257、王都シリウス 〜失敗作を量産する
「適当にカットしますねぇ。私はここから先は、無理なんですぅ」
クリスティさんは、大量に出現させた肉の塊を、僕には見えないスピードで、次々とカットしていった。大きさは、バラバラだな。揃える気もなさそうだ。
「とりあえず、調理を始めようか」
「わぁい! 切る係は、私、やりますよぉ」
それ以外は、できないってことだよな。
厨房の大きなフライパンを使って、まず、普通に肉を焼いた。味付けも塩のみだ。焼けた肉を食べてみると、脂がのっていて、美味しい。高級なステーキ肉って感じだな。
キュルキュル〜
あちこちから、お腹の悲鳴が聞こえてくる。ちょっと食べさせる方がいいかな。
「ねぇ、みんな、ちょっと味見をしてくれないかな? こんな風に技能で作られた肉は、初めてなんだよね」
僕がそう言うと、子供達は目を輝かせた。だけど、食堂席の方を気にしている。叱られると思っているのか。
近くにあった皿にフライパンの中身をいれて、作業テーブルに置いた。そして、次の肉を焼き始める。もう少しレアの方が肉の旨みが出てきそうだ。
クリスティさんは、皿に乗っていた肉を一つ、パクリと食べた。そして子供達の方に、ずずずと皿を押しやっている。
「焼きすぎちゃったのね。これはいらないから、適当に処分してくれる?」
彼女がそう言うと、子供達は、皿に駆け寄ってきた。手づかみで食べている。熱いのに、気にしないみたいだ。それほど、飢えているということか。
「おや……これは……」
年配の女性が近寄ってきた。すると、子供達は可哀想なくらい怯えている。
「ちょっと加減が難しくて、焼き方を失敗してしまったんですよ。彼女が、スキルを使って転換してくれた肉なので、初めて扱う物だからね」
「あははっ、言い訳ですかぁ?」
「いや、まぁ、美味しく食べられる物を作る自信は、あまりないんだけど」
僕達がそう話していると、子供達は少しホッとしたみたいだ。
「それなら調理は、子供達が……」
やはり、年配の女性は、そう言うと思った。大量の肉をチラチラと見ている。きっと、僕達がいなくなると、取り上げるんだろうな。
「いや、それでは悔しいですからね。美味しく食べられる物ができるまで、頑張りますよ。あっ、ここを使っていると、ご迷惑でしょうか」
「いえ、この時間なら、それは大丈夫ですが……。あっ、市場での荷物は、すぐに届けに来るそうです。急用で、ちょっと今は手が離せないらしいですけど」
年配の女性は、鼻をひくひくさせながら、そう話した。彼女も食べたいのかな。
「そうですか。じゃあそれまでに、この肉の扱いを習得しないと〜」
そう話していると、こげた匂いがしてきた。うぎゃ、完全に焦がした!
僕は、フライパンの中身を皿に移した。焼き肉状態だな。まぁ、これはこれで、悪くないだろう。
「まーた、失敗しちゃったんですかぁ?」
クリスティさんは、僕の意図がわかっている。だけど、僕がわざと失敗したと思ってるのかな。これは、本気で失敗したんだけど。
「話していると、ダメだな。みんな、もったいないから食べてくれる? 焦げすぎた部分は、捨てていいから」
「はい!!!」
「きゃはは、またまた言い訳しちゃってますね〜。あっ、そうだ。誰か、ここで働いている他の子も連れてきてよ。彼、凝り性なのよね。いつまで失敗作を作り続けるかわかんないもの」
クリスティさんが子供達にそう言うと、彼らは、年配の女性の方を向いた。びくびくオドオドしているんだよな。
年配の女性のまとう色が変わった。魔道具メガネが見せるこの色は、おそらく不機嫌だ。断られる前に、だめ押しが必要か。
「構いませんよね? マダム」
「え、ええ、そうね。せっかくの食材がもったいないですものね」
僕が、機嫌悪そうに、彼女を睨みながらそう言うと、年配の女性はギクリとして、子供達に許可を与えた。さっき、クリスティさんが、僕が、洗脳系のぶっ壊れ技能を持つと言ったから、かな。
ふぅん、この線でいこうか。不機嫌を装えば、魔女も僕には反論しないらしい。
確かに、覇王を使えば、土ネズミの変異種も、従えることができるかもしれない。でも、使わないけどね。使いすぎると、その行動から、僕が覇王持ちだとバレてしまう。
