表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

267/574

267、王都シリウス 〜フランが断る理由

 黒いネズミ達のじゅうたんが消えると、人型をした土ネズミの変異種が目立つ。


 いつの間にか、この倉庫の外にいたはずの5体も、近寄ってきて、僕にひざまずいている。


 泥ネズミならまだわかるけど、なぜ、土ネズミが……しかもベーレン家が創り出した変異種が、こんなことをしているのか理解できない。



「お兄さん、この愚かな者達には、姉さんから厳しい叱責がありました」


 ベーレン家の無料宿泊所の管理人バーバラさんが、そう説明してくれた。姉さんというのは、魔女三人の中で一番戦闘能力が高い、教会にいる人だっけ。


「叱ったの? あっ、念話かな」


 そう尋ねると、バーバラさんはコクリと頷いた。やはり、少女のような仕草だな。見た目は年配の女性だけど。


 彼女はまだ、生まれて7年くらいなのに……この姿をなんとかしてあげたい。だが、僕の力では無理だ。『薬師』極級になれば、何かできるようになるだろうか。


「姉さんは、簡単に騙されて他の主人を得た愚かな者達に、目を覚まさせるようなことを言っていました。話し合いをした結果、お兄さんに仕えることに決めたのです」


「えっと、うん?」


 全く意味がわからない。僕には、話せないことなのかもしれないが。


「私達は、道具ではなく、生きている魔物です。これまで出会った主人達は、私達の命には関心がなかった。でも、お兄さんは、私達を操る力があるのに、それを使わない。だから私達は、お兄さんのような人を逃してはいけないと考えました」


「別に僕は、大したことなんて、できないよ」


 するとバーバラさんは、ふわりと微笑んだ。


「お兄さんの、そういうところが、私達のような魔獣を魅了するのです」





 バタバタと、こちらに走ってくる足音が聞こえる。


「クリスティ! 連れてきたよ」


 クリスティさんの兄だと言っていたカーバー家の彼が、王宮の兵を引き連れて、戻ってきた。


「おまえ達、わしらは……」


「この者達は、アウスレーゼ家の恥です! 堕ちた精霊に取り憑かれた者の言葉に、耳を傾ける必要はありません!」


 神官様にピシャリと言われ、アウスレーゼ家の神官達はうなだれている。憎々しげな表情を浮かべる者もいる。


「きゃはは、恨めしそうな顔をしているオジサンは、もう完全にダメだね〜。神官のジョブが消えちゃうよ。後天的なジョブ無しになるね。うふふふっ」


 クリスティさんは、めちゃくちゃ楽しそうだな。



「皆さん、連れて行ってください。あっ、この拘束具って、どうやって外すんだ? クリスティ」


 カーバー家の彼に問われて、クリスティさんは不敵な笑みを浮かべた。


「死んだら、外れるわよ」


 死ななきゃ外れないってこと?


「レーモンド様、外していただけませんか?」


 王宮の兵は、クリスティさんの素性を知っているんだ。


「ここで外したら逃げられるわよ? 貴方達、悪霊に取り憑かれた神官を、王都に放ちたいのかしら?」


 クリスティさんの言葉に、王宮の兵は、ぶるっと身震いする人もいた。悪霊に取り憑かれた神官が、どういう災いを起こすのかなんて知らない。だけど、彼らの反応を見る限り、かなりマズイんだろうな。


