276、デネブ街道 〜ジョブ『王』の男
「僕の村、ですか?」
「ええ、ノレア様の言葉を伝えに行きましたが、我々の警告を完全に無視されるのですから、笑ってしまいましたよ」
うーん? リースリング村に来た人?
闇属性の偽神獣に化けたことをとがめにきた人か。確か、トロッケン家の生まれで、ジョブ『王』だと言っていたっけ。
それに、弱った水属性の偽神獣を討伐したときに、ガメイ村に居たとも言っていたよな。チカラがあるなら、手伝ってくれたらよかったのに。
「トロッケン家の生まれの方でしたね。なぜ、こちらに?」
僕は、嫌味のつもりで言ったのに、冒険者がビビったことに、なぜか気を良くしたらしい。周りを見回して微笑みを浮かべている。
「貴方が、呼んだのですよ? 話のできる者をと。しかも、そんなまがまがしいオーラを放って、強制的に」
強制的に? 僕が呼んだって? デュラハンの加護を使っているから、ノレア様の命令だろうか。
「それなら、先程の王宮の兵の言動は、ご存知ですよね?」
「ええ、当然ですよ。どこでどの兵が全滅させられるかわかりませんからね。危機管理はキチンとしていますよ」
彼は、涼しい顔だ。
「この店には、貴方達がお捜しの人物はいないと思いますけど、サーチ結果はどうだったのですか」
僕がそう言うと、彼の表情から笑みが消えた。うん? これは嫌味のつもりじゃないんだけどな。
「これが何の調査かをわかっているのに、貴方はそのような、まがまがしい姿に?」
警戒したような表情だな。僕が、デュラハンを使って何かを仕掛けると思ったのか。
「逆ですよ。何の調査かわからないから、闇の妖精の加護を使ったんです。あまりにも王宮の兵の態度がひどいのでね」
人間の悪意は、デュラハンは得意だからな。デュラハンは、僕に苛立ちを向ける人の考えも見せてくれる。
「それは、その冒険者が煽ったのでしょう。ふむ、ラプトルか。獣人保護に熱心なパーティですね。なるほど」
獣人保護?
僕は、ラプトルの人達に視線を移した。僕を見てニヤッと笑ってる。精霊師だと明かしたようなもんだからか。
このトロッケン家の人の言葉に、彼らは反論しない。ということは、獣人保護に熱心なパーティというのは正しいのか。
あっ、彼らには、キララさんが獣人だとわかっていたんだ。それに、こういう調査が来ることも。
なるほど。だから、この店に居座っていたんだ。キララさんではなく、僕に肉を焼けと言っていたのも、奴隷を休ませてあげたかったのかもしれない。
「それで、ヴァンさん。貴方はこんな所で、何をしているのですか」
それを探りに来たのか。
「ぶっちゃけても?」
「ええ、構いません。一般人に聞かせたくない話は、後から消去しますから」
トロッケン家らしい言動だ。
「僕も、記憶を操作されるんですか」
そう尋ねると、彼は面白そうに笑った。
「あはは、そんな、まがまがしいオーラを放つ人の記憶操作なんてできませんよ」
「なるほど。だから僕を殺そうと、暗殺依頼を出すのですね。僕が、貴方達に従わないから」
「はい? まさか、我々は、そんなことはしませんよ。ベーレン家の一部の者じゃないですか」
ふーん。裏ギルドのことは、僕はわからないと思って、とぼけているのか。僕は、暗殺貴族のクリスティさんから、いろいろ教えられているんだけどな。まぁ、いいや。
「それで、ヴァンさんは、なぜこちらに?」
「とある精霊様の憑依を使ったときに、見えたんですよ」
僕がそう話し始めると、彼は予想と違ったのか首を傾げた。
「何が見えたのでしょう?」
「以前、王宮の精霊師が各地で、蟲の始末をしましたよね? それからしばらく経ったことで、新たな精霊や妖精が大量に生まれています。だけど、王都付近がなんだかおかしかったんですよ」
彼の警戒が解けたようだ。デュラハンの加護を強めていると、僕に向けられた殺意や敵意がわかる。それが、スッと消えたんだ。
「どのような違和感か、教えていただきたい」
急に、彼の態度が変わった。
「王都付近には、闇属性と水属性の精霊や妖精が多く生まれています。貴族が多い場所には闇属性の妖精が生まれますからね。また、水の都である王都には、水属性の妖精も多いのでしょう」
「ええ、そうですね。それで?」
「育ってないんですよ。土の中から上がっていく数は非常に多い。それなのに、この付近でさえも、新たに生まれたはずの妖精の数が少ない」
すると、彼は黙ってしまった。
僕が言いたいことがわかったみたいだな。新たな精霊や妖精は、ゲナードやその配下のエサになっているから、数が少ないんだ。
妙な静寂に、冒険者達には緊張感が走っている。
『ノレアの坊やと打ち合わせ中だ。ふっ、こっちの手の内を明かしてやったのは正解だったな。何かを要求してきたら、対価はオレの首だぜ?』
デュラハンさん、楽しそうだね。
『くくっ、最近はずっと、暇だったからな』
「ヴァンさん、その原因は、おわかりですか?」
ゲナードの仕業だということを、知っているかってこと? まさか、気づいてないのか?
