264、王都シリウス 〜地下倉庫のカラクリ
僕は、地下倉庫の明らかな違いを見つけた。僕達が、地下に降りるまでの時間に、奴らに対策されてしまったか。
さっき、魔獣サーチをしたときは、土ネズミ達は、小部屋のような場所に隠れていた。土ネズミが見当たらないことではない。倉庫内の形が違うんだ。
ここは、細長い空間だ。サーチでは、ガランとした小部屋と、小部屋のために作られたとは思えない細長い通路が見えた。
魔獣がいる付近だけしか見えなかったけど、通路の先には広い倉庫があると思っていた。ということは……。
僕は、細長い倉庫の突き当たりの壁に触れてみた。うん、冷たくない。他の壁は、ひんやりとした白い石壁だ。ただの石壁に見えるけど……。
コンコン!
叩いてみると、木の扉のような音がする。
うぎゃー!
背後から悲鳴が聞こえた。クリスティさんの兄だと言う彼だ。王宮の兵なのに、不意打ちには弱いのか。
彼は、右腕を斬られたようだ。だが、傷は深くない。かすった程度か。
彼がいた近くの壁が消え、5人の男が現れていた。魔道具メガネのサーチを弾く。土ネズミの変異種だな。
後から来た10体の変異種は、壁の中だろうか。
僕は、スキル『魔獣使い』の魔獣サーチを使った。
あれ? 弾かれる。
サーチ結果は、土ネズミの変異種5体、そして関係は不明だけど、普通の土ネズミが9体。あと、泥ネズミが10体。
普通の個体のほとんどに、印がついている。泥ネズミは、従属不可のマークだ。すでに主人がいる。そして、土ネズミは、眷属マーク? あー、土ネズミの変異種が、眷属化しているのか。
土ネズミは、ベーレン家が使っている。だけど、ここにいる土ネズミは、変異種の下僕か。泥ネズミがいても、互いに敵視する様子はない。主人が同じなのかな。
そして、木の扉の音の先は、サーチできない。
クリスティさんの兄だという彼は、剣を抜いた。現れた5人の男から少し距離を取っている。
だけど、力量の差に、気づいているみたいだ。彼は、僕にすがるような眼差しを向けてきた。
僕は、スキル『道化師』のなりきり変化を使った。コイツらに有効な魔物……そうイメージすると、ボンと音を立てて、僕の姿が変わった。
また、キラーヤークだな。ビードロに似ているんだけど、少し毛の色が違う。ボックス山脈に生息するビードロから、派生して生まれた種族なのかもしれない。
「えっ! あんた、ヤーク……半魔か」
そう言うと、彼は、僕からも距離を取っている。顔からダラダラと汗を流し、なんだか挙動がおかしい。
僕達を地下に案内してきた従業員も、顔を引きつらせている。ヒョウのような魔物だもんな。暗殺者達も、キラーヤークを恐れていた。
「いえ、これは、スキルですよ」
「嘘だ! スキルで、ヤークに化けられるわけがない」
「道化師のスキルですよ」
そう説明しても、彼は首を横に振っている。僕のことの方が、土ネズミの変異種より脅威だと感じているように見える。
まぁ、いいや。まずは、土ネズミ達を排除するのが先だ。僕は、5体の土ネズミ達の方を向いた。
あれ? 怯えてる?
奴らは、魔獣サーチでも、戦闘力が測れないほど強い。それなのに、ジリジリと僕から距離を取ろうとしている?
「お兄さん、ご無事ですか」
僕のすぐ後ろから声が聞こえた。振り返ると、そこにはなぜか、年配の女性がいた。
「バーバラさん? どうしたの?」
ベーレン家の無料宿泊所の管理人バーバラさんだ。すべての魔法を操る魔女と呼ばれている。彼女も、ベーレン家が、土ネズミから創り出した変異種だ。
なぜ、突然、現れたんだ? あっ、そうか。戦闘力の高いコイツらは、バーバラさんを恐れているんだな。
「お兄さんに危害を加えようとする愚か者がいるので……」
「そっか、来てくれてありがとう。助かったよ」
僕は、変化を解除した。すると、バーバラさんは、まるで少女のように照れている。彼女はまだ、生まれて7年くらいだから、年相応の反応かな。
「宿の片付けは、終わりました。姉さんも、お兄さんのおかげで蘇生できました」
姉さん? あー、暗殺者に殺された教会にいる魔女だな。姉妹という関係なのか。
「よかった。バーバラさんの魔法ってすごいね」
「いえ、あれくらいは……。たぶん、これもできると思います」
彼女は、はにかんだ笑顔を見せた後、その表情を引き締めた。5体の土ネズミ達を倒す気だろうか。
奴らの方に目を向けると、既にすっかり戦意を消失しているみたいだ。僕と目が合うと、サッと目を逸らしている。なんだか、頼りない兵に見えるな。
そうか、木いちごのエリクサーをあげたから、その恩返しのつもりで、バーバラさんが来てくれたのかな。
もしくは、ベーレン家の神父が来させたか。
ここにいる土ネズミの変異種は、ベーレン家から何らかの方法で、アウスレーゼ家が奪ったみたいだもんな。
バチバチバチ!