「ですが……」


「じゃあ、そのうち、王宮に外しに行ってあげるわ。国王様とは、最近会ってないから、そろそろ遊びに行こうと思っていたの」


 クリスティさんが、国王様のところに遊びに行く!? 彼女は、一体、どういう人なんだ? 暗殺貴族の当主って、影に隠れている存在かと思っていたけど。


「かしこまりました! そのように、お伝えいたします」


 王宮の兵達は、アウスレーゼ家の神官達を連れて、倉庫から出て行った。




「クリスティ、意地悪しないで、今、外してあげればよかったじゃないか」


 彼女の兄だというカーバー家の彼は、文句を言っている。親しそうだよな。暗殺貴族である彼女に、文句を言うなんて、普通の関係では無理だと思う。


 するとクリスティさんは、チラッと僕の顔を見た。


「ピオン、こいつは、ただ、バカなだけよ。また、私の兄貴だとか言ってたんでしょ? ただの幼馴染だよ」


「へぇ、そうなんですね。だから親しそうなんだ」


「あら? やきもちかしらぁ?」


「いえ、別に」


「ふふっ、そういうとこって嫌いだわぁ。ピオンは、お世辞とか言わないんだもの」


 クリスティさんに嫌いだと言われると、命の危険を感じる。だけど、彼女は言葉とは逆で、機嫌が良さそうだ。




 彼女は、僕のことをチラッと見た後、神官様の方を向いた。ちょ、また、変なことを言う気じゃないだろうな。


「フランさん、気が変わったんじゃない? ピオンが、ネズミ達を従えてしまったのには、私も驚いたもの。きっと、まだまだピオンに従うネズミは増えるわよ」


「そうね。ピオンさんがその気になれば、魔獣を使って、神官家も貴族も、思うように操れてしまいそうね」


 はい? そんなことできるわけないじゃないか。


「フランさんが独立する上で、これ以上ない夫になると思うわよ?」


 また、その話? 神官様が困っているじゃないか。


「クリスティさん、私ね、婚約者がいるの」


 えっ!? 新たな婚約者が見つかったのか……。そっか。そうなんだ。僕は、ガンと頭を強打されたようなショックを受けた。だから、僕のことは、いらないんだな。


 ファシルド家で、婚約はなかったことにすると言われたときのことが、鮮明によみがえってきた。彼女は、淡々と、事務的な感じで、僕との話をなかったことにすると言った。


 まぁ、でも、実際には、婚約者ではない。婚約者のフリをしていただけなんだ。だから、その婚約者のフリをやめると言われただけだ。



「フランさん、私、暗殺貴族レーモンド家の当主だよ?」


「……そうね」


「婚約者はいないでしょう? ピオンにしておきなさいよ」


 僕は、複雑な気分だった。クリスティさんの言葉に、思いっきり振り回されている自分が情けない。


「クリスティさん、ごめんなさい。それは、できないわ」


「ピオンが暗殺者でも、気にしないって言わなかった?」


「私は、ジョブに偏見は持たないわ」


 すると、クリスティさんは、楽しそうに笑った。何、それ? 悪いことを考えてる顔だよな。


「じゃあ、ピオンが嫌い?」


 すると、神官様は、パッと僕の方を見た。不意打ちのように目が合う。思わず、ドキッと心臓が悲鳴をあげた。


「ピオンさん、私が失礼なことはわかっています。そのことについては、お詫びします」


 僕は、首を傾げた。神官様が何を言っているのか、理解できない。あー、目の前で、断っているからか?


「別に、ピオンがフランさんに、求婚しているわけじゃないんだし。私が、二人をくっつけたら楽しそうだなって思ったのよ」


「えー、クリスティさん……」


 おい! クリスティ! 思わず、僕は心の中で、彼女を呼び捨てにした。クリスティさんは、ニッと笑ってる。はぁ、この人、小悪魔すぎるんじゃないか?



「フランさん、理由を聞かせてよ。じゃないと、納得できないわ。そうよね? ピオン」


 ちょ、こっちに話を振らないでくれ。僕は、あいまいな笑みを浮かべておいた。



「そうですよね。お話します……」


 そう言いつつ、神官様は、バーバラさんや、他の土ネズミを気にしているようだ。土ネズミは、僕、ピオンに従うと言ったけど、もともとは、ベーレン家が創り出したからかな。


「土ネズミなら、大丈夫よ。ピオンにしか報告しないわ」


 クリスティさんがそう言うと、神官様は頷いた。


 だけど、しばらくの沈黙が流れた。頭の中を整理しているかのような沈黙だ。彼女は、誠実に、本当の気持ちを話すつもりみたいだ。


 クリスティさんが、他人の頭の中を覗く技能があることを、わかっているからだろう。


 僕は、この沈黙時間を長く感じた。


 やがて、神官様は覚悟を決めたように、口を開いた。



「私ね、たぶん、好きな人がいるみたいなんです」


 僕は、また、頭を強打したような気分になった。だけど、魔道具メガネは、僕のそんな動揺も隠してくれる。


「たぶん、ってどういうこと?」


 クリスティさんは、すかさず、質問している。


「うーん、自分でも気付かなかったから、かな」


「どんな人? 貴族? 神官家?」


 クリスティさんは楽しそうだよね。


「普通の子よ。何の地位もない。だけど、不思議な力があるの。一緒にいると、私は、ありのままの自分でいられる」


「不思議な力って、何かあったの?」


「ええ。絶対に無理だと思っていたことを、彼は、やり遂げてしまったの。私にはない力だわ。悔しいけど、尊敬もしている」


 僕は、絶望的な気持ちに、押し潰されそうになっていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