258、王都シリウス 〜さっぱりわからない
「後片付けは、ぼく達がやります」
食事が終わると、子供達がそう言ってくれた。クリスティさんが、疲れたと言ったからだよな。
「わぁっ、みんなありがとう。いい子ばかりだね。そうだっ、みんな孤児なんでしょ? 彼が家を立ち上げたら、来ない? 彼のような旦那様は嫌いかしら?」
はい? クリスティさんは、何を言ってるんだ。子供達は、戸惑いの表情だ。
「家を独立されるのですか?」
管理人バーバラさんが食い付いた。この人は、洗脳系の力があるんだったよな。
「さぁ? どうでしょう」
僕は、適当な笑みを浮かべておいた。ちょ、クリスティさん、何を言い出してるんだよ?
「えー、来年だから、下働きの子も、そろそろ集めないと間に合わないですよぉ。あっ、いや、なんでもないですぅ」
クリスティさんは、不思議な演技をしている。はぁ、もう僕の限界を超えている。合わせられないな。僕は、無言で不機嫌を装った。
「あーん、怒らないでくださいよぉ。大丈夫ですよ。この人達は、何も知らないし。ひゃ! いや、ごめんなさ〜い」
彼女の一人芝居が続く。無理だ、わからない。
僕は、立ち上がった。
「厨房内を散らかしたままでごめんね。後片付け、お願いするよ。食べ残した失敗作は、適当に処分しておいてください」
子供達にそう言うと、コクコクと頷いている。
「試食ありがとうございます。美味しくなかったですよね。押し付けちゃって、すみません」
「いえ、スープは絶品でしたよ」
年配の女性二人と軽装の神官に、軽く会釈をして、僕は食堂から出て行った。
「待ってくださぁい。ごめんなさいってば〜」
僕の後ろから、クリスティさんが慌てたように追いかけてきた。そして、僕の腕に絡みついて、小声で呟いた。
「完璧よ」
何が完璧なのか、さっぱりわからない。彼女は、ニヤニヤしている。まぁ、いっか。
部屋に戻ると、クリスティさんは、また室内にバリアを張った。
「ヴァンさん、お疲れ様ぁ。完璧すぎて、笑いをこらえるのが大変だったよー。今夜、いえ、明け方ね。それまで、少し仮眠をとっておくといいわよ」
全く、意味がわからない。
「ふふっ、いいの、いいの。あっ、先にシャワー室を使ってくれていいよ。メガネはすぐにかけてね」
そう言うと、クリスティさんは、僕のメガネを外してテーブルに置いた。自分で外させないために、彼女が外したのか。
「わかりました」
クリスティさんの言葉には、逆らえない強制力がある。そして、今、何かを説明する気がないことも伝わってきた。
シャワー室の鏡に映る僕は、魔道具メガネが作り上げた架空の顔のままだった。
シャワーを浴びると、気分も少し前向きになってきた。
僕は、神官様を暗殺しようとするアウスレーゼ家の人達を、何とかするためにここにいるんだ。
クリスティさんは、神官様が出したレジスト依頼を、ピオンという名で僕が受注したことで、抑止効果になっていると言っていた。
アウスレーゼ家は、ピオンがベーレン家の人間だと思っているんだ。クリスティさんが、そう思わせるように誘導している。
奴らは、僕の正体を探りにくるはずだと、言っていたっけ。
あっ、昼間に、宿泊所に現れた泥ネズミは、僕の調査に来ていたのだろうか。すぐに、駆除されたみたいだけど……。
シャワーから出ると、クリスティさんの姿は見えなかった。鏡に映った自分ではない姿を見て、僕はメガネを探した。すぐにかけておくようにと言われていたよな。
メガネの置き場所は、さっきとは変わっていた。クリスティさんが移動させたのか。
魔道具メガネをかけると、クリスティさんの声が聞こえた。
『出掛けてくるから、ヴァンさんは寝てなさい』
えっ……その直後、強烈な睡魔が襲ってきた。ちょ、何か、仕掛けられ……た……。僕は、立っていられなくなって、ソファに崩れた。
◇◆◇◆◇
「やはり、あの青年は、大神官様の直系のお孫様か」
「はい、おそらく。見た目も似た雰囲気ですが、泥ネズミの大群に洗脳系のレア技能を使っておられました。発動時には、強いマナの光に包まれ、近寄り難い気高さがありました」
軽装の神官は、教会の裏手で、神父に報告をしている。
「一緒にいる女は、おそらく護衛ですわ。彼に術をかけようとしてもあの女に気づかれる。予知系の技能持ちかと」
管理人バーバラも、辺りを気にしながら、報告をしている。
「予知系? レア技能か。しかし彼は、何のために王都に来たのだ? まさか、下剋上か」
