269、王都シリウス 〜なんだか気まずい
クリスティさんは、ニヤッと笑った。
「フランさん、やっと言ったわね〜。ほーんと、素直じゃないんだからぁ」
クリスティさんの態度が、ころっと変わった。
「何? どういうこと?」
神官様は、怪訝な顔をしている。
「ベーレン家の無料宿泊所で奴隷になっている子供がいるわ。あと、この宿の副支配人は、もともとどこかの執事長だったみたい」
クリスティさんは、何を言ってるんだろう?
「クリスティさん、話が見えないわ」
「ピオン、あとは任せるわ。邪魔者は退散するよ。ネズミちゃん達も遠慮しなさい。行くわよ、バカ兄貴」
そう言うと、クリスティさんは、カーバー家の彼を連れて倉庫から出て行った。無料宿泊所の管理人バーバラさんや、土ネズミの変異種も、クリスティさんと共に姿を消した。
突然、何が起こったんだ?
「ピオンさん、あの……これは一体?」
「えっと、フランさん、僕にも、何がなんだか……」
「クリスティさんは、貴方のことを気に入っているみたいですね。私とくっつけようとしているのかしら。困った人だわ」
神官様は、さっきの話のこともあってか、居心地が悪そうだ。僕も、まさか、神官様が僕のことを……ヴァンが好きだなんて言われるとは、予想もしていなかった。
僕は、どうすればいいか、全くわからない。
「ピオンさん?」
「あぁ、はい。そうですね、クリスティさんは、いつも何を考えているか、わからないから」
「ふふっ、ピオンさんは、クリスティさんのことが気になっているんですね。彼女の貴方を見る目は、好意を持つ人の目だったわ。彼女は、ヴァンのことばかり言っていたけど」
「えっ? あ、はぁ。そうなんですかねぇ」
気まずい。どうしよう。僕がヴァンです……だなんて、言えない。
「とりあえず、ここから出ないといけませんね。道が複雑だと言っていたけど……」
「それなら、大丈夫です。マッピングの技能がありますよ。じゃあ、こちらへ」
僕は、スキル『迷い人』のマッピングを使った。確かに地下倉庫から、外へ出る道はわかりにくい。盗賊避けだろうか。
彼女を先導するように、通路を歩いていく。
何か話しかけるべきなのだろうけど、僕には、話題が浮かばなかった。下手なことを言って、ボロを出すわけにはいかない。今の僕は、ピオンなんだから。
外への出入り口は、施錠されていない。あれ? 従業員が、施錠したと言っていたはずなのにな。
鍵がかかっていたら、精霊憑依を使おうかと思っていたけど……神官様に素性がバレてしまうか。ラッキーだったってことかな。
「ピオンさん、私の依頼を受けてくださって、ありがとうございます。それに、私が居なくなったことを察知して捜してくださったんですね。貴方が見つけてくれなかったら、今頃、私は殺されていました」
「いえ、僕は、大したことはしていませんよ」
僕は、やわらかな笑みを浮かべた。
泥ネズミ達が、彼女を捜し出し、そして危機を知らせてくれたんだ。アイツらには、何かお礼を考えなきゃな。
「ありがとう。私ね、こういうつまらない潰し合いを無くしたいの。クリスティさんとは、冒険者として知り合ったんですけど、彼女も、同じことを考えていたわ」
神官様は、やはり、すごい人だな。こんなに恐ろしい目に遭っても、決意が揺らがない。
「そうでしたか。僕も、貴族の後継争いや、独立時の潰し合いには、呆れています。親しい友も、それで辛い子供時代を過ごしたようですから」
そう、マルクだけじゃない。フロリス様も、アラン様も、つまらない争いで、何度も命を狙われている。
「だからピオンさんは、裏ギルドの仕事をしているのね。表からは、変えられないこともあるもの」
神官様は、ふわりと微笑んだ。僕に見せたことがないような優しい笑顔だ。まさか、神官様は、ピオンに惹かれているんじゃないよな?
