男の子がオロオロしている。通行証は、父親しか持っていないのだろう。ディックさんが、困った顔をしているんだよな。
「ヴァン、悪い。この時期は入れないことを忘れてた」
村には、頑丈な結界が張ってあるようだ。ここまでするのは、収穫の時期か。シャルドネ村のぶどうからは、多くの高級ワインが作られるからだな。
僕は、ディックさん達に軽く頷き、門番の兵に話しかける。
「僕は、ノレア様からの調査依頼で参りました。彼らは、僕の護衛と道案内です」
「それなら、依頼書を提示しろ!」
「いまさっき、ジョブ『王』のトロッケン家の人から、依頼されたので、書類はありませんけど」
トロッケン家と言うと、少しギクッとしたみたいだけど、通してくれる気はなさそうだな。
「信用できない者は通せない」
ということは、信用できれば通してくれるのか。
「じゃあ、何を見せれば通してくれますか?」
「は? 何か一芸でもするつもりか。許可証のない者は通せない」
ダメだな。広いカベルネ村に行くか。あっちの方が可能性が高い。
「ディックさん、こちらは諦めて、カベルネ村に行きましょう」
「ヴァン、ここまで言われると、押し通りたくなるよな」
あっ、彼らは王宮の兵が嫌いだもんな。すると、王宮の兵は、剣に手をかけている。
「いやいや、荒っぽいことはやめてください。きっと、村の中では大切な商談をしているのでしょう。シャルドネから作られる白ワインは、名だたる逸品が多いですからね」
「じゃあ、その商談に来たのなら、通してくれるんじゃねぇか?」
だが、王宮の兵は、剣から手を離さない。
『我が王! 大変でございますです〜!』
えっ? なぜか、目の前に、泥ネズミのリーダーくんが現れた。賢そうな個体もいる。王宮の兵が、ネズミを斬ろうとしたことで、奴らは驚いて僕の腕の中に飛び込んできた。
「おい、なぜ、ネズミが……」
王宮の兵が、めちゃくちゃ警戒している。それに、ラプトルのメンバー達も、表情を固くした。
「ヴァン、どういうことだ? 王都には行ったことがないんだろう? なぜ、ネズミが飛び込んできた?」
どうしよう? 誤魔化すのも面倒か。
「僕は、素顔で王都に行ったことはありませんよ」
いや、王都で魔道具メガネをかけたから、正解に言えば、これは嘘になる。でも、クリスティさんが、素顔の僕の姿は、誰の記憶にも残らないようにしてくれている気がする。
「あぁ、闇市か。なるほどな。だが、なぜ、泥ネズミが?」
「僕に懐いてるんですよ」
リーダーくんは、突然僕の前に飛び出したことを、賢そうな個体に叱られている。だけど、僕の腕の中では、お得意のパンチも飛び蹴りもできない。そのためか、リーダーくんは涼しい顔だ。
「いや、それは苦しい言い訳だぜ。従属だろう? だけど、従属関係は断ち切らずに、さらに上のチカラで、王都のネズミはすべて支配されているぜ」
うーん。僕がゲナードかと言われるかと思ったけど、違ったな。まぁ、いいや。リーダーくんの話を聞こうか。
僕は、あいまいな笑顔を浮かべ、腕の中の泥ネズミ達に視線を移した。
「リーダーくん、何が大変なの?」
『はわわわわわわ〜! 監視をしていた感じ悪ぅい奴らですが、なななななんと、この村に入って行ったのでございます!』
「えっ? ここに? 隣のカベルネ村じゃないの?」
『ここでございます〜。ドバッと投げて、シュルシュル〜っとして、パクパクなのを見てしまった仲間が、首チョンパになってしまったのです〜』
「えーっと、よくわからないけど、泥ネズミが殺されたのかな」
すると、賢そうな個体が口を開いた。
『我が王、大量の妖精が奴に喰われています』
「えっ? 水の妖精じゃなくて、まさか、シャルドネの妖精?」
『それは、わかりません。我々には区別ができません。送られてきた思念によると、人間の手のひらくらいの、女性の姿をした妖精です』
「僕に、見せて」
すると、リーダーくんが、僕の腕の中からスルリと抜けて、僕の頭の上に乗った。その直後、殺された泥ネズミが見た光景が見えた。
逃げまどう妖精や精霊に、粘着質な何かを放ち、そして捕まえた妖精を丸呑みする半透明な獣。ぶどうの妖精も、水属性の妖精や精霊も、関係なく捕まえて喰っている。
「この半透明な獣が、奴?」
『そうなのでございます! ちびりそうなのでございますです』
僕は、王宮の兵を睨んだ。
ちょっと、脅してみようか。
「貴方達は、おそらく全員処刑されますよ」
「は? 処刑?」
「貴方達が、僕を足止めしているこの先では、ノレア様が討伐しようと必死になっている堕ちた神獣ゲナードが、手当たり次第に妖精や精霊を喰っている」
「はぁ?」
「ノレア様が、この先に奴が入ったことを察知され、そして、僕に調査依頼が来たのです。ぶどうの妖精がすべて喰われたら、シャルドネ村は、終わりですよ」
日曜日はお休み。
次回は、8月23日(月)に更新予定です。
よろしくお願いします。




