273、デネブ街道 〜荒っぽい客からの情報
なぜか、僕は、食事処の手伝いをすることになってしまった。
店員の女性に、白ワインを勧めたのは僕だけど……なぜ、その旦那が戻って来ているのに、僕が手伝わなければならないんだ?
「お客さん、すみません。父さんは、料理は全くできなくて……」
男の子は、ずっとオロオロしている。
店員の女性に、ポーションを飲ませれば解決すると思ったけど、まぁ、僕も、急いでどこかに行くわけではないか。
そもそも、クリスティさんが僕をデネブ街道に転移させた理由が、まだわからない。この街道で、何かを探れということなのかもしれない。
デネブという名を持つ場所や、水の都である王都には、多くの水の精霊や妖精が生まれている。
堕ちた神獣ゲナードの配下は、水属性の偽神獣だった。まだ、天兎による傷が癒えていない奴らが、エサ場としている場所はわからない。それを突き止め、奴らを陰の世界に送り返さないといけないんだよな。
「まぁ、僕は、急いでいるわけじゃないから、いいですよ。でも、僕はキララさんみたいに、上手く作れないですよ?」
「ぼくや父さんは、全くできないから……」
新たに来た客は、冒険者風の荒っぽい男達だ。さすがに、僕も、放って帰るとは言えないか。
この店の旦那は、ワイン屋なのだそうだ。ぶどう農家で生まれたらしい。おそらくこの先のシャルドネ村、カベルネ村のどちらかなのだろう。気になったけど、聞かない方が良さそうな雰囲気だな。
奥のミニ厨房には、数人分の下ごしらえをしてあった。店が暇だったのかもしれないけど、いつ満席になってもいいように、準備されているようだ。
僕は、さっき食べたプレートを思い出しながら、人数分の料理を仕上げた。
客席へは、男の子が運んでくれた。人数が多いときは、手伝っているんだな。いや逆に、男の子の方が、客あしらいが上手いのかもしれない。
「なんだ? 同じ料理か」
「ウチは、これ一種類なんです。パンはお代わり自由です」
「こんな、しけた定食では、景気付けにならねぇじゃねぇか。エールも持ってこい」
「ウチは、ワイン屋なので、ワインしか置いてないです」
「そんな気取ったもんを飲む気分じゃねぇよ」
男の子は、ワイン屋の父親に助けを求めるような視線を送っている。だけど、父親は見て見ぬフリをしている。この男、サイテーだな。
「エールを買って来いよ!」
荒っぽい客の怒鳴り声に、酔って寝ていた店員の女性は、ハッと目を覚ました。そして僕が、ミニ厨房にいることに戸惑い、混乱している。
「店員さん、大丈夫ですか?」
「あぅ、あぁ、ごめんなさい。私は……眠っていたのね。大変だわ、主人に見つかったら……」
彼女の話し声が、ミニ厨房の外にまで聞こえたらしい。店の旦那がギロリと睨んでいる。だけど、ここには来られないらしい。
「さっさと買ってこいよ!」
また客が怒鳴ると、旦那は店頭に出て行った。そして客の死角に立っている。この男、ほんとにサイテーだな。
男の子は、すがるような目で僕を見ている。店員の女性は、店頭にいる旦那に気づき、大混乱中だ。
はぁ、仕方ないか。
「お客さん、当店は、ワイン屋なんですよ」
このタイプの客には、下手に出すぎるのはよくない。僕は、カラサギ亭のマスターの態度を思い出していた。
「なんだ? 客の言うことに文句をつける気か!」
さらに大声で、恫喝する客。店頭にいる旦那は、ギクリと肩を震わせた。なるほど、相手が自分より強そうだと思ったら、ああなるのか。
おそらく、僕も、冒険者をしていなかったら、怯えて逃げていただろうな。
何かのチカラを使って叩き出してもいいけど……そうすると、この店が後から報復されるかもしれない。僕が無関係だと知らせておく方がいいな。
「お客さん、無茶なこと言わないでくださいよ。ぶちゃけると、僕も、客なんですよね」
「は? なんだって?」
「ここの店員さんが体調を崩しちゃったんで、仕方なく手伝うことにしたんですよ。僕は、さっき、その草原に転移してきたばかりでねー」
すると、彼らの態度が少し変わった。
「兄ちゃんは、何者だ? 王都へ行くのか?」
「僕は、冒険者ですよ。最近ボックス山脈は、王宮の兵が検問してるから、検問所の待ち時間が長いんですよね。王都なら、いい仕事があるかと思って」
ボックス山脈に出入りする冒険者だと言うと、大抵の小者は黙る。逆に力のある者は、認めてくれるか試すかのどちらかだな。
「ほう、そんなに若いのにボックス山脈だと? あはは、冗談がキツイぜ」
この反応は、どっちだ?
