272、デネブ街道 〜仕方なく接客を手伝う
「あまりお酒には強くないんですね」
グラス半分くらいの白ワインを一気に飲み干した女性は、真っ赤な顔をしている。
ワイン屋なのに、ワインを飲んだことがないと言っていたけど、まさか、一気飲みをするとは思わなかった。
「あ、いえ、ひゃぁぁ、す、すみません」
完全に酔っている。
普通のポーションもあるし、薬草から、アルコールの解毒剤も作れるけど、どうしようかな。
「ふわふわして、良い気分ですぅ」
彼女は、よろよろとレジカウンター内に座り込んでしまった。まぁ、他にお客さんは居ないから、いいか。
ワインを一気飲みしたら、こうなるということを、彼女自身が知っておく方がいいかもしれない。
「お客さんです。えっ? あれ?」
客引きの男の子が、二人組の客を連れてきた。
「どうしたの? キララさん」
カウンター内の椅子に座り込む彼女に、男の子が駆け寄った。
「らいじょーぶぅ」
完全に真っ赤な彼女に、男の子は戸惑い、僕に視線を移した。
「僕が、飲み残した白ワインを勧めてしまったんですよ。ワインは、飲んだことがないとおっしゃったので……」
「あぅ、そう、ですか……」
男の子が連れてきた二人組の客は、ワインをいろいろと眺めている。
「あの、すみませーん。これって、贈り物に使えますか?」
お客さんに声をかけられ、男の子がオロオロし始めた。
どうしようか。店員の女性をすぐに解毒しても、彼女は、お客さんの質問には、答えられないだろうな。仕方ない。
「僕が、手伝いますよ」
「えっ? でも、お客さん……」
「僕が飲ませちゃいましたからね。あっ、お代は、もう支払ってあるから安心して」
「えっえっ……」
男の子は、女性と僕を見比べつつ、オロオロしている。だけど、女性は、もう眠そうだ。
僕は、やわらかく微笑み、店頭へと出ていった。
「お客様、お待たせ致しました。どのような贈り物でしょう? お祝いか何か?」
「いえ、手土産になるかと思って……」
「そうですね、ちょっと失礼」
僕は、二人組の客が持つワインに触れた。あー、テーブルワインばかりだな。
「ご予算は、これくらいですか?」
「ワインの値段は、わからないんだけど、高そうに見える物がいいわ」
なるほど、それで、ラベルが派手な物を選んだのか。
「お土産を渡すお相手は、ワインをよく飲まれる方ですか」
「ええ、神矢の【富】が、ワインになってからは、いろいろと集めているみたいなのよ」
「そうですか。それなら、お詳しいでしょうね。今、手にお持ちの品は、食事に気軽に合わせるテーブルワインなんです。お土産でしたら、少し高くなりますが、このあたりはいかがでしょう?」
僕は、銀貨2枚の高級ワインを指差した。
「いや、それは高すぎるわね」
「では、この高級ワインと近い味わいのこちらの白ワインは、いかがですか? この街道の先のシャルドネ村の限られた畑のぶどうから、丁寧に作られた物です」
「似た味わいなのに、銅貨30枚なの?」
「ええ、そうなんです。作り手が有名な物は値段が高くなりますが、これは、まだそれほど有名ではない作り手のワインです。ですが、非常に上手く作られています」
「へぇ、それってお得ね」
「はい。数年後には、この作り手のワインは、ドーンと値上がりするかもしれませんね」
「じゃあ、魔法袋に入れておけば……」
「ワインは生き物です。魔法袋に長い間いれておくと、呼吸ができなくて劣化してしまいます」
「えっ? 魔法袋の中では時間は止まるわよ?」
「はい、ですが、魔法袋の魔力が、ワインの負担になってしまうのです。人間が、魔法袋の中に入っていられないのと同じです」
「まぁ、そうなのね。じゃあ……」
「適度な湿度と温度を保つ冷蔵庫で保管されれば、二年くらいなら、保管できますよ」
「えっ? ワインって何十年も保管できるんじゃないの?」
「それは、主に赤ワインです。これは、白ワインですから、長期保管をすると、劣化してしまいます。一部の白ワインには、長期保管可能なものもありますが、このワインは、今が飲み頃ですよ」
「へぇ、飲み頃の物なのね」
「ええ。ワインを楽しまれたら、飲んだ記念に、このラベルを置いておかれたら、数年後の楽しみになりますよ。ドーンと値上がりしているかもしれませんから」