『コイツは知っているようだな。他の兵には知らされていないみたいだぜ。ぶっちゃけちまえよ』
デュラハンさん、楽しそうだね。
「逆に尋ねます。原因がわかると言ったら、僕を拘束しますか?」
「えっ? なぜ、そんな……」
「じゃあ、僕の好きにさせてもらいます。貴方達には、敵わない相手でしょう?」
挑発だ。ふっ、怒って帰ってくれ。僕は、ノレア様に協力する気はない。僕の暗殺依頼を出すような人を、信用できるわけがない。
「やはり、ヴァンさんが、奴らを倒す切り札を持っているのですね」
あれ? 怒らないな。逆に、すがるような目つきだ。
「その切り札が、この姿のことをおっしゃっているなら、彼の首を返してもらえませんかね? ノレア様が隠していることは、わかっています」
「えっ? そ、それはできません。あぁ、そうか。デュラハンを使うという手もあるか。確かに首無しでは、アレに敵うわけがない……だが……」
彼はなんだか、ぶつぶつと独り言をいい始めた。
『ふっ、うまく誤魔化したじゃねぇか。ノレアの坊やは、堕天使が誰に従っているかが、つかめていないらしいぜ』
えっ? わかってるんじゃないの?
『お気楽うさぎがヴァンにまとわりついていることは、わかっている。だが、あれ以来、堕天使の姿になってねぇからな。あの堕天使が、アイツなのかどうかも、わかってないみたいだぜ』
えー? ブラビィが堕天使になったから、もう、僕に手出しできないとか言われてるんだけど。
『ノレアの坊やは違う。今は、堕天使は、あの日突然現れた天兎の可能性があるって思ってるぜ。ゲナードは、堕天使の正体がわかってるだろうけどな』
ノレア様って、イマイチだな。あー、まだ、子供なんだっけ。
僕は、冒険者達の様子を見てみた。やはり、ピリピリしているよな。店の人達は、オドオドしている。あっ、そうだ。
「あの、それよりも大切なお話を忘れていませんか?」
そう問いかけると、彼は、パッと顔を上げた。
「何ですか」
「貴方がここに来た理由ですよ。兵の態度が酷いことを謝りに来たんじゃないのですか。獣人だ奴隷だと騒ぎ立てることが、貴方達の調査目的ですか? 堕ちた神獣を探しているのでしょう?」
デュラハンの加護を強めた姿で、こんなことを言うと、脅迫に聞こえるのだろうか。王宮の兵が一気に緊張したようだ。
だが、ジョブ『王』の彼は、つまらなさそうな顔をしている。ゲナードの情報かと期待したのか。
「そうでしたね。兵が挑発に乗って、こんな場所で剣を抜いたことについては、申し訳ない。獣人や奴隷の話は、世間話ではないのかな」
「こんな場所で、言う必要のない素性を明かされたら、ここにいられなくなるじゃないですか。それに、貴方も、僕の名を口にしている」
「それは、失礼。ですが、ヴァンさんのことは、隠す必要はないでしょう? これだけ目立つことばかりしているんですから」
何、それ?
突然、彼が手で僕を制した。念話か。
ラプトルのメンバーではない、別の客の感情が大きく動いた。魔道具を操作している。
『くくっ、名前とパーティ名がわかれば、いろいろわかるみてーだな。あの冒険者の嬉々とした顔がウザすぎる』
そう言いつつ、デュラハンは楽しそうだ。
「ヴァンさん、ちょっと協力して……」
「お断りします!」
僕は、ノレア様に協力なんてしない。
「いや、まだ何も言ってませんよ? この先のぶどう畑の調査です。ジョブ『ソムリエ』でしょう?」