「僕は、弱いからねー、よくそう言われますよ」
余裕たっぷりの笑みを浮かべると、彼らは押し黙った。
「そ、そうか。だが、王都へは、今は行かない方がいいぜ?」
「どうしてですか?」
「兄ちゃんは、魔獣使いだろ?」
はい? あー、ひとりが魔道具を触っている。サーチされたのか。でも、まさか極級だとはわからないだろうけど。
「サーチしたんですか。感じ悪いですねー」
「いや、悪い。ジョブと警戒スキルしか見てねぇから」
「警戒スキル?」
「あー、あの、いや……ヤバイ技能つきのスキルを感知できるんだよ。魔獣使いのレア技能なんて、やめてくれよ?」
そういう魔道具もあるのか。
僕が黙っていると、彼らはおとなしくなってきた。もう、エールを買ってこいだなんて、騒ぐ気はなさそうだな。
しかし、なぜ、王都に行くのはやめろと言うんだろう? 魔獣使いと何か関係あるのか?
「魔獣使いのスキル持ちは、王都に入れないんですか」
僕がそう尋ねると、彼らは、少しホッとしている。僕の声色が、冷静だからか。
「兄ちゃんは、王都に行ったことないなら、知らないだろうが、いま、王都には転移で出入りできない結界が発動されているんだよ」
いや、ついさっき、転移の魔道具で王都からここに来たけど?
「魔道具なら、可能なんですか」
「いや、ほれ、下の草原を見てみなよ。転移魔法も魔道具も、すべて弾かれて、ここに着いているだろ。王都が結界を強化するとこうなるんだよ。徒歩でしか出入り出来なくなる」
そう言われてみれば、デネブ街道を歩く人が一気に増えた。店の旦那も、何か稼ぎ時だというようなことを言っていたっけ。
王都に行ったことがない人は、直接王都に転移できず、この草原に飛ばされるって、転移屋さんが言っていたよな。だから、彼らは、僕が王都に行ったことがないと思ったのか。
「何か、王都で事件でしょうか」
「例の神獣騒ぎのときみたいな、物騒な話じゃないみたいだ。あっ、兄ちゃんは、神獣騒ぎを知らないか」
ここで知らないというのは、マズイな。ボックス山脈に出入りする冒険者らしくない。
「偽神獣の一斉討伐ですか? だいぶ前に、噂は聞きましたけど、失敗したんですよね?」
「ガハハ、そうだよ。王宮の兵も、たいしたことねぇよな」
なんだか、嬉しそうだな。
「物騒な話じゃないのに、王都の結界を強めるのは、おかしいですね」
「王都は、王宮への侵入者があるたびに、逃がさないように、結界を強めて検問するらしいがな」
なんだ、よくあることなのか。まさかクリスティさんじゃないよな?
「侵入者、ですか」
「だが、今回は違うらしいぜ。兄ちゃん、見てみろよ」
そう言って、彼らは僕に、魔道具を見せた。情報系の魔道具らしい。王都の結界強化の情報が書かれてある。
「ネズミの独占? ベーレン家が特異な魔獣実験?」
ちょっと待った。これって、まさか……。
「王都はな、ネズミを使って神官家や貴族が、諜報活動をしてるんだよ。独占されることがないように、ネズミは二種類、種族的に敵対するようになってんだ」
「それが、両方のネズミを支配する奴が現れたから、急遽、王都の結界が強化されたんだってよ。魔獣使い持ちは、徹底的に調べられるみたいだぜ」
「はぁ……」
僕を捕まえるために、こんな大規模なことを?
あっ、クリスティさんが突然、僕をここに転移させたのは、王都から逃してくれたのか。
「あはは、兄ちゃん、ネズミくらいで騒ぐことが理解できねぇみたいだな。ただのネズミじゃねぇんだよ。どんな魔道具よりも、王都のネズミは恐ろしいんだ」
「ベーレン家の魔獣実験は、ノレア様の我慢の限界を越えたんじゃねぇか? ベーレン家の大神官の遺伝子を神獣ヤークの子孫に植え付けるなんてな。まぁ、だからこそ、すべてのネズミを支配できるんだろうけど」
「あぁ、ベーレン家の魔獣実験を、王宮はもう許さないだろうな」
これが、クリスティさんの狙いなのだろうか。




