27、ボックス山脈 〜入山者を探る土の精霊
僕は今、ボックス山脈のふもとにある、検問所にいる。そういえば、入山許可証なんて持ってないけど大丈夫なのかな。
爺ちゃんや婆ちゃんそして村の誰にも、ボックス山脈へ行くことは秘密にしてある。マルクが、ぶどうの妖精さんの願いを叶えるために、解決しなきゃならないことがあると説明してくれたんだ。
確かにボックス山脈に行くと言ったら、絶対に反対されるもんね。だからマルクは、ソムリエの仕事の一環だとだけ説明したんだ。
ジョブは、ある意味、義務だからね。ジョブ『ソムリエ』としての仕事は、畑仕事より優先すべきことになるんだ。
でも、ガメイの妖精さんのお願いだから、ソムリエの仕事かどうかは疑問なんだけどな。
「では、次の人。うん? 二人か?」
検問所の事務員らしき男性が、少し驚いたような顔をしている。マルクを見て、そして僕を見て、またマルクを見ている。子供だからかな。帰る方がいいんじゃないかな。
マルクは、平気な顔をして、その男性と、奥にいる数人の鎧を着た人達に笑顔を向けた。こういうところって、貴族っぽいな。品があるけど凛としていて隙がない感じがする。
「あ、俺のスキルはもちろん、彼のジョブも口に出さないでください。同行してくれる護衛の人達には、知られたくないんですよ」
そう言うとマルクは、冒険者が集まっている方をチラッと見た。あ、こないだのハンターの人達がいる。でも、見たことのない人もいるんだけど。
「護衛を雇っているのか」
「いえ、雇ったわけではありません。彼らは、この彼に恩があります。それを返したいと集まった有志ですよ」
マルクは、綺麗な言葉を並べているけど、ここに集まった人達は、ただ、ボックス山脈に入山したいだけなんだよね。
「そうか。入山許可証はあるか?」
「いえ、彼の入山権限で、入れますよね?」
ちょ、マルク、説明しないの? まさか、僕が話さなきゃいけないのかな。
僕が焦っていると、目の前にいる男性が手のひらを僕に向けた。な、何?
すると、地面から、ブワンと何かが出てきた。僕は、思わず、ビビってのけぞってしまったんだけど、誰もが素知らぬふりをしている。
ちょ、こんなでっかい巨人にビビらないって、どういうこと? あ、れ? 誰も巨人を見ていない。動き回っているのに、なぜ避けないんだよ。
「なるほど、事情はわかりました。確かにそれなら、人手も必要ですね」
「えっ? あの?」
事務員らしき男性は、急に丁寧な言葉使いで、僕にそんなことを言った。
「あぁ、失礼。私は、土の精霊使いでしてね」
「この巨人は精霊様なんですか。だから誰も怖がっていないんですね」
「精霊の姿を見る能力のない者には、何も見えませんからね。私の精霊が、貴方に依頼された内容を確認しました」
「精霊様が?」
「はい、言葉でのやり取りは、嘘が混ざり、厄介ですので」
す、すごい。あ、そっか、この人は精霊使いなんだ。というか、僕は、ぶどうの妖精さんだけじゃなくて、他の精霊まで見えるってこと!?
あ、でも、この巨人は透けていて幽霊みたいだ。見え方は異なるのかもしれないな。このことは、マルクには秘密だね。透けているなんて言ったら、絶対に怖がる。
「へぇ、透けて見えるのですね。そういえば、所有権限のない火の精霊は、確かに透けて見えます。そういう種族かと思っていましたが……。面白い発見だ」
な、何? 僕、しゃべってないよね?
「あの?」
「あぁ、失礼。コイツが巨人扱いされると喜んでいましてね。貴方が考えていることを伝えてくるものですから」
「そうなんですか。精霊様は人間の考えを見る能力があるのですね。なるほど……」
だから、妖精さん達は、あんな風に僕をからかうんだな。僕がまだ子供っぽいから……。
「ふふっ、貴方はたくさんの精霊に振り回されているようですね。ですが、彼らが集まってくるのは、悪いことではありませんよ」
「そう、ですね。いつも心配してくれているみたいですし」
事務員らしき男性は、やわらかな笑顔を浮かべた。うん、いい人みたいだ。
「入山後は自己責任です。この時期のボックス山脈は、特殊な結界に包まれているので、通常の転移魔法では、近距離転移しかできません。魔道具も同じことです。ご注意ください」
「は、はい」
僕は転移魔法なんか使えないけど、マルクは困るよね。だけど、マルクは平気な顔をしている。知っていたということか。
「もしもの場合は、特殊な転移魔法を使っても構いませんか?」
特殊な転移魔法? 全く意味がわからない。転移魔法に特殊なものなんて……。
「ええ、魔力が大丈夫なら、構いませんよ」
えっ……あるんだ、特殊な転移魔法。あっ、クスリと笑われた。僕の考えを、土の精霊様が彼に伝えたんだな。
「同行する冒険者は、先にゲートを通ってください」
鎧を着た人に促されて、冒険者達は先に進んだ。マルクが事前に打ち合わせは終わったと言っていたけど、彼らは、真面目に湧き水を探してくれるのかな?