神父の問いかけに、管理人バーバラが口を開く。
「先程、食堂で、その目的らしきことを女が口にしていました。あの女は、相当頭が悪い。彼は呆れて、無言になっていましたわ」
「彼女は、彼の気を引きたくて必死のようですね。買い物の際も、立ち寄った公園でも、笑ってしまうくらい必死でしたよ」
「その目的とは?」
神父は、軽装の神官の言葉を無視し、管理人バーバラに問いかけた。
「彼は、独立するつもりのようですわ。だから、王都には、その準備で来たのでしょう」
「ふん、なるほどな。泥ネズミがちょろちょろしているのは、彼を潰すためか。彼が戻ったとき、暗殺者が付いて来ていたようだな。彼を監視し、隙あらば殺そうということか」
「暗殺者や偵察者は、すべて姉さんが始末していますよ。もう、すでに三人ほど」
管理人バーバラは、ため息をつき、そう報告した。
「その素性は?」
「記憶を探りましたが、裏ギルドに出入りする奴らのようでしたわ」
「ふん、これだけ複数の刺客を次々と送り込むせっかちさ、それに泥ネズミを使う手口からしても、アウスレーゼ家だな。ということは、彼が独立すると、ベーレン家の力が増すと考えたか」
神父は、しばらく考え込んでいる。
「だが、そのような青年がいるという情報は、わしの耳には届いていない。ベーレン家の血筋に間違いないのか? 全くサーチが効かないと聞くが」
「姉さんも疑っていました。ですが、今はもう、その疑いは晴れたようですわ」
「どういうことだ?」
管理人バーバラは、軽装の神官に目を移した。
「あの青年は、食堂で料理をしておられました」
「うむ? 料理を?」
「はい、何度も何度も作り直し、出来上がった夕食を私もいただきました」
「意地になって何度も作り直していたようですわ。正直なところ、スープは絶品でしたが、他の物は、味が薄かったり、焼き加減がバラついていたりと、素人以下でしたが……」
「なんだと? まるで、大神官様のようではないか!」
「集中力も素晴らしいものがありました。失敗作が増えていくにつれ、どんどん不機嫌になっていかれたので、ハラハラいたしましたが」
「それも、大神官様にソックリだな、わははは」
「彼をいかがいたしますか? 姉さんは、全面的に支援に切り替えるべきだと考えているようです」
「いや、それはやめておこう。彼は素性を隠しているのだろう? 彼の怒りに触れると、こんな小さな教会は、簡単に潰されてしまうぞ」
「では、今は気付かぬフリをして、独立された後に、多くの刺客を排除した話を……」
「うむ、きっと、我々に感謝して目を掛けてくださるのではないか。わしの格も上がるというものだ」
このやり取りを気配を消して聞いていた影は、ニヤリと笑うと、音もなく姿を消した。
◇◆◇◆◇
『……おう。我が王。我が王!』
うん? 何か声が聞こえる。あれ? 僕は、いつの間に眠っていたんだろう?
『我が王、お目覚めですか。大変です! 我が主人が、なぜか、我が王に暗殺者を……』
『も、もう、この場所が取り囲まれてしまったのでございますです』
床を飛び跳ねる何かを見つけた。あっ、泥ネズミか。どうやって入ってきたんだ? 賢そうな個体と、ボケーっとしたリーダーくん、そして、あと数体いるか。
「ここに、どうやって入ってきたの? 結界とかバリアがあるでしょ?」
『床裏には、我々なら通ることのできる通路があります。我々に出入りできない場所は、ほとんどありません』
『バカでかい土ネズミとは、ぜーんぜん違うのでございます。ここにいる土ネズミは、ちと、用心深いですが、余裕でございますです』
リーダーくんは、全然余裕がなさそうだ。うん? 怪我をしているのか。賢そうな個体以外、みんな傷を負っている。
僕は、魔法袋から薬草を取り出し、液体のポーションを作った。そして、テーブルの上に置いてあったほこりまみれの皿を水魔法で洗い、そこに、液体ポーションを流し入れた。
「怪我をしてる子、みんな、これを飲んで。話はそれからだよ」
皆様、いつも読んでいただき、ありがとうございます♪
今月中旬から始めた新作
「カクテル風味のポーションを〜魔道具『リュック』を背負って行商していた100年後、人生をやり直すことになったのですが〜」
まだ、たいくつな設定紹介の途中ですが、そろそろ雰囲気がわかる感じになってきました。
次回あたりから、ちょっと事件が起こります。
よかったら、覗きに来てください♪