だから公園でも、土ネズミの変異種ではなく、弱い泥ネズミの方に使ったんだ。強い魔獣に使うのは、やはりリスクが高い。僕より弱い魔獣に使えば、ただの従属に見えるだろうからな。
クリスティさんは、爆笑していたけど。
軽装の神官が、食堂に入ってきた。
クリスティさんが、僕に合図をして、厨房から出て行った。僕は、肉を焼くことに集中しているフリをしておこうか。
「野菜が届きましたよー」
僕が視線を移すと、彼が驚きの表情を浮かべているのが見えた。ベーレン家の血筋の貴族には見えないだろうな。
魔道具メガネによって、僕は、ベーレン家の大神官の姿に、似せられている。クリスティさんの好みの顔にしてあるらしいから、大神官様にそっくりではないんだけど。
ベーレン家の血筋の坊ちゃんのフリも、疲れてきたな。
「適当にカットしますよ〜。あっ、また、お肉が焦げてますぅ」
「えっ? もう、話しかけるから焦げてしまうんだよ」
これを焦がしたのは、わざとだ。でも僕は、不機嫌を装っている。失敗作を量産しているんだから、ヘラヘラしているのもおかしいもんな。
子供達は、数がどんどん増えている。まだまだ、失敗作が必要だね。
僕は、大きな鍋に、スープを作り始めた。さんざん失敗させた肉汁がある。これを使えば、絶品スープができそうだ。うん、スープは真面目に作ろう。
そして、クリスティさんが適当にカットした野菜炒めを作ることにした。子供達は、まだ肉しか食べていないもんな。
野菜炒めを焦がすのも、難しい。これは、味付け失敗にしようか。塩辛い野菜炒めや、水っぽい野菜炒めを作っていった。
「知らない野菜の扱いは、難しいな」
「まーた、言い訳しちゃってますね〜。あはは」
僕が適当に呟くと、クリスティさんはケラケラと笑う。余計に、僕が不機嫌になるように仕向けているのだろうか。
「サラダも食べたいですぅ」
なんだと? サラダってどうやって失敗すればいいんだ?
ドレッシングを失敗するか。いやそれなら、ドレッシングの作り直しだけで済むから、さすがにおかしいと気づくよな。
クリスティさんが大量に葉物野菜をちぎって皿に盛っている。僕は、ドレッシングを普通に作って、その上から、かけた。
「あっ、フレーバーを忘れた」
そう、呟いて、柑橘系の果物を全体に絞った。クリスティさんは、笑ってる。僕の苦肉の策なんだけどな。
「それ、そんなに入れたら、めちゃくちゃすっぱいですよぉ。きゃははは」
「えっ、レイジーでしょ?」
「似てるけど、違いますよ。パイジーです」
「それ、先に言ってよ〜」
「きゃははは、まさか、サラダまで失敗するなんて。うひゃー、すっぱぁい!」
クリスティさんは、一口食べて、子供達の方へ皿を回した。子供達も、ぎゃーっと叫びながらも食べている。ふふっ、笑顔になってきたね。
もうそろそろ、スープが完成する。
僕はサラダを作り直し、そして、野菜炒めは薄味で、肉を、また焼き過ぎな感じと、完璧な火加減で焼いたのを作った。
「やっと、できた気がする」
僕は、料理をトレイに、5人分用意した。
「なぜ、5人分なんですかぁ?」
「待ってる人が、3人いるでしょ」
クリスティさんは、わかってて、僕にそんな質問をしてきた。
「じゃあ、運びますぅ」
彼女は、器用に3つのトレイを持って、ポカンとしている人達に渡していった。
「私達の分まで?」
食堂担当の年配の女性の元に、管理人のバーバラさんも来ていた。軽装の神官にも、トレイを渡している。
「食べられる物だけでも、よかったらどうぞ」
僕は、そう言いつつ、2つのトレイを持って、近くの席に置いた。
「食べられるか、ドキドキですぅ」
クリスティさんは、楽しそうに、スプーンを握っている。
僕達が食べ始めると、魔女ふたりと軽装の神官も、近くの席に座って食べ始めた。食べないと僕が怒ると思っているのか。
「うおー、スープは奇跡的に絶品ですね〜。肉は、たまに、いい感じのが混ざってますぅ。野菜炒めは、薄すぎるかも〜。でも、食べられますよぉ」
クリスティさんは、ハイテンションだ。まぁ、こんなもんだろう。
他の三人は、僕に気を遣って、美味しいと言ってくれているけどね。
クリスティさんは、意味深な笑みを浮かべた。