ピオンは、実在しない架空の人物だ。魔道具メガネを使って、作り出したベーレン家の大神官似の、クリスティさんが好きなイケメンなんだから。
「フランさん、送りますよ。どちらに?」
外へ出ると、僕は、そう声をかけた。本当は、お茶でも誘うべきなのかもしれない。だけど、今の僕には、余裕がない。
クリスティさんは、僕が素性を明かしやすくするために、二人っきりにしたんだろうけど……。
「ありがとう。私は転移魔法が使えるから、大丈夫です。お気持ちだけ、ありがたくいただくわ」
「そうですね。神官様ですもんね、失礼いたしました」
僕がそう言うと、神官様は何か、ハッとした表情を浮かべた。だけど、すぐに首をかすかに横に振っている。
「えっと、どうされました? 僕が、失礼なことでも?」
「いえ、違うの。なんだかピオンさんが……ある人に似ている気がしたから。ふふっ、ごめんなさいね。じゃあ、また、どこかで」
神官様は、やわらかく微笑むと、スッと姿を消した。
ふぅ〜、バレなくてよかった。とりあえず、ベーレン家の無料宿泊所に戻ろうかな。
そう考えていると、泥ネズミ達が現れた。
『我が王! 空をぴょーんと飛んで……あひゃ、いやいや、ぴょーんではなく、ええ〜、びゅううんでもなくて、えええっと……ぬふぉっ』
リーダーくんは、何が言いたいんだ? そっか、ここで待機するように言ってあったから、待っていてくれたのか。
また、賢そうな個体に腹を殴られて、静かになってるけど。あはは、リーダーくんは納得いかないらしく、賢そうな個体を睨んでるよ。
『我が王、帰りの道案内のため、お待ちしておりました。えっと、空を飛んで戻られるのでしょうか』
リーダーくんは、空を飛びたいみたいだけど、他の子達は、どうなのかな。まぁ、うーむ。
「帰りは急がないから、歩いても……」
『ふぇぇええ〜? あ、歩くのでございますですかぁあぁ』
なんだか、リーダーくんが、この世の終わりかのような声を出しているよ。うん? 賢そうな個体も、なんだか……。
「歩くと、かなり遠いかな?」
『はい、それでしたら、転移屋を使う方がよろしいかと思います』
「そっか、じゃあ、飛んで帰ろうかな」
『おぉおおぉ〜! それが良いと思いますです。にゃはははは、やっぱり、ぶいーんと、ふわわわんと〜……ふんぬっ、飛んでいくのが良いと思いますですよ』
おおー、リーダーくんは、なかなかのフットワークを見せた。彼のパンチを上体を逸らしてかわしている。ふふっ、賢そうな個体も、本気で殴ってない感じだけどな。
僕は、魔法袋から、バスケットを取り出した。持っておいて良かった。
すると、まだ何も言っていないのに、リーダーくんが飛び込んできた。地面に置かなくても、次々と飛び込んでくる。
あれ? 来たときより、数が多い。
そっか、空を飛びたい子達が待っていたのか。なんだか、かわいい。
僕は、スキル『道化師』のなりきり変化を使って、鳥に姿を変えた。
宿の前を通る人達がギョッとしている。だけど、すぐに気にしなくなったみたいだ。王都では、姿を変える技能を持つ人は、珍しくないんだろう。
「さぁ、行くよ。落ちないでよ?」
『大丈夫でございますです!』
僕は、バスケットを持ったまま、空へと飛び立った。
『うひゃひゃひゃひゃ〜、すいーっ、すぃーっでございますねぇ』
リーダーくんは、絶好調だな。他の泥ネズミ達も、きゃーきゃーと騒いでいる。ふふっ、かわいい。
『我が王、もっと左の方でございます。丸い花時計が見えますでしょうか』
少し進むと、賢そうな個体が道案内を始めてくれた。
「まだ、見えないかな。あっ、見えた。大きな公園の花時計だね」
『はい、それを通り過ぎて、右側に少し行った所が、我が王が宿泊されている宿でございます』
「的確な道案内ありがとう。すごくわかりやすいよ」
『は、はい。ありがとうございます』
僕は、少し遠回りして、泥ネズミ達のすみかの小さな公園の池の上を通った。すると、奴らは、わーわーと盛り上がっている。ふふっ、空の旅を楽しんでもらえて何よりだ。
そして、無料宿泊所の近くに降り、変化を解除した。
『ふへぇ、もっと飛んでいたいでございますです』
リーダーくんだけじゃなく、みんな楽しかったみたいだな。なんだか、イキイキしている。
「またの機会にね」
『わぁっふぉ〜、楽しみでございますです』
『我が王、水辺に新たな精霊が生まれる場所のほとんどに、我々の配置が完了いたしました』
あー、ゲナードの見張りを頼んだ件だな。
「そっか、ありがとう。くれぐれも、奴に近寄らないようにね。いのち大事に! だからね」
『御意!』




