271、デネブ街道 〜ワイン屋で食事
僕は今、見知らぬ草原にいる。
ベーレン家の無料宿泊所で、話をした後、クリスティさんに渡された魔道具で、なぜか、ここに転移してしまったんだ。
「魔道具メガネは、王都に入るときには、必ず着用しなさいよ。今は、外していいから」
そう言われて、魔道具メガネを外した瞬間、渡された転移の魔道具が発動したみたいだ。この魔道具は、一度きりの仕様らしく、転移の光が消えると、僕の手の中で崩れて消えてしまった。
僕は、とりあえず、手に持っていた魔道具メガネを、魔法袋に入れた。はぁ、クリスティさんは、むちゃくちゃだよな。何がしたいんだよ。
ここは、どこだろう? 僕は、スキル『迷い人』のマッピングを使った。あぁ、王都のすぐ北側に広がる草原か。
ちらほらと人の姿が見える。こんな何もない草原に、なぜ人がいるんだろう。
しかし、突然、何なんだよ。クリスティさんは、僕を王都から遠ざけたかったのだろうか。理由も言わないで、強制転移。それなら、リースリング村かスピカに、送ってくれたらいいじゃないか。
「おい、転移屋! 俺は王都へと依頼したんだぞ!」
僕のすぐ後ろに現れた男性が、怒鳴る声が聞こえた。
「お客さん、王都へは、行ったことのない人は直接転移できないんですよ。デネブ街道を南に行けば、すぐに王都の門があります」
デネブ街道? デネブの名前を持つ場所だ。
転移屋が指差しているのは、少し高い場所にある道のようだ。この場所は、道よりも低い場所に広がる草原か。
ところどころ、ぬかるんでいる場所もある。それに、ここに生えている草は、湿地帯に生える植物だ。雨季になると、ここは湿原になるのかな。
広い草原には、水の精霊がふわふわと漂っている。いや、妖精だろうか。風もないのに、北の方へと流れていくみたいだ。北に何かあるのだろうか。
僕は、彼らについていくように、街道へと向かった。草原から、街道へ上がる階段がある。
転移屋を怒鳴りつけていた人は、街道を左へと進んで行った。転移屋は、ふーっとため息をつき、スッと消えた。
街道には、ずらりと店が並んでいる。ここに転移してくる人が多いからだろうか。宿屋らしき建物もある。露店も出ている。かなりの賑わいだ。
階段を上がったところには、大きな看板が出ていた。左へ行くと、王都。右へいくと、シャルドネ村とカベルネ村? 有名なぶどう産地じゃないか。
「お客さん、よかったら、見て行ってくださいよ。王都で買うより安いよ」
看板の前に立っていると、客引きらしき男の子に声をかけられた。まだ、7〜8歳に見える。
「何の店なの?」
「ウチは、ワイン屋です。食事処もやってます」
ワイン屋! なんだか気になる。そういえば、お腹がぺこぺこだ。
「ちょうど、お腹が空いていたんだ」
僕がそう言うと、男の子は嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「ウチの店は、こっちです」
男の子に案内されながら歩いていると、あちこちの店から声をかけられた。店が多いから、必死なのだろうか。
「ここです。どうぞ」
看板から右へ、かなり歩いた場所にその店はあった。この付近は、草原の端の方だ。転移屋を使って草原に来る人も少ない。だから、客引きが必要なんだな。
「いらっしゃいませ」
「お食事です」
男の子は、そう言うと、僕にぺこりと頭を下げ、来た道を戻っている。客引き係なんだな。
小さいけど、綺麗な店だ。街道沿いはワイン屋で、その奥が食事処になっているようだ。
席に案内されると、僕以外に誰も客は居なかった。時間帯が中途半端なのだろうか。男の子の母親くらいの年齢の人が店をやっている。店員は、他にはいないらしい。
「お待たせ致しました。当店にようこそ。ごゆっくりどうぞ」
「ありがとう」
トレイには、見たことのない料理が並んでいる。メニューのない店だ。これ一種類だけしかないのか。
まず、スープを飲んでみた。優しい味の野菜たっぷりスープだ。新鮮な野菜を使ってあるから、あえて薄味にしてあるのか。
そして、不思議な卵料理。見た目はケーキのようだ。色とりどりの野菜を卵に閉じ込めるようにして焼いてある。パクリと食べてみると、軽い赤ワインが飲みたくなった。肉のエキスが卵に入っているようだ。
