26、リースリング村 〜増幅の魔道具グローブ
夜、爺ちゃんに頼まれて農機具の手入れをしていると、マルクがやってきた。
「ヴァン、夕方まで寝てたんだって?」
「あー、うん。昨夜は、なんかいろいろありがとう。僕、全然覚えてないんだけどさ」
「あはは、パンを握ってテーブルに突っ伏してたよ。お年寄りにはヴァンをベッドに運べないからな」
そう言うと、マルクはケラケラと笑った。うー、恥ずかしい。どんな顔をすればいいかわからない。
「あの魔法袋は、今は装備していない?」
「うん、あれは部屋の壁に掛けてあるよ。マルクがくれたこれだけ装備してる。魔法袋って中身が入っているときは、なるべく装備しておく方がいいんだよね?」
「そうだな。まぁ、それはロック機能があるけど、装備しておく方が魔力の節約になる。しばらく外していると、装備したときに、グンと魔力を取られるからね」
マルクは、近くの樽に座った。話があるみたいだ。
「マルク、居間に戻ろうか?」
「いや、ここでいい。お二人に聞かれると心配されるだろうからな」
彼は注意深くあたりを見回している。こんな夜に、農機具の倉庫に近寄ってくる人なんていないよ。
「ヴァン、だいたい準備は整ったよ。もう雨季に入るから、急がなくても大丈夫だよな?」
「えっと、何だっけ?」
あれ? マルクが苦笑いをしている。僕が鈍いからかな。雨季だから急がない? あ、荒野のガメイのぶどう畑のことか。
「あの畑の水路だよ。ボックス山脈のひとつからの湧き水を使っているって言ってただろ」
「あー、うん、いま、そうかと思った。準備って?」
「今日、冒険者ギルドに行ってきたよ」
「えっ? 僕の護衛を依頼したの?」
すると、マルクはニヤリと笑った。
「いや、情報収集と、昨日の出来事の補足をしたんだ。あの女が雇った上級ハンター達が、冒険者ギルドにいろいろと報告をしていたからね。ヴァンが使ったぶどうのエリクサーも話題になっていた。ちょうどよかったから、10粒売ってきたよ」
「マルクが持っていた分? 売れって脅されたの?」
「ふっ、まさか。きっと今頃は、超級以上の冒険者の手に渡っていると思うよ」
マルクがニヤニヤしているんだけど、僕にはマルクがなぜ笑っているのか、全くわからない。
「ふぅん……」
「あはは、全くわかりませーんって顔だな、ヴァン」
「うーん? マルクが冒険者ギルドに売ったから、それを冒険者がギルドから買ったのはわかるよ」
「珍しいエリクサーだし、それを使って生還した冒険者の証言もある。何より、その冒険者が魔石持ちの毒にやられていたことに気づき解毒薬を作った薬師が、偶然作ったエリクサーだ。高く売れたよ」
「エリクサーが高く売れたから笑ってるの?」
でも、マルクって、あまりお金にこだわりがなさそうだけどな。
「いや、ヴァンが高く売れたってことだからな」
「えっ? 僕が身売りされたの?」
するとマルクは、ぶははははと、こらえきれないという顔で大爆笑している。ちょ、何? 全くわからない。
マルクは、笑いながらも、何かを取り出した。手袋? ふわっと淡い光を放っている。普通の手袋じゃないね。
「面白すぎるんだけど〜、あはは。ヴァンの価値をつり上げられたってことだよ。そのお金でこれを買ったんだ」
マルクは僕に、手袋を片方だけ渡した。
「手袋?」
「あぁ、魔道具だよ。冒険者パーティって、いろいろな装飾品を身につけているだろ? 指輪とか腕輪とかペンダントとか」
「そういえば、怪我人とその人を連れて先に帰った人は、同じイヤリングをしていたっけ。片方だけの」
マルクは頷いた。だけど、僕にはその意味がわからない。あれ? マルクは苦笑いしている。僕がわかっていないことに気づいているんだ。
「このグローブも同じなんだよ。一組として作られている魔道具は、互いに引き合うから、サーチ魔法が使えない状況でも、互いの位置がだいたいわかるんだ。危険な場所や、何かの捜索に行くときには、パーティがバラバラになったときのために、みんな身につけている」
「へぇ、すごい」
「これは増幅効果も備わっているから、魔法の威力が上がるぜ。これで、ヴァンの印も隠せるし、一石二鳥だろ」
僕に渡されたのは、右手用の手袋だ。手袋をつけてみると、ちょうど、気持ち悪い絵が隠れる。指の部分がないタイプだ。黒い色だからかもしれないけど、かっこいいな。だけど、かなり薄手だ。破れたりしないのかな?