「ラベルを置いておくの?」
「はい、水魔法でしっかりと湿らし、ゆっくりと剥がして乾かせば、ラベルのコレクションができます。ボトルのまま、保管しておくのもいいですね。コルク栓も一緒に置いておくとよろしいかと」
「ボトルは、割れてしまうわ」
「ワインを飲んだ空き瓶なら、魔法袋で保管されても問題はありませんよ」
二人組の客は、顔を見合わせ、頷いた。
「じゃあ、これを二本いただくわ」
「ありがとうございます。贈り物用に、箱に入れましょうか? もしくは、派手なラッピングでも?」
「派手な方がいいわ」
「はい、かしこまりました。しばらくお待ちください」
僕が、白ワイン二本をレジカウンターへと持っていくと、男の子がポカンとした顔をしていた。
「ラッピングは、適当に使ってもいいかな?」
「は、はい!」
店員の女性は、レジ奥の小部屋に移動して眠っている。起きたら頭痛くなるかもね。
僕は、瓶に緩衝材を巻き付け、その上から包装紙をクルッと巻き、底の部分を放射状に折り込んだ。
そして、上の方は、細く割いた二色のリボンを束にして、派手に飾った。リボンの端は、ヒート魔法を使って、クルクルと丸めて華やかに仕上げた。
「二本で、銅貨60枚になります」
「まぁっ! すっごく高そうに見えるわね。ありがとう」
「ありがとうございます。飲まれるときは、しっかり冷やしていただくと、よろしいかと思います」
「わかったわ。これは、いま、魔法袋にいれてはいけないかしら?」
「移動の時間くらいなら、問題ありません」
「そう、ありがとう。良い買い物ができたわ」
二人組の客は上機嫌で、王都の方へと歩いていった。
僕は、ワイン代金の銅貨60枚を、男の子に渡した。
「レジに入れておいてね」
「あっ、はい。あの……お客さん、あの」
男の子は、スピーっと眠っている女性をチラッと見て、何かを言いたそうにしている。あー、僕が帰ると困るのか。
「店員さんが起きるまでは、いましょうか?」
すると男の子は、パァッと明るい表情を浮かべた。
「ありがとうございます! お客さん、すごいですね。もしかして、ワイン屋なんですか?」
身元がバレる話はしない方がいいか。
「僕の両親が、酒屋さんで働いているんですよ」
「へぇ、それで詳しいんですね。キララさんは、何もわからないみたいなんです」
キララさん? あー、店員さんの名前か。親子じゃないのか。
「ワインは、ちょっと難しいですからね」
「でも、父さんと結婚したのに、ひとりでは店番もできなくて、ぼくがお客さんを呼んでこないと、全く売り上げにならないから」
お父さんの再婚相手か。
「でも、ワインの状態もいいし、店は綺麗に掃除されていますよ。食事も美味しかったです」
「あっ、食事は、キララさんが作っているけど……」
男の子は、微妙な表情だ。
「お父さんは、お店をされないんですか」
「えっ……あの、うーん、父さんは……」
聞いてはいけないことだったか。
「あっ、無理に聞くつもりはないから、話さなくて大丈夫ですよ。キララさん、早く起きてくれたらいいですね」
「……うん」
男の子は、カウンター内の席に座った。客引きには行かないのかな。キララさんが眠っているからか。
「あっ!」
男の子が、店の外へと駆け出していった。
何かが起こったのだろうか。僕も店頭の方へ移動してみると、男の子は、40歳前後の男性と話をしている。
「なんだって? キララが寝ているだと?」
僕が店頭へ出ると、その男性は怪訝な表情で、僕に軽く頭を下げた。
「父さん、このお客さんが、土産を買いに来たお客さんの接客をしてくれたんだよ」
「そうでしたか。そりゃどーも。若い兄ちゃんだな。俺の嫁を酔わせて襲おうとでもしたか?」
あー、そう見えるか。
「父さん、違うよ。キララさんがワインを飲んだことないって言ったらしいよ」
「はぁ、全く使えない女だな。せっかくの賑わいなのによー」
僕は、帰ろう。
「じゃあ、僕は、これで」
「あ、ありがとうございました!」
男の子は、ぺこりと頭を下げてくれた。でも、父親の態度が気になる。まぁ、いっか。
「ここは、メシ屋だな?」
ゾロゾロと男性客が入ってきた。
「ちょっと兄さん、待ってくれ!」
ん? なぜか僕が呼び止められた。