次に、ミートボール。これは知っている。そう思って食べると、味がイメージとは全く違った。肉じゃなくて魚だ。魚のすり身を丸めて煮てあるのか。弾力があって、すごく美味しい。これは、辛口の白ワインが飲みたくなる。
ワイン屋だから、料理がワインに合う味になっているんだな。
「すみません。追加で、辛口の白ワインをお願いできますか」
「は、はい! ちょっとお待ちください」
僕の注文に、女性は慌てている。難しい注文をしてしまったのだろうか。
「あっ、やっぱり、店から選んでもいいですか?」
「はい! どうぞ!」
明らかにホッとしている。この女性は、ワインに詳しくないのだろうか。
僕は、食事を中断して、店の方へと移動した。
綺麗に並べられたワインには、それぞれ味の説明が書かれた値札がボトルの首に引っ掛けてある。
僕は、いくつかのワインに触れた。『ソムリエ』の技能は、最近使っていなかったけど、衰えることもなさそうだ。
ワインを構成するぶどうの妖精達の声が聞こえる。何を話しているかはわからないけど、その雰囲気や、受ける印象から、ワインの味の予想ができるんだ。
どのワインも、状態が良い。キチンと管理されている証拠だな。高級な物もあるけど、食事に合わせるなら、テーブルワインで十分だ。
「これをお願いします」
「は、はい。えーっと」
僕が選んだのは、シャルドネというぶどうから作られた辛口の白ワインだ。この先のシャルドネ村のぶどうで、作られているみたいだな。
女性は、ワインのボトルとオープナーを持って、また焦っている。開けられないのかな。少し冷やしてから開けてほしいんだけど。
「あの、もし、お忙しいようなら、僕、自分で開けますけど?」
「あぁ〜、す、すみません。実は、私、ワインは全く扱い方がわからなくて……」
「それで店番は、大変ですね」
「すみません……」
彼女は、がくりと肩を落とした。いや、嫌味に聞こえてしまったのか。
「いえ、変な意味はないんです。ワインは、難しいですもんね。僕、やります」
すまなそうにする女性から、ボトルとオープナーを受け取った。この調子なら、グラスへ注ぐことも難しいよな。
僕は、氷魔法を使ってワインを冷やし、オープナーでボトルの首のフイルムを切り、コルクを抜いた。
そして、コルク栓の香りを確認する。うん、完璧な状態だな。
女性は、僕のテーブルにワイングラスを置いてくれていた。僕は、グラスに白ワインを注いだ。
華やかな香りが微かに広がる。うん、いいね。僕は、食事を再開した。やはり、ミートボールみたいなフィッシュボールとの相性は、抜群だな。
僕は、白ワインを3杯ほど飲んだ。ボトルには、まだ半分残っているんだよな。
「あの、よかったら、飲んでみられませんか? 僕、半分ほど残してしまって」
店員の女性に声をかけると、驚いたような顔をされた。あー、先にお代を支払ってからの方がいいかな。いろいろと、難癖をつけて、踏み倒す客だと思われるのも困る。
店内を見回すと、食事の料金のはり紙を見つけた。これで、銅貨8枚か。安すぎるんじゃないかな。パンは、一つしか食べなかったけど、おかわり自由のようだ。
僕は、ワインの代金と合わせて、銅貨18枚を女性に渡した。このワインが、1本で銅貨10枚というのも安すぎるよな。
「あ、ありがとうございます」
僕が支払いを済ませると、女性はホッとした表情だ。やはり、食い逃げを警戒していたのか。こんな場所だと、そういう客もいるんだろうな。
「飲み残すのは、もったいないので……」
再び、勧めてみると、女性は、新しいグラスを持ってきた。
「私、実は、ワインを飲んだことがなくて……」
「そうなんですね。じゃあ、これは、少し辛いかな?」
「えっ? ワインが辛いのですか? 渋いのではなく?」
えっ……赤と白の違いを知らない?
「白ワインは、渋くないですよ。渋いのは赤ワインです。白ワインは、甘い物もありますが、これは辛口なんです」
どっちがワイン屋だ?
「へぇ、では、少しいただいても?」
「はい、どうぞ」
僕は、女性のグラスに半分くらい白ワインを注いだ。すると、彼女は、一気に飲み干した。エールじゃないんだからさ。
「うわぁ、強いお酒ですね」
女性の顔は、一気に真っ赤になった。
日曜日はお休み。
次回は、8月16日(月)に更新予定です。
よろしくお願いします。