チラッとマルクの方を見ると、マルクは左手に手袋をつけていた。あれ? スッと消えた!?
「ちょ、マルクの手袋、消えた?」
「あぁ、隠しただけだよ。つけている感覚もないだろ? 見る人が見れば、増幅の魔道具だとわかるから、隠しておく方がいいでしょ」
どうやって隠すのだろう?
「僕の手袋は……」
「ヴァンは、魔導士系のスキルを得るまでは、そのままだな。でも、それを身につけていれば、増幅の印は逆にバレにくいと思うぜ」
「ん? そうなの?」
「印が現れてから、いつも以上の威力の魔法が使えてしまうようになっただろ? 魔力値を超える魔法を使ったときに、そのグローブが増幅させたんだと、みんな思うよ。増幅の印を増幅の魔道具で隠しているなんて、誰も思わないからな」
「あ、そういえば、生育魔法がうまく調整できなくなってた。一気に育ちすぎて、畑は三面も失敗したんだ」
「そのグローブをつけていると、さらに弱い魔力でいいんだ。農作業のときは、グローブを外す方がいいかもな」
「えっ? 普段は身につけていてもいいの? 薄手だし、破れない?」
「あはは、俺は、外す気はないけど。そう簡単に破れないよ。逆に、細かな怪我をしないんじゃないか? ヴァン、いつも、よく、農具か何かで手を切ってただろ」
「あー、うん、そっか」
マルクは、なんだかニヤニヤしている。思い出し笑い?
「噂が広まった頃に、ボックス山脈へ行くから。たぶん、昨日のハンター達が、勝手に護衛をしてくれるよ」
「えっ? 冒険者ギルドに依頼はしてないんだよね?」
「こういうときは、依頼しない方が、優秀な護衛が勝手にやってくるよ。そうだな〜、雨季の後半あたりに行こうか。その方が、湧き水の流れも見つけやすい」
「う、うん? わかった」
◇◆◇◆◇
それから、ひと月ほどの時間が流れた。
毎日、雨だ。だけど、妖精さん達がいろいろな用事を言ってくるので、僕は毎日忙しい時間を過ごしていた。
アリアさんは、少し前に、村から出て行った。
おそらく、村での仕事が終わったのだろう。だけど、去り際に、またね、と言われた声が、なぜか頭にこびりついている。嫌な予感しかしないんだけど。
マルクは、村長様から、滞在期間の延長を依頼されたみたいだ。でも、断ったらしい。僕と一緒にボックス山脈へ行けなくなるからと言っていた。
数日前から、冒険者の女性三人組パーティが、村長様の依頼で村に滞在している。その中のひとりは中級ハンターなのだそうだ。
なぜか彼女達は、僕がいる場所に現れる。なんだか、監視されているような気もするんだよね。
「ヴァンくん、こんにちは。雨なのに、畑で何をしているの?」
「こんにちは。えっと、今日は畑に落ちているゴミを取り除いています」
本当は、妖精さんに言われた雑用をしているだけなんだけど、いま、どこかから飛んできた枝を持っているから、ゴミ拾いでいいよね。彼女達は、僕のジョブを知らないし。
「雨の中なのに、大変ねー」
「はぁ、まぁ」
妖精さんが、今すぐやれとうるさいんだから仕方ない。
「ヴァンくんは、薬師のスキルがあるんでしょ? 畑仕事よりも、そっちの方がいいんじゃない?」
「冒険者登録もしていないのよね? お姉さんが街に連れて行ってあげよっか?」
「あ、いえ」
「ふふっ、無口ねー。どう話せばいいかわからないのね。かわいい〜」
僕は、愛想笑いを浮かべて畑の中へと入っていった。彼女達は、畑には入ってこない。泥だらけになるからだろうな。
「街の子、いっつも、ヴァンに絡むよね」
「きっと狙っているのよ」
「ヴァンは、何も知らない赤ん坊だもの」
「騙しやすいわよね、赤ん坊だもの」
妖精さん達は、いつも近くで同じ話をしている。よく飽きないよね。
ガメイの妖精さんは、ここと荒野を行き来しているみたいだ。荒野のぶどう畑の様子は、毎日耳に入ってくる。水路は使えないけど、今は問題なさそうだ。
「ヴァン、明日、迎えに来るよ」
マルクは、今日で村の見回り仕事が終わるみたいだ。
「うん、わかった。いよいよだね」
マルクは、ニヤッと笑って、スッと姿を消した。