後ろで大きな音が聞こえた。えっ? 何?
バーバラさんが木の扉の音がする部分に、何かを放ったみたいだ。すると、ポゥッと燃え上がり、通路を塞いでいた白い壁が消えた。
やはり、そうか。その先には、広い空間がある。やはり、ここが倉庫なんだ。通路に荷物を並べて、僕達をあざむこうとしていたんだな。
「バーバラさん、すごいね」
僕が驚きの声をあげると、彼女は、少女のように、はにかんだ照れ笑いをしている。見た目は年配の女性だけど、僕の目には、少女のように見えてきたな。
「隠し部屋があったのか!」
クリスティさんの兄だという人は、まだ僕を警戒している。だけど、それ以上にクリスティさんのことが心配のようだ。
彼は、広い倉庫へと駆け込んだ。
「クリスティ、いるかー?」
しかし、返事はない。宿の寝具などの備品で、奥の様子が見えない。
僕は、スキル『魔獣使い』の魔獣サーチを使った。きっと、後から来た土ネズミの変異種がいるはずだ。
クリスティさんはわからないけど、神官様は地下にいると泥ネズミ達が言っていた。きっと、土ネズミの変異種の近くにいる。
魔獣サーチの結果がどんどん届く。あっ、やはり僕達を案内した従業員も、土ネズミの変異種だ。あまり強くはない。カフェスペースで客のフリをしていた土ネズミと似たタイプか。
通路にいる奴らは無視して、倉庫の中に意識を集中した。
あちこちに、泥ネズミがいるようだ。僕が覇王を使っていない泥ネズミだ。数が多いな。50体近くはいるようだ。関係のない個体も混ざっているのだろう。
倉庫の奥の方に、多くの反応がある。土ネズミの変異種が7体か。奴らがここに入る前より、数が減っている。
それに……測定不能な魔獣が2体。種族もステイタスも何もサーチできない。新たな変異種だろうか。
嫌な予感がする。
「左の方の奥に、たくさんの土ネズミの変異種がいますよ」
僕がそう言うと、クリスティさんの兄だという人は、そちらに向かっていった。ちょ、行くなよという忠告のつもりだったのに……。
僕は、再び、スキル『道化師』のなりきり変化を使った。そして、キラーヤークの姿で、彼を追った。
「クリスティ! うわぁ」
彼の悲鳴が聞こえた。一瞬、ヒヤリとしたが、攻撃されたわけではないようだ。泥ネズミ達が集まっていたことに驚いたのか。
彼の近くにぴょんと跳躍して近づくと、彼が何かを見て固まっていることに気づいた。
その視線の先には、大量の黒い何かが漂っている。彼は、これに驚いたんだな。
そして、その先には、淡い光が見える。聖魔法の結界バリアか。きっと、神官様だ!
僕は、その淡い光の方へと、跳躍した。
結界バリアの中には、女性が二人いた。神官様と、クリスティさんだ!
「ちょ、何? キラーヤーク!?」
クリスティさんが、慌てている。僕だとわからないのか?
「クリスティさん、落ち着いてください。これは、スキルですから」
「もしかして、ピオン? あんた、半魔だったの?」
いやいや、なぜ、そうなるかな。僕がビードロに化けたのを見たことあるだろ?
「ピオンさん、私の依頼を受注してくれた人ね」
神官様は、僕の方を真っ直ぐに見た。だけど、僕がヴァンだとは気づかないみたいだ。裏ギルドの依頼だもんな。僕が関わっているとは、知られたくない。
「そうですよ。貴女の独立を応援しています」
「えっ……なぜ?」
なぜと問われても……好きだからだなんて言えない。
「神官家の潰し合いには、制裁が必要でしょう? 神官三家は、本来の役割を忘れている」
僕の言葉に、神官様は、何か言おうとしたが、口を閉ざした。彼女の視線は、僕の後ろに向いた。