「それと、ある大規模な依頼がありまして、今かなりの人数が入山しています。山小屋などの宿泊施設は、満室かもしれません。皆さんの野宿の用意は万全ですか」
えっ? 泊まりになる予定はないんだけど。
「簡易的なものなら大丈夫だと思います」
「マルク、僕、爺ちゃん達にそんなこと言ってこなかった」
「大丈夫だよ。一週間くらいの旅だと言っておいた」
「えっ!? 一週間?」
「たぶん4〜5日くらいだと思うけど、長めに言っておく方が心配されないでしょ」
「うーん」
「さぁ、行くよ」
僕は初めて、ボックス山脈に連なる山に足を踏み入れた。それぞれの山には名はないらしい。なぜ、ボックス山脈と呼ばれるのだろう?
「ヴァン、冒険者達とは基本別行動だけど、夜眠る場所は決めてあるんだ。そこで情報交換をするからな」
「何から何までありがとう、マルク」
「はい? まだ始まったばかりだぜ?」
「そういえば、家は大丈夫だった? 昨日、一旦、戻ったんでしょ」
僕がそう尋ねると、マルクは少し表情を歪めた。確か、リースリング村での守護が最終試験みたいなものだと言っていたんだよね。その話は、キチンと聞いておかないといけない、そう感じるんだ。
村長様は期間延長を申し出るほど、マルクのことを頼りにしていた。だから、大丈夫だったはずだけど。
「ヴァンが託された仕事を手伝って、ボックス山脈に行くと言ったら、兄貴達は快く送り出してくれたよ」
「そっか」
マルクの表情は……どう見ても辛そうだ。だから、それを嘘だろうとは、指摘できなかった。
おそらく、ボックス山脈へ行くと言ったら、マルクのお兄さん達は喜んだんじゃないかな。
こんな、強い魔物が多い山に、僕みたいな戦えない友達と一緒に行くなんて……自殺行為だよね。
やっぱり、護衛のハンターを雇うべきじゃなかったのかな。有志の冒険者とは別行動だなんて……僕はほとんど戦えないのに。
ギャー!
前方から、突然、悲鳴が聞こえた。
そして、瞬く間に何かが近づいてきて……。
「ヴァン!!」
僕は、その何かが、地面を払った尾のようなものに足元をすくわれ、そのまま、崖へと放り出された。
シャー!
キシャー!
うわぁ〜!!
僕は、何かをつかもうとするけど、つかめない。ズルズルと、崖を滑り落ちていった。
「痛っ!」
はっ、はっ、はっ、く、苦しい。息ができない。ドクドクと、生暖かい何かが頬を流れた。血だ。クッ。
僕は、必死に魔法袋から、ぶどうのエリクサーを取り出した。意識が途切れそうになる。手が震え、目が見えない。
ゲホゲホッ
死ぬ……のか。
最後の力を振り絞って、ぶどうのエリクサーを口に入れた。なんとか噛んだ。血の味しかしない。
必死に飲み込むと、スーッと息が楽になった。身体の中を何かが流れていくようだ。手のしびれも消えた。そして、だんだんと視界が戻ってきた。
た、助かった。
マルクは?
いつもなら、助けに来てくれる。マルクは転移魔法が使えるんだ。だが、気配はない。
入山時に、いまは近距離の転移しかできないと言っていたっけ。でも、そんなに距離は離れていないはずだ。
あ、そうだ。手袋!
僕は、右手の手袋に触れた。頭の中に何かの位置を示す地図のようなものが現れた。マルクの居場所はすぐ近くだ。動かない。まさか……。
上を見上げて絶句した。すごい崖だ。これは登れない。どこか登れる場所を探さないと。
僕は、振り返って…………絶望した。
目の前には、見たことのない大きな魔物が口を開けて待っていたのだ。




